488 迷宮核の正体
トロールがいた階層を抜けると、ようやく迷宮核のある場所まで辿り着いた。
通路の間には、本来なら消えていたであろう魔獣が死骸となって溜まっている。一部は迷宮に取り込まれていた。
シウが立ち止まって見ていると、キリクが、
「生まれて間もない迷宮はこんなもんだろ」
と説明する。この迷宮はまだ、きちんと稼働していないというわけだ。
育った迷宮なら死骸を取り込んで迷宮の糧とする。未熟な迷宮はそこがまだ「分かっていない」らしい。
だから階層も横へ進んだり、床が二重になったりする。たとえば最初に入った大きな部屋がそうだった。
「ここにも油があるね」
変異種のスライムがいた部屋で、滲み出ていた油と似ている。ただ、そこまでひどい臭いではない。
通路の先には、迷宮核があると思われる「部屋」があって、その手間に油だ。火気厳禁はもちろんだが、足下にも気を付けなければならない。かなり滑りやすくなっているそれを見て、シウは思わず呟いた。
「良いワックス剤になりそう」
「ここでそういう意見が出るか」
「さすがはキリク殿の秘蔵っ子ですね」
キリクとオスカーが後ろで囁いているが、シウは返事をしなかった。《鑑定》し、実際に良い素材だと判明したからだ。使えると分かれば欲しい。
この素材の元が何か気になるところだが、先に迷宮核の対処である。
念のため、今いる場所に《固定》を二重に掛ける。
「じゃあ、開けます」
といって、扉があるわけではない。
迷宮には階層ごとに見えないカーテンのような結界が張られている。それが扉の役目を果たしていた。
迷宮を人為的に稼働させる場合には後から扉を付けることもある。ケースバイケースだ。
今回の迷宮はもちろん自然のままだった。だから目には見えない膜のようなものを押して入る。ある程度の魔力がなければこじ開けられない、それが手を通して伝わってくる。
「入れる人を、入れる生き物かな、それを選んでるのかも」
まるで全身をスキャンされたかのような感覚だった。シウには無害化魔法が備わっているが、特に反応した様子はない。攻撃されたわけでもなく、またシウに対して「何かを施す」魔法ではないからか。鑑定魔法に近いかもしれない。
シウが膜を見ていると、後ろにいたキリクが説明してくれた。
「大抵は魔力か物理、どちらかの能力が高くないと迷宮核のある場所には入れないぞ」
「そうなんだ……」
「ここにいる奴等は全員入れそうだな」
というので、皆で一斉に入った。
迷宮核のある部屋、迷宮の心臓部とも言える場所には大きな湖があった。シーカー魔法学院の本棟よりも広い。水辺に近付いて《鑑定》すると「海水」だと分かった。
シウが周辺を見回すと、奥に大きな物体が見えた。
「あ、あれだ」
「うん?」
周辺をくまなく観察していたキリクがシウの声で視線を寄越した。
「どうした、シウ」
「あそこに見えるの、たぶん海竜だと思う」
海竜は、レヴィアタンやリヴァイアサンとも呼ぶ。海に棲む竜だ。泳ぎに特化しており、空は飛べない。
「なんだと?」
キリクは体ごとシウに向け、唸った。オスカーとアレンカもだ。彼等の代わりに警戒するのはククールスとスウェイだった。残りはそわそわ、あるいはウキウキとした様子で巨大な湖を見ている。何かが泳いでいるからだが、そちらは大きな脅威とも思えなかったため、シウは気にせず話を続けた。
「海水でできた湖だから地下の方で繋がっているんじゃないかな。そこから海竜が入り込んで、ここを住処にしていた可能性もあるね。だけど病気か怪我か、もしくは寿命で死んだ」
「その死骸を魔獣どもが口にしたのか」
「たぶん。なんだかアルウェウスと似てるね」
「まんまじゃねぇか。魔素も濃い。地下で繋がってるなら、外にいる海の魔獣どもが活性化したのも分かる」
「そうだね。とりあえず湖の底と周辺の調査もしたいところだけど――」
