493 安全な場所でお料理開始




 崩壊する兆しも見えないため、調査をしながら第三班を待っていると一時間ほどで最初のグループが到着した。すぐに固定作業を始める。次に来た班が休憩のための足場作りなどを行い、更に採取や調査などと役割分担して散開する。各自が次に何をやらねばならないのかが分かっているらしい。

 あまりに慣れた動きで、シャイターンの対魔獣討伐団はついていくのがやっとのようだ。彼等は、騎獣隊や魔法師団を少人数に分けてオスカリウスの小班に交ぜられている。だから動きが分からないのも無理はない。

 といってもオスカリウスの一団が説明しないというわけでもなかった。シウが耳を澄ませると、テキパキ作業しながらもシャイターンの兵士にやり方を教えているのが聞こえてくる。

「採取は根からだと注意しただろ。土は別のガラス容器に入れるんだ。ちゃんと入り口からの距離も書いておけよ」

「そうそう、適当に書いてるとイェルド様にバレて延々説教される」

「あの人、その後にレッシラ大隊長に再訓練を依頼するんだぜ」

「地獄の特訓だよな。大隊長、自分が頑丈だからって一昼夜もアルウスに潜らせるんだ。な、だから丁寧に、でも素早くだぞ!」

「はっ、はい!」

 注意の合間に脅しが入っていてシウは半眼になった。オスカリウスの兵や騎士がおかしい理由の一端はこれかもしれない。



 さて、迷宮核を取ったが迷宮に崩れる気配はない。念のため今まで通ってきた通路や、最終部屋の固定も始まっている。危険はほぼ去ったとみていい。

 となれば、少々長めの休憩を取っても大丈夫だろう。昼は手軽なサンドイッチやおにぎりで済ませたが、夕食ぐらいは温かい食べ物やスープが欲しい。

 というわけで、シウも一緒になって食事を作り始めた。

 幸いにして最終部屋は大きな洞窟で床面もほぼ平らだ。邪魔な岩は工作隊が排除してくれたし、すでにロトスたちが周辺の探索を粗方終えている。さすがに広すぎて全部は見て回っていないが、危険な魔獣がいないのは確かだ。

 シウは遠慮なく海で狩った獲物を取り出した。昨日に引き続き第二弾の食糧支援である。

 まずはタコを使った料理だ。大きな鉄板だけでなく、特別製のたこ焼き器も取り出す。それだけで何かワクワクするのか、オスカリウス家の人々が手を叩いて喜んだ。

「他の班に悪いな~」

 と言いつつもニヤニヤしている。

 シャイターンの人はちょっと引き気味だ。

 シウはタコをさっさと捌き終わると、後の調理は担当兵士に任せ――たこ焼きだけはロトスを呼んで頼み――別の解体に取りかかった。

「うおっ、すげぇ」

「なんだよ、あれ……」

「あんなの食うのか?」

 さすがのオスカリウス兵も固まった。

 シウが取り出したのはグランデマルセルペンスだった。大海蛇の魔獣だ。

 こわごわ近付いてきたのはオスカーとアレンカで、一緒にいたキリクやククールスまでやってきた。

「おい、シウ。蛇を食うのか? 他にいくらでも食材があるだろうに。昨日のエビもまだあると言ってただろう? もしかして足りないのか? だったらシャイターン側が狩った分を融通してもらうことだってできるんだ」

「そ、そうですよ。ご相伴に与ってばかりですからね。我が隊からも提供しましょう」

 シウがグランデカンマルスを惜しんで別の魔獣を出したと思ったらしい。

 ――失礼な。

 シウは食べ物に関して出し惜しみなどしない。ムッとして、半眼になりつつ答えた。

「大海蛇の魔獣は食べられるんです。かの有名なウルバン=ロドリゲスも『魔獣魔物をおいしく食べる』に書いてますが、大きいからといって大味ということもなく、大変美味しいそうです」

