491 シーレーン討伐




 キリクは落ち着いていた。眼帯を外しており、シウを両目で見て「こっちは大丈夫だ」と頷く。キリクは魔眼持ちだから惑わされることもない。眼帯を外したのはシーレーンが格上で強いと感じたからか。

 キリクが咄嗟に行動できたのは、彼が魔獣討伐に慣れているからだ。直感を信じて動いている。

 頼もしい男は、震える二人の男女の背をパンと叩いた。正気に戻すためなのは分かるが、近くにいたククールスが引いている。ロトスも「あれ、痛そう」とシウの横で呟いた。


 ククールスは動じていなかった。スウェイもだ。彼等が湖から離れていたのも理由の一つだろう。また、キリクを守るため、傍にいたことで魔眼の恩恵に与った可能性もある。

 反対にアントレーネたちがシーレーンを人間だと勘違いしたのは、魔力の差とも言えるし、あるいは単純な性格で騙されやすかったというのも考えられた。

 そもそもシウは、皆に防御や治癒などの付与を施したアイテムを渡している。攻撃魔法を弾く水竜の鱗を使ったチャームも持っていた。ところが、攻撃魔法は弾いても、霧を使った幻惑にまでは対応しなかった。これがもし体に害を及ぼす攻撃魔法であれば弾いただろう。

 でもそれでいいと思っている。本人以外の能力に頼りすぎては成長できないからだ。怪我しない程度の補助があればいい。

 ただ、シーレーンは魔力がバカみたいにある魔獣だ。その豊富な魔力でごり押しされたらどうだろうか。

 逆に魔力のないルベルプテロプースがシーレーンの血を吸えたのは、彼等が音波に強い魔獣だから、そのため生き残れたと考えられる。

 シーレーンより遙かに劣っていても生き残れたルベルテロプースの生態について考察したいが、討伐が先だ。シウは皆に下がってもらい、彼等との間に《空間壁》を挟んだ。濃い霧のように見える白色だ。これならシウが何をしてもオスカーたちに見られなくて済む。

「ロトスはこっち側ね」

「へーい」

「気持ち悪かろうが討伐はやってもらうから」

「うへぇーい。シウのスパルタが始まったー」

 冗談を言うだけの余裕があるのはいいことだ。シウは飛行板に飛び乗り、ロトスに先んじてシーレーンのいる岩場に向かった。


 シーレーンは魔力は高いが、突出した攻撃魔法があるわけではない。彼等は音波を利用して相手を弱らせ獲物を手に入れる。幻惑魔法を使うのも他に手がないからだろう。

 それらが通用しないシウとロトスに敵うはずがなかった。

 次々と魔核の位置を狙って突き刺し倒すと、その場でポイポイ空間庫に入れていく。

 ロトスも器用に飛行板を操りながら剣を使って倒した。聖獣姿ならばあっという間に倒せるだろうが、空間魔法で隠しているとはいえ万が一もある。人型のままに討伐数をシウと競った。

「うぇぇ、気持ち悪いぃぃ」

「のっぺりしてるよね」

「近くで見るとよく分かるよな。なんでこれが人間に見えるんだ。白っぽい泥を被ったミミズだぞ」

 そう言われると、シウも皺の多い白泥にしか見えなくなった。人間のようと言われるだけあって頭の部分や手足はあるが、全体がぬるぬるとした泥のような肌だ。

 直に触れたくない気持ちが分かる。シウは対象に触れずとも空間庫に投げ入れられるため気にしなかったが、ロトスは違う。

「置いといてくれたら僕が仕舞うよ?」

「えー、いいよ。やるよ。これも冒険者の定め。ふっ……」

「何言ってんだよ。全く。あ、これで終わりかな。一部は逃げたね」

「この下?」

「うん。仲間がいたら困るし、ちょっとだけ行ってくる。ここで待ってて」

「おー」

 見えないように作った空間魔法の壁を残したまま、念のため自分の周囲を《空間壁》で再度囲んだ。色つきにして見えなくした状態で《転移》する。

 シウには《感覚転移》があるから遠隔でやろうと思えば魔獣を倒せるだろう。けれど、目の前で倒す、というのが自分で決めたルールだ。魔獣といえども命であり、また「現実に自分の手で倒した」という自覚が必要だと思っている。


 その転移した先にある湖の下には、細い穴が幾つもあった。一部では、海に棲む魔獣がねぐらとしているようだ。小さな魚たちもいた。逃げたシーレーンは穴のうちの一つを慣れた様子で泳いでいく。

