492 魔眼のメリットデメリット?
ロトスの言葉ではないが、確かに眼帯を外したキリクの姿は魅力的に見える。「脂ののった働き盛りの男」と言えばいいのだろうか。人を率いるのに相応しいオーラとも言える。
何にしても、強い誘因力だ。原因は、魔眼から発する不思議な力だろうとシウは思った。
一番影響を受けているのはアレンカだ。ポーッとした表情でチラチラとキリクを見上げては俯いている。オスカーも、心酔とまではいかないものの信頼を寄せているようだ。今までの「他国の貴族への節度ある態度」がほんの少し砕けている。具体的には距離が近く、受け答えに親しみが感じられた。
「さっきは空間魔法で助かったよ。さすがは一等魔法兵だな」
「本来なら必要なかったでしょう。キリク様のお近くにいるだけで安全でした。ですが、余計な真似をしたのではと思っておりましたので、有り難いお言葉です」
にこにこと笑顔で語るオスカーの横でアレンカが頬を染めて何度も頷いている。
シウがなんとも言えずに黙っていると、ロトスから念話が届いた。
(なー、魔眼って『魅了』の能力あったっけ?)
(……そういう使い方をする人もいるらしいけどね。でも、キリクはそんなこと言ってなかったけどなあ)
(だけど、近くにいたらヤバい感じがする。俺もククールスの兄貴もちょっと変な感じだったもん)
(ククールスは今は大丈夫そう?)
(落ち着いたみたいだなー。まあ、兄貴はそこまで影響受けてないっしょ。にしても、すげぇよな。あれってカリスマ的なもの?)
(そうかもね。元々、キリクは人を惹き付ける力があるし。そういう魅力的な部分が強化されるんじゃない?)
(シウには通じてないよな。相変わらず鈍感で良かったな!)
(ロトス?)
(へい! じゃ、俺は兄貴と見回ってきます!)
ブツッと念話を切って、ロトスは逃げていった。
アントレーネも少し興奮した様子ではあったものの、アレンカほどにポーッとはしていない。元々の感情に作用するのだろうか。シウはいろいろ考えてみたが、特に問題があるわけでもないと先に報告を始めた。
「相手が魔力の高いシーレーンだったので事後報告になったんだけど――」
「構わんさ。自由に動いていいと言ったのは俺だ。で、その様子だと討伐は済んだんだな?」
「巣も見付けて対処してきた。死骸も持ち帰ってるよ。その間にロトスは湖にいた魔獣を倒してくれた」
「ほう。そういや、ロトスもシーレーンの魔法に耐えられたんだな」
「僕と同じで耐性あるからね。岩場にいたシーレーンもロトスが倒したよ」
耐性があるという言い方で誤魔化す。本当は空間魔法を使って音波を遮断した。もちろん、聖獣としての基礎能力があるため、遮断がなくとも問題はなかったかもしれない。試す前に倒してしまったので、シウは少し反省しているところだ。
次に何かが起こった時のため、シウ自身も訓練に参加しようと思った。
「じゃ、もう眼帯を付け直しても大丈夫か」
「いいと思う」
以前、シウはキリクから「眼帯を外したままだと疲れる」と聞いたことがある。見えすぎるのだそうだ。見たくないものまで見えるのなら確かに疲れるだろう。それだけ情報量が多くなる。
案の定、キリクは眼帯を付けるとホッと溜息を漏らしていた。
そんな話をしていたらオスカーがふとシウを向いて「そう言えば」と話し始めた。
「防音の処理をどうされたのか伺っても?」
なんでも、音を遮断するのは高度になるらしい。結界魔法だけでは無理だと言うのだ。
シウは内心で「しまった」と思った。が、顔には出さない。にこりと微笑みながらどう返そうか考えていると、オスカーが先に話し始めた。
「こうした洞窟内は音が反射しますからね。無音魔法を使っても抜けがある。シウ殿が結界内にいて無音魔法を使ったのなら分かるのですが、そうではなかったのでとても気になりました」
「あー。僕は闇属性魔法のレベルが高くて、ですね」
「ですがその場合――」
