487 最短を進む戦い方
休憩を終えると、横へ下へ、また横へと迷路のごとく続く通路を進んでいく。
迷宮核がある場所は直線で見ると近い。可能なら階層をぶち抜いて行きたいところだ。やらないのは崩落が怖いという理由もあるし、迷宮に付き物の「転移陣」が発動する場合もあるからだ。
そのため、すでにある迷宮の通路を進む。
なるべく大型で危険な魔獣がいない通路を最短距離で選ぶが、どうしても外せない場所もあった。
そういう時は倒すしかない。
「アレンカさん、重力魔法を」
「はいっ」
天井付近から攻撃を仕掛けようとするハーピーにはアレンカの出番だ。フェレスたちに乗って、あるいは飛行板などで一々戦う時間も勿体ない。
重力魔法によって床に叩き付けられたハーピーはオスカーの消去魔法で消された。円形に発動したのだろう、体の一部が残っている。
「ハーピーの部位は特に高価じゃないし、次があれば同じ手でいきましょうか」
シウの提案に二人は頷いた。本当はハーピーの羽や喉の一部が素材として売れるが、すでに多く手に入っているため今ここで剥ぎ取る必要はない。
よほどの素材でなければ取らずに素通りだ。
途中、スキュラが出てきた時にはオスカーが欲しがったため、シウが古代竜の鱗刀で喉を突いて倒した。スキュラは上半身が人間の女性に見える。下半身は魚の形で、胴体には獣のような足が生えていた。女性のような甲高い声を上げるため、アンデッドと間違えられる。どちらも忌み嫌われていた。もっとも、嫌われない魔獣などいないのだが。
「ありがとう、シウ殿! これだけあれば他の研究者にも回せるよ。君は二匹だけでいいのかい?」
「はい。素材としては十分ですから」
スキュラから取れる素材は代替できるものが多く、素材としての旨味はそこまで大きくない。見た目の気持ち悪さもあって研究用に二匹確保できればそれで良かった。
それより、次の区画が問題だ。
「そろそろ危険区域に入ります。その前に、ヒルードー対策かな」
この先は湿地帯がしばらく続くようだった。そこに蛭の魔物がいる。
ヒルードーとは古代語だ。魔獣魔物の名称が現代語に変遷しなかったのは、希少すぎて口に上る機会が少なかったからというのもあるだろう。有名な誰かが別の名称に言い換えなかったのも理由の一つだ。古代竜は過去の勇者がドラゴンと言ったため有名になったが、学名は古代語のまま残っている。地域によっては別の呼び名もあった。
ヒルードーは古代語のままである。けれど、冒険者の中には「蛭の魔物」と呼ぶ者もいた。ただの蛭と間違えやすいので気を付けなければならない。もっともヒルードーがいるような場所に下級冒険者は行けない。深い山中や迷宮の奥深くにしか発生しないとされる魔獣だからだ。
「ヒルードー? 魔獣ですか?」
アレンカがオスカーに尋ねている。彼は少し考え、小声で答えた。
「確か、蛭の魔獣だね。魔素の濃い場所と大量の血が必要なはずだよ」
血が得られなければ仮死状態のようになって獲物が来るまで待つらしい。古書に書いてあった。シウは振り返ってオスカーや皆に注意を促した。
「その餌がトロールみたいです。奥に群れが住んでいるから、気を付けて」
「トロールか」
キリクが何かを思い出したように呟いた。というのも当初、シャイターン経由でアドリアナからトロール対策の物資を要求されていた。どこにいるのかと思えば、ここが彼等の巣だったようだ。何匹かが外へ出たのだろう。キリクは苦々しく続けた。
「奴等、皮が分厚いから倒すのに一苦労なんだよ」
「えー、そんな分厚い皮でどうやって血を吸うんだろ」
嫌そうな顔で口を挟んだのはロトスだ。アントレーネも後ろで「うぇぇ」と変な顔になっている。
シウはヒルードーについて、古書からと《感覚転移》で視た内容を合わせて説明した。
「最低でも一メートルの長さはあるからね。ここにいるのは大体三メートルから五メートルまでで、普通の蛭とは全くの別物だと思っていいよ。もう吸い付くって感じじゃない」
食い破るが正しいかもしれない。体が大きい分、顎歯の力も強い。
シウの説明を聞いた皆が嫌そうな顔になった。
「大丈夫だって。食い付かれる前に一番の攻撃部位である口に木の棒を差し込めばいいんだから」
「木の棒」
「うん。先端にネルウスを使った薬剤を塗っておくんだ」
ネルウスは魔獣避けにも使われる葉で神経に作用する。魔獣避けの配合だと青茸を使うが、今回は赤茸を使う。青茸より強い効果があるからだ。菌を殺す作用は、量を変えれば毒にもなる。
「麻痺したところで、切ってしまえばいい」
「そ、そうなのか」
「体が大きいから逆に良かったよね」
「なんで!」
ロトスが悲壮な顔で叫ぶ。よほど蛭が怖いらしい。彼だけではない。他の面々も顔を顰めたり青くなったりで、特にアレンカは真っ青だった。
「なんでって、普通の蛭みたいに、いつの間にか吸い付いてるわけじゃないんだよ? 体が大きい分、見付けるのも早い」
「あっ、そうか」
「そうそう。動きも蛇ほど速くない」
「ほほう」
だったらいける、とロトスの表情が明るくなった。キリクやアントレーネ、ククールスも少し安堵しているようだ。オスカーとアレンカだけは顔が青いままだったが、体調には問題ないと答えたので先に進んだ。
ヒルードーはシウが言った通り、問題なく倒せた。この皮は使えるので倒した都度、魔法袋に放り込む。何故かオスカーは要らないと断ったが、アレンカは震えながらも数匹入れていたようだった。
問題はトロールである。
当初は無視して通り抜けるつもりでいたが見付かってしまった。
「トロールなら専用の魔道具があるぞ」
キリクが持参した魔法袋を掲げてみせたが、シウは手で制した。オスカーにも急いで手を振って止める。彼が魔法使用の予備動作を見せたからだ。
「強酸爆弾の弓矢なんてなくても倒せるよ」
トロールは皮が良い素材になる。強酸爆弾など使えば酸が飛び散ってダメージが残る。そうなれば綺麗な一枚革とはいかないから価値がぐんと下がるのだ。
「鏃に良いのを使ってるんで」
言いながら弓矢を取り出す。鏃は破損していた水晶竜の鱗を使っている。破損品なので遠慮がなく、シウの楽しい実験の結果として空間庫内で出番を待っていた。これに合わせて弓も新調している。
弓は慣れた者なら一度に十は矢を繰り出せるそうだが、シウの腕だと五連が限界である。しかし、確実に狙えるという自信があった。
万が一、軌道が逸れたとしても皆の目を欺いてちょちょいと修正させるだけの魔法も使えた。
幸い、今回は上手く各トロールの眉間を貫いた。
「よし」
即死させられなかったトロールもいたが動きは止まる。すぐさまロトスとアントレーネがフォローに入って止めを刺してくれた。倒しては即、魔法袋に入れていく。隙のない流れ作業だ。
それならと、シウは次々現れるトロールを弓矢で仕留めた。矢はロトスが回収し、さりげなくシウの手元に戻してくれる。
おかげで、あっという間にトロールの群れが討伐できた。
この間、三十分にも満たない。
オスカーとアレンカは唖然とし、キリクは「休憩にならん」と苦笑いでぼやいた。
**********
メモ:バリスタのダジャレ
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます