495 研究者、シウ無双、ロトス無双?




 まだ相手に打診したわけでもないし、そんな仕事を押しつけていいのかどうかも不明だ。

 けれど、脳裏に浮かんだのは彼だけだった。

「長い研究になるぞ。竜苔なんぞ、誰も長い間見てないんだからな。全てが手探り状態だ。権威ある研究者に任せてもいいが、取り込まれる可能性が大いにある。それなら派閥に関係のない、若者がいい。お前がおっ被せようとしている大仕事をやれるだけの気概が――」

 言いながら、キリクの表情が段々と変わっていく。それが誰かに気付いたのだろう。

「もしかして、お前といつも一緒にいた仲の良い、あの少年か?」

「うん。リグドールなら任せられる」

「だが、あいつは確か、魔法省に入省したんだよな? てっきりオスカリウスに来ると思ってたが」

「え、本当にリグを誘ったの?」

「何度かな」

 シウはびっくりして数歩下がった。どんとフェレスにぶつかって、我に返る。

「何度も? いつの間に!」

「いや、いつでも。優秀な若者を見かけたら声を掛ける癖が付いてるんだよ。そこを突っ込むな。それより、リグドールはやれるのか?」

 キリクがそわそわし始めた。視線が後ろに向かったのは、連れ戻しに来た部下たちを気にしてだ。だからシウも早口で答えた。

「リグは『使えない』って言われていた木属性の研究を今でも続けてるんだって。攻撃魔法を編み出したり、生活に役立つ魔術式を研究したり。地味だから他の研究者には分かってもらえないそうだけどね」

「そうか」

「彼の基礎属性は水と土と木だ。レベル上げも頑張っている。真面目に研究に取り組む姿勢と、だからといって視野狭窄になるような性格でもない。自分が弱いってことを知ってる。それは客観的な見方ができるってことだ」

「そうか、分かった。それに乗ろう。っと、ともかくは隠せ! オスカーまで来てるじゃないか!」

 慌てふためくキリクに笑いながら、シウは下の土ごとまとめて空間庫に入れた。

 わざとらしくも綺麗に切り取られた四角い地面を、なんだなんだと騒ぎながらやってきた騎士やオスカーたちが首を捻って眺める。キリクはそれをなんともいえない表情で眺め、スウェイに乗った。

「俺は疲れた。このまま運んでくれや」

「ぎゃ」

「お前はいい子だな。本当にいい子だ。あー、ククールスよ、しばらく俺を一人にしてくれ」

「へいよ。スウェイ、ゆっくりなー」

「ぎゃう」

 皆がちょっぴり心配するのを無視して、キリクは本隊のところまでゆったりと戻っていった。




 また駆け足で迷宮の外へ向かうが、往路と違って復路は気の緩んだものとなった。

 なにしろ後発隊が安全に配慮して道を広げたり固定したりと、進みやすい。しかも迷宮核を戻さなかったため、迷宮としての稼働が止まった。迷宮内であれば突然のように魔獣が生み出される場合もあるが、それもない。協力し合って襲ってくるでもなく、対処がし易かった。

 往路でシウがことごとく大物を倒したのも良かったのだろう。

 別のルートから顔を出す魔獣がいないわけではないが、それらは第三班が、しかも塊射機だけで十分対処できた。

 よって、本隊の速やかな撤退が進んだ。


 しかも迷宮の外に出ると、ほぼ制圧が済んでいる。第二班は更に、疲れて戻ってくるだろう仲間たちのために荒削りではあるが階段を崖に沿って作っていた。騎獣が飛べない可能性を考えたのだ。

 また、第一班の姿がほとんど見えないのは、第二班だけで維持が可能と分かるや周辺の魔獣狩りに乗り出したからである。

 魔獣スタンピードで広がったのは何も海の魔獣だけではない。ハーピーやガーゴイルといった魔獣は陸側に向かった。

 最初の段階でアドリアナに雇われた冒険者も陸地の魔獣を討伐しただろう。しかし倒し切れずに残った魔獣もいる。

 その残党狩りを始めてしまったらしい。

 報告を受けたキリクは「まあ、いいんじゃないか」と普通に答えていたが、横で聞いていたオスカーや対魔獣討伐団の面々は驚愕の表情だった。



 当初の目的である迷宮の核取りは済んだ。

 キリクは野営地に戻ると決めたが、第二班から「まだ大物が一匹おりまして」と断られた。

「一匹だけだろー?」

「ですが、巨大な海蛇の魔獣ですよ」

「海蛇だと?」

 キリクの言葉に第三班の面々が固まった。

「はい、巨大な海蛇です。奴が一度魔法を使ったところを見ましたが、かなり大きな波を起こします。万が一シャイターン側へ向かえば、漁業はもちろん沿岸部にも大打撃ではないでしょうか」