「あ、ダメだ。キリク様、シウがこうなったらもうダメですぜ」

「どういう意味だ、ククールス」

「俺じゃ止められないっすね。ロトスー、おーい。ていうか、お前何やってんだー」

「俺はたこ焼き製造マシーンやってるー。巻き込まないでー」

 遠くから聞こえるロトスの声でシウはハッとなった。大海蛇の説明を止め、キリクやオスカー、ククールスを見る。

「ロトスは関係ないよね? とにかく、僕がグランデマルセルペンスが美味しいと証明します」

 むんっと、やる気になった。

 早速、解体だ。集中して作業を始めた。後ろで、ざわざわした雰囲気は感じたものの、気にせずに何を作ろうか脳内であれこれ考える。楽しい時間の始まりだ。


 内臓は後回しにして、まずは鑑定魔法で美味と出た身の部分を捌いて焼いていく。すると香ばしい匂いが広がった。

「蒸さなくても大丈夫そう。あとは甘辛いタレを使って~」

 シウが焼いていると、フェレスたちが集まった。鼻がくんくん動いている。ロトスもやってきた。

「たこ焼きマシーンはどうなったの?」

「見学者が増えたから任せた。十五分もあれば免許皆伝だぜ」

「すごいね」

「おう。闇タコについても話してしまったから、たぶんハズレが回ってくると思う。そこはごめん」

「闇タコ好きだよね、ロトス」

 ロシアンルーレットたこ焼きとも言うらしい。本当かどうか不明だが、仲良しでタコパをしたら必ず誰かが始めるのだそうだ。「タコ以外の変な具材を入れる」という危険な遊びを。

 もっとも、ここにいるのは大人ばかりなのでそう変なことにはなるまい。

 シウが大海蛇の身をひっくり返すと、危険な遊びを伝授してきたロトスが「俺もやりたい」と言い出した。

「なあ、これってウナギみたいじゃね?」

「ウナギみたいだと思ったから、そういう味付けにしたんだ」

「ほぇー」

「骨がないから、多少大味になるかもね」

「さっきと違うこと言ってるぞ。俺のところまで聞こえてたんだからな」

「あの時は鑑定結果を信じて、つい。それにウナギと比べたらって意味だもん」

「ウナギへの信頼感が厚すぎるだろ。これだから元爺さんは。なんで爺さんってウナギ愛が強いんだろな?」

 前世ネタを平気で口にしているが、シウたちの周囲に人はいない。皆、大海蛇を解体した頃から離れていったのだ。一番近くにいるのがたこ焼き班で、しかも鉄板が場所を取るため離れている。

「焼き終わったら魔法袋に一旦入れとく?」

「うん。あれ、次のも焼いてくれるの?」

「おう。シウは残りの解体とか処理担当な。あそこのシャイターン兵がチラチラ余所見して、危ないじゃん。騎獣どもも腹減らしてるだろうしさ」

「分かった。じゃ、僕は残りを解体して騎獣たちに食べさせてくる」

 シウはタレの説明や食材をロトスに渡すと、元グランデマルセルペンスだった肉塊置き場に戻った。


 頭部や内臓、肉の一部がまだ残っていたので、結界を張り直して内側で作業する。

「骨は別にして、ヒレも何かに使えそうだから分けて……」

 最初の一匹は手作業で解体する必要がある。一度やってしまえば自動化魔法が使えるが、どちらにせよ今は人の目があって使えない。

 地道に、それでも誰より素早く部位ごとに分けていった。

 そして見付けてしまった。

 何故、魔獣の群れが迷宮から出て東へ向かったのか。その原因が、グランデマルセルペンスの胃の中から出てきたのだ。

「魔獣呼子……」

 シウは無言のままに結界を重ね掛けし《完全鑑定》を使った。年代も分かるが、流れてくる情報が多いため集中して取捨選択しなければ疲れる。

 目を瞑り、中の術式まで鑑定した結果、答えが出た。

 以前も似たような魔道具を視たことがある。あの時よりもずっと詳細に分かった。

「人間の生贄で起動させ、その後は魔獣を呼び寄せる、か」

 作ったのは帝国の研究者だ。魔獣呼子を使って迷宮核を起動させ、動力は周辺の魔獣の魔力に頼るつもりのようだった。

 その執念に、シウは驚くしかない。


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