489 鑑定と調査と釣り道具




 シウはキリクにも分かるように説明した。

「人工物と思われる土台が作られた時代は古い。それに迷宮核が乗せられてからの時間もかなり経っている。つまり『これ』自体は過去に用意されたと思っていい、ということだね」

「なるほど」

「ただ、土台を守るように結界が張られているけれど、床面の一部に欠けがある」

 シウが指差すとキリクだけでなくオスカーも視線を落とした。祭壇の裏側だ。

「ふむ。床に擦った後があるな」

「これは最近でしょう。傷が新しい」

「人間がやったとは思えんな。こりゃ、魔獣だ」

「ああ、床の一部が剥がれていますよ。抉れたあとに土が被さったのでしょう。おや、ここに何かあったと思われる形跡も」

 調べ始めたオスカーを見て、アレンカがハッとした様子で走り寄った。

「危険です」

「あ、ああ、そうだね。だがしかし――」

「気になるのは分かるさ。ただ、生まれたての迷宮では何が起こるか分からない。オスカー殿、部下の心配を受け入れるんだな」

「あー、はい。そうですね」

 オスカーは諦めて立ち上がった。床を調べていた指先が土に汚れている。彼はそうやって実際に触れて何かがあったと知った。

 シウはすでに鑑定魔法を使って、ある程度のところまで絞れていた。あとは想像で補完する。

 なにしろ今はキリクの言うとおり「何が起こるか分からない」。

 巨大湖の中の気配も気になる。動きが出始めているのだ。

 それに、シウたちが迷宮核に集まっているというのに、湖の傍でわいわい騒いでいるロトスたちも気になった。

 シウの目の端に見える彼等はとうとう釣り具を取り出した。

 そんな彼等とシウの中間地点に立っていたククールスが、チラチラと視線を寄越す。その顔に「なんとかしろよ」と書いてあった。

 シウはキリクに「そろそろ取るね」と声を掛けた。

 何をか。もちろん、迷宮核だ。



 迷宮の心臓部である核は、自身を守るために結界を張っている。ここをどう攻略するかによって、その後の迷宮の動きが違ってくるそうだ。もちろん迷宮が元々持つ素養によっても変わるだろう。

 たとえば悪意のある人工核を埋め込まれていれば、核を取ったと同時に崩壊が始まる。

 しかし、今回に限って言えば問題はない。自然にできた核に近いからだ。

 シウはキリクやオスカーの目の前でゆっくりと迷宮核に寄った。

 結界はシウを阻まなかった。空間魔法を使って自分を守る《空間壁》と、迷宮核の結界を馴染ませるように重ね合わせていったからだと思っていたが、違う。

 迷宮核は待っていたのかもしれない。自分を成長させる強い魔力を持った生き物を。

「僕の魔力を吸い取るつもりでいる? でも、無理だよ」

 シウの無害化魔法がそれを止める。シウにとって害のある魔法を自動で弾くそれは、やり返さないものの、害ある魔法の動きを止めるに等しい能力がある。迷宮核が吸い取ろうとする動きを完全に抑えてしまった。

 おかげで迷宮核を守っていた結界が切れた。

「動きが止まったみたい。一度取り外すので警戒をお願いします」

 振り返ると、オスカーとアレンカが真剣な表情で同時に頷いた。キリクは普段通りだ。ただ、彼の横にククールスとスウェイが寄り添う。

 一応、シウは念話でロトスたちにも(迷宮核を取るから気を付けて)と告げている。ところが湖に夢中になっていて、返してきたのはロトスだけだ。(オッケオッケ)と気軽なものだったが。


 そうして慎重に台座から迷宮核を取り外したものの、迷宮内に動きは現れなかった。

 しかし、シウが《感覚転移》で迷宮内のあちこちを確認すると、魔獣たちの様子が先ほどまでとは違って視えた。迷宮核との繋がりが消えたのだろう。ある程度の統率が取れていた動きから、思考力のない獣じみた動きに変化している。むしろ、ただの獣よりも「考え」がない。最低限の本能だけで動いているようだ。

