494 古代魔道具の報告、クロの報告




 シウは残りの作業を再開した後、騎獣たちに食事を提供した。この場にはシウのパーティーメンバーだけでなくオスカリウスやシャイターンの騎獣隊も参加している。第三班だけとはいえ大勢が集まっているため、大きめの皿を用意して食べさせた。

 もちろんフェレスやブランカも彼等に負けない勢いで食べる。クロとスウェイはこういう競争事に入れないタイプなので、離れた場所に小さいお皿で用意した。同じタイプの数頭も様子を窺いながら集まってくる。

 彼等にゆっくり食べるよう勧めてから、シウはその場を離れた。優先順位としては本来一番目だった報告をするためだ。

 その報告の相手であるキリクは、たこ焼きのつまみ食いをしていた。シウに気付いて慌てて飲み込む。

「あちっ、あつ!」

「キリク様、大丈夫ですか! 水をどうぞ!」

 兵士たちが甲斐甲斐しく世話をする。それを見ていると笑いが漏れた。

 シウは肩の力を抜いてキリクを呼んだ。

「ちょっといいかな。解体してて気になるものを発見したんだ」

「……分かった」

 キリクはすぐにリーダーの顔になった。


 魔獣呼子について説明すると「やっぱりなー」とキリクは大きな溜息だ。

「帝国の負の遺産が多すぎるんだよ。この時代にまで残すなってんだ」

「だよね」

「迷惑千万極まりない」

 そう言うと、キリクはオスカーを呼んだ。アレンカも一緒だ。全員で皆から離れ、端の方に残っていた岩場の影に入る。対魔獣討伐団や魔法師団の面々が気にしているが、オスカーは彼等に来るなと手で合図した。彼は、これから聞かされる話の内容が「重大」だと分かっているようだ。


 シウはオスカーにも魔獣呼子について説明した。鑑定魔法で中を見たことも含めてだ。キリクが心配そうだったけれど、ここまできたらバラしてもいい。それにアレンカを含めて他言無用の契約魔法を掛けている。一緒に迷宮核まで来たのだから話してもいいだろう。

「では、これが帝国時代の、しかも現役で動いていた古代魔道具ですか」

「起動部分は破壊しました。申し訳ありませんが、中の魔術式の一部も解除して破壊してます」

「そ、そんな! 大発見なんですよ、大事な古代の――」

「アレンカ、止めなさい」

「ですが!」

「アレンカ?」

 低い声で注意され、彼女は黙った。そっとシウを見て悔しそうな顔をしたが、次にキリクを見た時に息をのんだ。「あ」と声にならない声を上げ、震えて俯く。

 オスカーが苦笑して、キリクに謝罪した。

「申し訳ありません。研究者はどうしても見付けた大発見を精査し、それを発表したいと思ってしまう生き物なのです。ただ、わたしを諫めたはずの彼女が興奮するぐらい『すごい情報』だということも理解していただきたい」

「分かっているさ。だが、本来なら見せなくていい情報を敢えて見せたんだ。それも理解してほしい」

「ええ、そうです、よね」

 アレンカが顔を上げる。そして、意味が分からないといった様子で首を弱々しく振った。

 答えたのはシウだ。

「これは本来なら僕のものです。僕が狩った獲物の中に、たまたま・・・・入っていた。偶然手に入れたものが古代魔道具だっただけです」

「あ……」

「黙っていても良かった。僕が握り潰しても誰にもバレません。でも、お二人は祭壇の裏にあった装置を気にしていたでしょう? 僕もあれが何らかのきっかけだったと思ってます。そういうの、分からないままで置いておくと据わりが悪いですから」

「だから?」

 オスカーが相槌のように呟く。それに対してシウが「はい」と返すと、アレンカがぼんやりと口を開いた。

「そのために見せてくれたんですか?」

 シウは再度頷いた。アレンカはシウを凝視し、それからオスカーを見た。

「アレンカ、シウ殿のご親切に縋ろう。今のうちに急いで祭壇周りを再調査だ。シウ殿、ご一緒に来ていただけますか。もちろん、得た情報はシウ殿のみならずキリク様とも共有します」