「まずは迷宮核だな」
優先順位は核取りだ。キリクが先ほどから気にしていた場所に視線を戻す。オスカーたちも向いた。
そんな風に皆がピリピリした空気を醸し出しているというのに、ロトスとアントレーネは湖を見て頬を緩ませている。
シウは振り返ってクロを呼んだ。
「あの二人を見張ってて。何か嫌な予感がするから」
「きゅぃ!」
ククールスには護衛役を任せている。頼めるのはクロぐらいだ。なにしろフェレスもブランカもロトスたちに釣られて「なになに?」と覗きに行っている。
シウに彼等を制御する余裕はない。
「キリク、迷宮核を視てもいい?」
「おう。俺の感触だと、取り上げてもすぐに壊れる感じではないぞ」
迷宮慣れした男は頼もしい。シウはキリクの言葉に了解と頷いた。そして改めて迷宮核を見つめる。
迷宮核は、明らかに人工物と分かる「祭壇」の上に置かれていた。
つまり、ここは元々人為的に作られた場所だ。
迷宮核は魔石に似ている。大きくて透明度が高い。魔核は歪な形が多くて、かつ小さい。指で摘まめる大きさがほとんどだ。もちろん大型魔獣の魔核になると大きくなるが、せいぜい片手で持てる。
この迷宮核は違った。両手で持たねばならぬほど大きい。
「まず《鑑定》してみるね」
相手がシウ自身より「桁違い」の格上ならば視ることはできない。古代竜イグを視た時がそうだった。何度も鑑定魔法を掛けることによって徐々にレベルは上がっているが、なにしろ相手は桁違いの生き物だ。全容は杳として知れない。
けれども、迷宮核はどうやら生き物ではなかったらしい。桁違いの格上でもなかった。
「自然にできた核と言っていいのかも」
「そうなのか?」
「古代の、カウムスコルピウスっていう魔獣の魔核が元になってるみたい。帝国時代のものかな。迷宮核は淀んだ魔素が圧縮されて自然にできるものだと習ったけど、こんな大型魔獣の魔核が基になる場合もあるんだね。古書に書いてあった通りだ」
迷宮核についてはまだハッキリと分かっているわけではない。魔核や魔石が魔素の塊であるように、迷宮核も似たものだと考えられている。
ただし迷宮を稼働させられるだけの魔素を放出するには、よほどの大物でなければ難しい。
しかも魔素を吐き出すだけでは迷宮として活動し続けられないため、吸収するための仕組みが必要となる。また魔獣を生み出すなど、迷宮には意思を感じる。「それこそが迷宮=生き物だ」と考えられる所以だ。あるいは迷宮核にも本当に意思があるのかもしれない。
ともあれ、今回の迷宮核にもそれだけの力があった。
「カウム? そりゃ、古代の魔獣か?」
キリクの問いにシウが頷くと、オスカーが後ろに立った。
「古代語ですね。洞窟の蠍、でしょうか。これだけの大きさの核ですから、本体はさぞかし大きかったのでしょう」
オスカーはカウムスコルピウスについては知らないようだった。現代にはいない魔獣なのでさもありなん。しかもカウムスコルピウスは古代帝国時代でも珍しい種のはずだ。シウも古書の数冊でしか名前を見ていない。
もしかすると洞窟の蠍と名付けられたのも、たまたま洞窟にいたから付けられた可能性もあった。
「石化し始めているので、自然に還ろうとしていた魔核を誰かが掘り出してここに設置したのでしょうか」
オスカーがしげしげと眺めながら誰にともなく告げる。シウは鑑定結果を口にした。
「祭壇らしき人工物を鑑定しましたが、古いですね。設置面も固定されて時間が経ってます。結界のおかげで腐食や浸食はなし。となると――」
「『犯人は生きていない』と考えて間違いありませんね?」
オスカーの言葉にキリクが首を傾げる。オスカーの話が一足飛びだから通じなかったのだろう。
シウは肩を竦めた。
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