490 最奥部屋の調査と新たな魔獣
海竜の死骸を近くで観察する。内臓が腐り落ちていたから、ある程度の時間は経っているようだ。
「ここ、囓られた跡があるね。今は魔獣の姿がほとんど見えないけど、力を付けて外に出たのかも。もしくは湖の傍にいて海の魔物に食われたか」
魚の形をしていても、魔獣は魔獣だ。少しぐらいなら乗り上げて食らいつくだけの強さはある。
そんなシウの考察に対し、ロトスはうーんと唸った。
「外に出るかな? 迷宮の魔獣って普通はボス部屋を守るものじゃね? あ、でも、できたばっかりの迷宮か。だったら任命、いや、命令できなかったとか? 分かんねぇけどさ。ていうか、迷宮ってもっと大変だと思ってたから拍子抜けー」
「僕も驚いた」
迷宮は育つと自在に魔獣を生み出せるという。また強い個体には意思があり、階層を自分の住処として守る。迷宮核が消えると自分たちにも影響があると分かっているせいか、最奥にある核を守ろうとする。迷宮自身がそういう風に魔獣を操っているとも言われていた。
「とりあえず、これは片付けておくね」
「おう。あんまり取れるところなさそうだけどな。何かの餌にはなるか」
ロトスがにんまり笑うのは、シウが海で大物魔獣を釣り上げるのに竜の死骸を餌に使ったからだろう。勿体ないと思っていたシウの気持ちに気付いているのだ。
「まだ大物がいるかもしれないしね」
ロトスは「だよな!」と楽しそうに答え、
「とりあえず魔獣の痕跡がないか調べてくる-」
と、そのまま湖をぐるりと回って走っていった。
シウもロトスとは反対側の、迷宮核があった側を見て回った。小さな魔獣はいるが岩陰に隠れるなどして襲ってこない。能力を隠蔽しているとはいえ、聖獣の存在を敏感に感じ取ったのか。あまりに掛け離れた生き物がいれば、本能的に危険信号が出るのかもしれない。
たとえばゴブリンなら、エルフを見かけると逃げる個体もいれば襲ってくる個体もいる。森に住むゴブリンたちには「エルフは強い」と仲間に伝えるだけの知恵があった。そこから漏れた個体が知らずにエルフを襲うのだろう。つまり、襲っても大丈夫だと思える程度の「差」しかない。
あるいは、ここの魔獣たちに他よりも強い警戒心があったか。だからこそ小さな魔獣でも迷宮核があるような最奥で生き残れた。
どちらにせよ、この場所に耐えられるだけの能力があるということだ。
その小さな魔獣の中に、飛行型の魔獣ルベルプテロプースがいた。迷宮や深い洞窟に住む蝙蝠型の魔獣だ。希少獣にも蝙蝠型のウェスペルティーリオがいるが、気配はまるで違う。表情もだ。シウの贔屓目を抜きにしても、希少獣の方がずっと可愛らしい顔をしている。
しかし、彼等は何故動かないのか。シウは気になって脳内にある記録庫から情報を検索してみた。うろ覚えだった本の内容を読み直して気付く。
「満腹だと血を吸わないんだ……」
ルベルプテロプースは他の魔獣と違って人の魔力や肉には惹かれないらしい。それよりは吸血で、しかも獲物は人間に限らない。また腹がいっぱいだと吸血すらしないという。
「あれ? でも、だったらいつ吸血したんだろう」
いくら聖獣の存在があっても、他にも狙えそうな獲物の人間はいる。彼等がシウたちの一行の誰かを襲った様子はない。
シウは飛行板に飛び乗って天井に向かった。バラバラに逃げるうちの一匹をサッと倒す。欲しかったのは血液だ。それだけを《鑑定》してみる。
「あっ」
表示された内容に声を上げ、シウは急いで念話を送った。
(レーネ、みんなも湖から離れて!)