 たとえば、腹が減っていたらしい個体は近くの生き物を捕らえて貪り食い、満ちていた個体はその場で眠る。強者から隠れて過ごすという本能が消えているのだ。

 迷宮核はコロニーの支配者だった。魔素を与えて魔獣を自在に操る――。

「大丈夫かな」

「崩れ落ちる様子がないから、元々ここは洞窟だったんだろう。頑丈そうだ。途中の通路にあった脆い場所は迷宮になって広がった部分かもしれんな」

「後続が固定してくれてるんだよね」

「そのはずだ。かなり振り落としてきたからな。さて、祭壇と周辺をもう少し調査するか。オスカー殿も気になるだろう? 迷宮核はシウが預かっていてくれ」

 というので、シウは魔法袋に入れるという体で迷宮核を空間庫に放り込んだ。問題なく入ったのは「生き物という区分ではない」もしくは「生き物ではなくなった」からか。

 もっともシウの空間庫には微生物が入れられる。シウが「これは生き物ではない」と思い込めば入る仕組みのため、迷宮核もそうなったのかもしれない。


 キリクに調査してもいいと言われたオスカーは、

「念のため、わたしたちで空間魔法による保護を掛けてもよろしいでしょうか」

 と確認を取っていた。

 貴重な資料となる場所を保護するため空間魔法で保持したいのだろう。キリクは構わないと頷き、シウには手を振った。

「こっちはいいから、あいつらをなんとかしてこい」

 とは、湖の縁で騒いでいる面々にだ。

 シウはククールスに後を頼んで、騒ぐフェレスたちのところまで走った。



 釣りで何も引き上げられなかったのは、地面に釣り道具が散乱している様子からも見て取れた。

「みんな、緊張感はないの?」

「お、シウ、来たか-」

「来たかー、じゃないよ。迷宮の一番奥に来たのにさ」

「んなこと言っても、シウ一人でやっちまうじゃん。あんまり大変そうでもないし。フェレスやブランカも『強いのいない』って不満そうだったし」

「そりゃ、僕も肩透かしにあった気分だけど」

「だろ? 強い気配って言ったら、こっちの方だし」

 と、湖の下を指差した。アントレーネはブランカに乗って湖上を飛んでいる。

「何がいるか分かった?」

 シウが聞けば、ロトスは首を振った。

「分かんない。俺の知識にない奴じゃね? 鑑定魔法を使っても名前が出てこない。レベルはそこそこ高いかな。似たような魚系が多い。あと、あっちにある死骸をなんとか食おうとして、魔獣どもが争ってるみたい。つっても、地上部分にあるのは食べられないだろうになー」

 海竜の死骸は魔獣たちにとってご馳走だ。なんとしてでも口にしたいだろう。しかし、水中にあった部分はもう他の魔獣に食べられてしまって残っていない。今あるのは湖の縁に残った部分だけだ。海竜は上半身を地上に乗せて死んだらしい。

 元が上位の竜だけあって形がまだ残っている。元々持つ魔力や場所にもよるが、竜は腐るまでに時間がかかるのだ。

「下の方で海に繋がってるみたいだから気を付けてね。僕はあっちを見てくるよ」

「あ、俺も行く。釣りは諦めた。レーネは浮き上がってきたのを大剣で狙うって言ってるし、フェレスも飽きて飛んでったし」

 クロはフェレスとブランカの間を往復しているようだ。彼等なりの狩りの方法を考えているのだろう。アントレーネとも意思疎通ができるので、話し合って動いているようだった。


 シウは手持ち無沙汰になったロトスを連れ、海竜の死骸がある巨大湖のほぼ対岸まで飛んだ。

 その間に迷宮核について説明する。といっても、あっという間に着いてしまうだろうから簡単にだ。

「迷宮核は、元は古代の大型魔獣カウムスコルピウスの魔核が変異したものだった」

 ロトスは「また怪獣大決戦系かよ!」と突っ込んだ。更に、カウムスコルピウスが蠍型の魔獣と知るや声を上げた。

「なんで蠍が海にいるんだよ、普通は砂漠じゃないの? 洞窟の蠍とか意味わかんねぇ!」

 彼がいると退屈しない。シウは笑って、海竜の死骸の前に下り立った。







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