「分かった。あー、シウよ。お前、欲しいなら狩ってきていいんだぞ」

「あ、じゃあ行ってこようかな」

「行くのか。そうか。お前は元気だな。俺は戻ってもいいか?」

「うん。じゃ、ククールスとスウェイはキリクの護衛をお願いね」

「分かった」

「ぎゃう」

「あたしはシウ様についていくよ! うねうねしてても、もう気持ち悪くなんかないからね!」

「俺も行くぞ。ウナギよりも食べやすいから好きだー」

「にゃにゃっ!」

「ぎゃぅ!」

「きゅぃ」

 そんなシウのパーティーを見て、キリクがまた「元気だな」と呟いた。その姿が年相応に見えて、シウは「あの薬の効果が切れたのかな?」などと思った。


 ちなみに、この巨大海蛇はシウが《鑑定》したところによると、ペルグランデマルセルペンスだと判明した。皮が使えそうで身も美味しいと分かり、討伐に力が入る。

 しかも巨大だ。二十メートルを遙かに超えている。

 ウキウキしながら向かうシウたちを見て、さすがのオスカリウス兵も「おかしいだろ」と言っていた。オスカーも今度は付いてこようとしなかった。キリクみたいな表情で仲間の騎獣に乗せてもらうと、振り返りもせず野営地に向かう。


 肝心のペルグランデマルセルペンスの討伐はあっさりと終わった。

 弱点がグランデマルセルペンスと同じ目の斜め上にある器官だと分かり、シウが物理で近付いて古代竜のナイフで突き刺したのだ。突き刺しただけでは死なないけれど、ナイフを通して魔法を通せばいい。あっという間の出来事だった。

「これ、もらっていいんですよねー?」

「お、おう、もらってくれ」

 何やら引き気味の周囲に戸惑いながらも、シウはその場でぶつ切りにしてから魔法袋に入れた。死んでしまうと切るのも楽だ。ナイフを突き刺して魔法を放てばスパッと切れる。

 とはいえ時間との勝負だ。海に沈む前に死骸の上を走りながら切って取り込むという離れ業を、シウはやってのけた。

 本当は丸ごと空間庫に入れたかったが、こんな大きなサイズを一回で入れられる魔法袋など王城の宝物庫にしかないので仕方ない。



 最後の大物を倒せば終わりだ。皆して野営地に戻る。

 巨大海蛇を倒す前はまだ夕方の明るさも残っていたが、野営地に着く頃には真っ暗になっていた。けれど野営地には明かりがあって、それだけで安堵する。

 迎えてくれる人々も笑顔だ。

 すでに早めの夕食を終えたシウたちと違って、第一班や第二班、それに後方部隊はこれからだ。騒がしい。その賑やかな空気が心地良かった。


 シウたちも誘われたので、少しいただくことにする。

 するとロトスが「タコパしよう、タコパ」と言い出して、鉄板を用意し始めた。彼の魔法袋にも大型のたこ焼き器が入っているのだ。

「さっきの闇タコは生ぬるかった。やっぱり俺じゃないとな」

 張り切っている姿に嫌な予感しかない。シウはたこ焼きは食べないでおこうと、離れた。

 巻き込まれたら可哀想なクロとフェレスも連れて行く。ブランカは自分から「なになに」と行ってしまったので諦めた。

 危機感を抱いたのはシウだけではなかった。スウェイもだ。彼も慌ててシウの後を追ってきた。

 ククールスとアントレーネは残った。

 そして、ロトスの遊びに付き合って一番ひどい目に遭ったのが――。

「ぎゃーっ!!」

 キリクだった。

「なっ、なんだ、これ、からっ、からい!」

 しかも、もっと恐ろしい事態が起こった。

「何を騒いでいるんですか。全く。他の者はちゃんと食べているでしょう? 少々辛いぐらいで騒ぐなど、酔っているのですか」

「そう言うなら、この一列全部食べてみろ。いいか、全部だぞ?」

 自分だけハズレを引いたのが気に入らなかったキリクは、よりにもよってイェルドを選んでしまった。

 そしてイェルドは、ロトスの作った大量のワサビ入りのたこ焼きを食べてしまい……。


 その後のことは、シウは見ても聞いてもいないので知らない。


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