「はい」

「俺は聞いても分からん。イェルドに報告書を上げてくれ」

 オスカーは今度は満面の笑みでキリクに応えた。




 さて、順番に夕飯を摂ると慌ただしく帰る準備が始まった。

 その時になってクロがおずおずとシウに近寄ってきた。

「どうしたの?」

「きゅぃぃ」

「気になるものがあった? どこに?」

「きゅぃきゅぃ」

 見付けたばかりの時に「夕飯だよー」と呼ばれ、報告しようとしたら「お腹空いたでしょ、早く食べなね」とシウに勧められて言い出せなくなったようだ。

 シウが食べ終わるのを待って報告に来るところがいかにもクロらしかった。

 それに、そこまで急いで報告すべきかも分からなかったという。

「きゅぃきゅぃ……」

 間違ってるかもと不安そうだ。シウはクロを撫でながら、フェレスに乗って巨大湖の対岸へ向かった。

 湖の縁は荒らされて滅茶苦茶になっているが、その奥の岩場の影に苔が見える。

「あっ、これ――」

 竜苔だった。ごく小さな範囲に生えている。

「すごい、クロ。大発見だよ」

「きゅ? きゅぃ!」

 クロが照れて変な踊りを始めてしまった。その可愛い姿を眺めつつ、シウは頭をフル回転させた。

「そうか、あの海竜がここにいたのは竜苔があったからだ。ここを住処にしていたのかも」

 魔核もない上、食い荒らされていたため断言はできないが「海竜は死んでから食われた」のではないだろうか。鱗の状態からも老齢であったと思われる。体力の衰えか、もしくは病気や怪我をしたために竜苔のある場所で休んでいた。

 迷宮核が朽ちることなく存在できたのも、逆に竜苔が生息できたのも、互いの能力あってのことだった。海竜が度々来たのも良かったのだろう。魔力を放出することで苔は生き延びた。

 もしかしたら、大昔この場所には古代竜がいて休んでいたのかもしれない。その頃は洞窟全体に竜苔がびっしり生えていたのではないか。そんな想像をする。

 が、すぐに頭を振った。

「……過去は過去だし、今は目の前の竜苔について考えないと」

 迷宮内で発見したものは発見者に権利がある。

 アドリアナに依頼されたのはキリクで、その下に就いているとはいえ、シウは冒険者だ。クロの手柄はそのままシウになり、黙って手に入れてもいい。

 が、やはり魔獣呼子の時のように報告すると決めた。

 一つに、ある考えが浮かんだからだ。

 更に、それには公にする必要があると考えたからだった。


 そうして呼び出されたキリクは、スウェイから降りながらシウの報告を聞いたせいかガクッと蹌踉めいた。慌ててスウェイが頭で支えようとする。もちろん支えきれないから、一緒に乗ってきたククールスがキリクを支えた。

「これ以上、俺の仕事を増やすなよ~」

「でも、ここで発見して手に入れたって事実を公にしておくと、便利かなって思って」

「……俺に飲ませたアレか」

「うん。それと、増やせるかもしれないし」

「竜苔をか!?」

「まあ。可能性の話にしておくけど。でさ、これを誰かに託して育ててもらうっていうのはどうかな? もちろん研究の一環として」

 キリクはやっぱり蹌踉めき、その場に屈んで頭を抱えた。

 先ほどのシウと同じように頭の中がフル回転で動いているのだろう。シウの案に乗るのか、見ないフリをするのか。

 でも早くしないと、ロトスに足止めを頼んでいるが、オスカーだけでなくキリクの部下たちが気にして来ようとしている。

 急かすわけではないが、シウは追い打ちを掛けた。

「研究者の宛てもないわけじゃなくて。地味だって言われる植物の研究を根気よく続けた実績と、そこそこの魔力があって、しかも口が堅い」

 キリクが顔を上げ、ゆっくりと立ち上がった。

 その顔はもう迷っていなかった。


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