すぐに《感覚転移》でも視る。アントレーネはすぐさまブランカに指示を出し、フェレスやクロも飛び上がった。
(みんな、地上側に来て)
(どうしたんだ、シウ)
ロトスも急いで戻ってきた。次いでアントレーネたちだ。その様子に気付いたキリクらが動こうとする。シウはそれを手で制した。
その時、湖の奥深くから勢いよく上がってきたものがいる。
海の魔獣、シーレーンだった。
シーレーンは人型の魔獣である。ハーピーやスキュラも人間の女性に見えるが、近付けば大きさが違ったり形が違ったりしてすぐに魔獣だと気付く。ところがシーレーンは育っても二メートルほどの大きさだから、かなり近付かないと判別できない。
しかも幻惑魔法が使える。人間のように見せ、声音に魔法を重ね合わせて怪奇音を使いこなす。
シーレーンに出会うと生半可な実力では回避できない。と、本には書いてあった。
とにかく、水上に出てしまえば彼等の独擅場だ。霧を使った攻撃も得意らしい。シウはその前に急いで空間魔法で皆を囲んだ。大きな結界である。
オスカーも咄嗟に空間魔法で囲んだようだ。彼の実力では自身から数メートル範囲が限界らしい。強固な結界を張る場合はどうしても範囲が狭くなる。オスカーは、
「シウ殿、そちらで結界を!」
と叫んだ。シウが結界を張れることや魔道具を持参しているのを彼は知っている。その上で結界を張るように言った。オスカーはシウの空間魔法に気付いていないのだ。ならば黙っていようと、シウはにこりと微笑んだ。
「こちらは気にせず、ご自身の安全を優先してください」
シウが答えるのと同時にシーレーンの一匹が水面上に飛び上がった。続けて二匹三匹と上がってくる。彼等は湖の縁にある岩場に両手を掛け、上半身を見せた。
「なんて美しいの……」
とはアレンカだ。彼女だけでなくアントレーネも惑わされたようだった。
「人間の女がなんだって海から上がってくるんだい?」
ただ、惑わされていてもアントレーネは冷静だ。不思議な状況に首を傾げている。彼女の台詞を聞いたロトスは笑った。
「やべっ、レーネらしいや」
「ロトスはあれが魔獣だって分かる?」
「あったりまえだろ。俺を誰だと思ってんだよ」
「にゃにゃー!」
「『ロトスだよ』じゃねぇよ。ていうか、フェレスも魔獣だって気付いてんのか。お前すごいな」
「にゃふっ!」
「おうおう、偉い。で、ブランカとクロはダメだな」
ブランカはきょとんとしてよく分かっていない様子だ。クロは戸惑いが大きい。オロオロして岩場にいるシーレーンから目が離せないようだった。
「仕方ないよ。相手の魔力が大きいし。最初にびっくりしちゃったのがダメだったみたい」
どうやら魔法はこちらに向けてではなく、シーレーン自身の姿を変えるのに使っているようだ。シウが作った防御用の首輪や水晶竜のアイテムは、どちらも受ける魔法に関しての無害化だから見抜けなかった。
そうこうしているうちにシーレーンが口を開けた。
「あ、音波攻撃が来ると思う。一応、音を遮断する結界にしてるけど気を付けて」
「分かったー」
すぐに振動を感じる。音を出しているようだ。けれど、シウが二重三重に防音したせいで振動しか伝わってこない。
少し経つと天井からルベルプテロプースがぽとりぽとりと落ちてきた。彼等の方が音波に耐えられなかったようだ。それでも何匹かはよろよろとシーレーンの群れに落ちる格好で近付いた。
今や岩場には何十匹にもなるシーレーンが上がってきており、中には小さな個体もいる。小さい相手なら、上手くすれば血が吸えるのだろう。事実、吸血できて音波に耐性ができた個体が飛び上がって逃げた。
反対にシーレーンもルベルプテロプースを餌にする。手のような部位が、弱ったルベルプテロプースを掴んで取り込んでいた。
「こっちは大丈夫そうだね。よし、じゃあ、狩ろうか」
「……あんなのを見て『狩ろうか』って嬉しそうに言っちゃえるシウが怖いわ」
「え、なんで。シーレーンは魔獣だよ?」
「分かってるってば。俺を誰だと思ってんの。ていうか、そうじゃなくて! あんなキモいの、触りたくねぇって。それにレーネたち、人間の女だと思ってんだぜ」
「あー」
配慮が大事だとロトスは言いたいらしい。
シウが振り返ると、どうもオスカーまで惑わされているようだ。ただ、声は聞こえていないはずで、錯乱はしていない。それでも振動に釣られてオスカーとアレンカは震えていた。
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後々、手直しかなり入れると思います…
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