追及するというよりは興味が勝っているといった状態のオスカーを、止めたのはアレンカだ。
「オスカー様、今はそのような話をしている場合では」
「あ、ああ、そうだね。そうだった」
アレンカの表情が元に戻っていた。多少、キリクを気にする様子もあったけれど、落ち着いている。どうも「自分がしっかりしないと」と立場を思い出したような感じだ。彼女はオスカーの補佐でもあるから、彼の暴走を止めるのも役目のうちだ。
この一瞬の間でシウは冷静になれた。
「実は、僕が動くごとに結界魔法も移動するという魔法を編み出しまして。その内側で、無音の魔術式を付与した魔道具を――」
手を後ろにやって、こそこそっと作業して作った急ごしらえの魔道具――いつもの何にでも使えるピンチ――を前に出す。
「発動したというわけです。まだ試作品ですし、急いでいたため皆さんに配る余裕がありませんでした」
「なるほど、それはすごい! 拝見しても?」
「後ほどで構いませんか? 技術に関することなので」
適当に断ると、オスカーよりもアレンカが慌てた。
「そ、そうですよ、オスカー様! 魔術士ギルドに登録される前の情報を魔法使いが見ようだなんて、とんでもないことです!!」
彼女は急いでキリクにも頭を下げた。
「申し訳ありません! オスカー様はただ研究熱心なだけで、決して技術を盗み取ろうとしたわけではないんです!」
キリクはいきなりの話にぽかんとなって目を丸くした。彼が何か言おうとする前に、アレンカは今度はシウにも向かった。
「ごめんなさい。試作品だと伺った時点で気付くべきですのに」
「あ、いえ。大丈夫です。研究者なら気になるのも分かります。けれど、荒削りの術式を人に見られるのは、やはり気分のいいものではありませんから」
これ幸いと乗っかる。アレンカは何度も頷いた。
「ええ、分かります。わたしも普段からそう言ってるんですよ。なのにオスカー様ときたら興が乗ると話を聞いてくださらなくて」
「大変ですね」
同情しているとアレンカが少しずつ落ち着いてきた。その間にオスカーも「やぁ、困ったな」と頭を掻く。それから、ふと黙った。上司と部下、二人が同時に顔を見合わせ首を捻る。
自分たちの感情の揺れを不思議に感じたのだろう。
シウには理由が分かる。オスカーはそうでもないが、アレンカはキリクの魔眼の影響を受けすぎた。
落ち着いたのはキリクが特殊な眼帯を付け直したからだ。
徐々に元に戻り、今は少し恥ずかしそうにしている。
キリクもようやく原因が自分にあると気付いたようだ。「あ」と声を上げ、申し訳なさそうな顔になる。でも謝るような真似はしなかった。多少、感情を揺さぶっただけだ。謝るほどではない。
それでも誰かに何か言いたかったのか、キリクはそろっとシウに近付いてぼそぼそと言い訳を始めた。
「わざとじゃないんだ。最近は眼帯を外すこともなくて、すっかり忘れていた。それに元々は魔獣相手に使っていたものだ。こんな風に、若い頃と同じ失敗をやらかすとは思ってなかった」
どうやら若い頃に魔眼を人に向けて似たような目に遭った経験があるらしい。
シウは「うんうん」と相づちを打った。そんなシウに、キリクは頭を掻きながら続ける。
「それはそうと、あれだ。アマリアには言うなよ?」
「別に話すつもりはないけど、どうして?」
「……よその女に魅了を使ったと思われたくない」
「あー。はい。分かった」
「それに、だな。アマリアに使ったと勘違いされるのも嫌だろ?」
「うんうん」
「俺は使ってないからな? シウ、ちゃんと分かったのか?」
「分かったって。ほら、オスカーさんたちが気にしてるみたいだから調査に戻ろうよ」
祭壇に戻ったオスカーとアレンカが振り返って待っている。シウはまだ何か言おうとしているキリクを押しながら、一緒に祭壇跡まで向かった。
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