 シウの《全方位探索》によると、この穴が唯一の海へ繋がる道だ。途中、分岐点はあるが一本道だった。その分岐点のところで、海ではない方に曲がって進むとシーレーンの巣になる。

 後を追い、一網打尽にした後はすぐに《転移》で戻る。

 岩場の上の空間壁はまだ残っていた。解除すると、ロトスが周囲を警戒しながら振り返る。

「早いな。もう倒したのか?」

「うん。この群れは倒せた。もしかしたら他にいるかもしれないけど」

「ここらにいないならいいんじゃね?」

「そうだね」

「待ってる間に魚の魔獣がいたから倒しておいたぞ。あいつら釣り竿の餌には食い付かないのに、俺が足を入れてバシャバシャしてたら速攻で寄ってくるんだ」

「美味しい餌だって分かるんだね」

「俺は美味しくねぇ!」

 言ってから、何故か笑い出す。

「どうしたの?」

「まあ、ここで一番上等なのは俺ってことだよな、と思って-」

「はいはい」

「そこは『僕が一番だよ~』とか返さないと」

 また冗談を言い始めたので、シウは適当に答えながら皆のいる場所へと戻った。ロトスも慌てて後を追ってくる。

 飛行板で見下ろす湖に魔獣の姿はもうほとんどなかった。




 結界を解除すると、アントレーネを筆頭にフェレスたちがわっと集まってきた。

 アントレーネやブランカは「大丈夫だったのか」と心配してだ。自分たちが少しの間とはいえ惑わされたことから「すごく強い相手なのでは」と思ったらしかった。クロに至ってはしょんぼりしている。騙されたのが悔しいらしい。

 フェレスは単に「置いていった!」のと「帰ってきた!」で駆け寄っただけだ。「あの変なの倒した?」と岩場の上をチラッと見ただけで、それ以上は気にしていない。

「大丈夫だよ。ちょっと魔力の多い魔獣だったからロトスと二人で倒してきた」

「にゃにゃ!」

「海の魔獣だから噛みつくのは無理じゃないかなあ」

「ぎゃぅっ!」

「はたき落とすの? その前に幻惑魔法に対応しないと」

「ぎゃぅ?」

「分からないよねえ。また訓練しようか。ほら、クロおいで。惑わされたかもしれないけど、ルベルプテロプースみたいに落ちなかったのは偉かったよ。今度から音波の対策しようね」

「きゅぃ……」

 シウが希少獣組と戯れている横で、アントレーネもロトスに慰められていた。

「しょーがないじゃん。相手のが上だったんだし。なのに、正気を保ててたしさー。途中で変だって気付いたんだろ?」

「そうだけど、変だなって思っただけさ。正体を見抜けなかった」

「んじゃ、今度から耐性付ける訓練もしようぜ。俺ら付与付きの魔道具でばちばちに固めてるし、それが防御に振りすぎてたから、鍛えるっていったら攻撃とか速さばっかりでさ。精神攻撃系とかの訓練が足りなかったんだよ。俺もちょい甘えてたわ。一緒に頑張ろうぜ」

「ああ、そうだね。そうだよ。地道に訓練あるのみ。防御や回復、攻撃回避の魔道具を全部外して一から鍛えるよ!」

「……いや、そんな興奮して宣言しなくても」

 ロトスが押さえられなくなったところで、ククールスがフォローに入った。

「まあまあ、落ち着けって。今回は『シウがいて良かった』でいいじゃん。な、ロトス」

「おー。それよか、キリク様の方は大丈夫なのか?」

「そのキリク様のおかげで俺たちは平気だったしな」

 そう言って振り返ると、キリクがオスカーとアレンカを伴ってやってくるところだった。眼帯を外したままだ。にやりと笑う姿が、いつもと違って見える。

 するとロトスが「ひぇ」と小さく唸った。

「どうしたの?」

「ロトス、何かいたのかよ」

「え、魔獣かい?」

 皆が問うと、ロトスは小声で唸るように答えた。

「やべぇよ。おっちゃんのくせにイケメンだ」

「ああ、あれなー。俺もそう思う。あの人の色気って独特だよな。俺の方が年上なのに全然なれる気がしない」

「いや、兄貴は系統が違うから、無理」

「そんな、お前、ハッキリと……」

 二人がコソコソ言い合っているうちにキリクが来てしまい、結局もごもごして二人は離れていった。


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