486 迷宮の進み方と在り方
《全方位探索》の強化版に《感覚転移》のフル活用など、頭が痛くならない程度に魔法の同時展開を試みた。おかげで迷宮の奥まで、その道筋はすでに分かっている。
あとはただ突き進むのみだ。
「フェレス、ブランカ、次は右に曲がるよ。狭いから頭をぶつけないようにね」
「にゃっ!」
「ぎゃぅ!」
二頭は背に誰も乗せていない。狭い場所があることや罠の確認で何度も降りる必要があるからだ。また後方の部隊と離れすぎてもいけない。人間の足で走るぐらいがちょうどいい。
「ふたりとも止まって。そこからは僕が先に行く」
「にゃぅー」
「ぎゃぅっ!」
「ダメ。最初は見てて。奥に変異種のスライムがいるみたいだから」
通路が狭くなっていた。せり出している岩があり、正面から見るとひょうたんのような形だ。ブランカの大きさなら腹ばいになって通れる大きさだろうか。スウェイだと慎重に進んでギリギリといったところだ。通路を広げるのは第三班の工作隊になる。迷宮の通路は固定してからでないと勝手に削れないのだ。鉱山でも危険だが迷宮は更に危険で、不用意に削ったせいで階層がいきなり増えたり転移させられたりといった事案が発生するそうだ。
そんな危険を今は冒せない。無難に、かつ素早くが一番だ。だからこそシウが先に通り抜けた。
奥はドーム型になっていた。学校の校舎がすっぽりと入りそうなほど広い。その床一面に黒い水が流れ出ている。ついでにスライムも一緒だ。
黒い水は――。
「油か。皆、ちょっとそこで待って」
後に続く仲間を止め、シウは魔法を使って油を除去した。ついでにスライムたちもまとめて狩ってしまう。狩るといっても魔核を《引寄》して止めを刺しただけだ。あとは空間庫に入れてしまえばいい。
一部を残したのは、変異種のスライムを欲しがる人もいるだろうと思ってだ。
「もういいかー?」
と、ロトスが言うので「入ってきていいよ」と返す。
中を見たロトスたちは笑った。
「シウってば、ほんと、やりたい放題だよな」
「えっ」
「いや、魔獣がいるのは誰でも分かってるのに、そこに数匹しか残っていないと何したのかバレバレじゃん」
「あ、そうだね」
「まあ、いいや。ところで何か湧き出てんね」
「油みたい」
「うわ、マジか。おーい、火気厳禁だからな! 後続に伝えて-」
告げてから、ロトスが鼻を押さえた。
「ヤバい、めっちゃ臭う」
「この下に堆積物があって、そこから出てるみたい。たぶん、魚類系の魔獣だね」
堆積物は死骸だ。長年ここにあったらしい。そこに海水が流れ込んで浮き上がってきた。海水は、外で大型の魔獣が暴れていたため入り込んだのかもしれない。堆積物のある地下のどこかに別の穴が開いている可能性もあった。
気になったシウは、皆が周囲を見回っている間に地下の堆積物をまとめて取り込んだ。崩落しないよう、油が染み出す原因となった小さな穴を塞ぎ、床を《固定》する。
「ここの調査は後回しにしよう。先に奥へ進むよ」
声を掛けると全員が集まった。その頃には後続の隊も追い付いていた。
通路は、シウが《全方位探索》を使って最短距離を選んでいる。広い通路ももちろんあるが、そちらには大型の魔獣もいるので相手にしない。とにかく早く核取りすべく、前へと進んだ。
戦いを最小限にするとはいえ、一度スタンピードを起こした迷宮だからそれなりに魔獣はいる。そのため、シウだけでなくロトスやアントレーネも魔獣と戦った。
途中で一度、キリクに「休憩を取ろう」と止められた。後方支援部隊が遅れているらしい。
ククールスもキリクの護衛として気を張っていたから休憩案に賛成した。オスカーとアレンカもだ。彼等の方はあからさまにホッとしていた。ただ、シウが椅子を用意するとなんともいえない表情だったが。
本当なら体を休めるためには床に座った方がいい。もちろん一番良いのは寝ることだ。魔力も戻る。ただ、そうはいっても迷宮の中で、ましてや整備のされていない危険な迷宮である。何かあった際、素早く動けるのは圧倒的に椅子に座っている方だ。横になっていては動作が増えるし、床から立ち上がるのだって椅子よりは時間がかかる。その一瞬で襲われる場合もあるのだ。
結界を張っていようと、警戒は必要である。
だからこそシウは立ったままだし《全方位探索》も強化したままだ。
そんなシウに、キリクが椅子に座ったまま話し掛けてきた。
「迷宮核の場所はもう掴んだのか?」
「おおよそは」
「どれだけ深い?」
「そこまでは深くはないよ。上下に入り組んでいるけど、最終地は海面とほぼ同じ位置かも」
キリクは「ふむ」と考え込んだ。彼が心配しているのは海水の流入だろう。
「海水が入り込んでくる可能性もあるね」
「そうだな。下りもあるんだろう? 空気を入れた魔法袋もあるとはいえ……」
「手持ちの《空気タンク》を配ったけど足りないよね」
第三班に渡したが数は足りていない。念のため大型の魔法袋に酸素を入れて用意しているが、これも小グループごとには用意できなかった。
「まあ、核取りをしてすぐに迷宮が潰れることはないが、何事にも絶対はない。過去には数秒で陥没した例もある」
「数秒で陥没って、それがどうして分かるの?」
「運び入れた転移門が壊れる前に上手く稼働したらしい。先見の明だな。そういうわけだ、俺たちも新規の迷宮に潜る際は後方支援部隊を投入して通路の維持を行う」
「ああ、だから第三班には岩石魔法持ちや固定魔法持ちが多いんだ?」
「あいつらは攻撃は不得手だが、こういう時に役立つ。結界魔法も休憩時には役立つから、後方の奴等に配置させているぞ」
ここにいないのは、シウがいるからだろう。はたして。
「お前がいるから今回はかなり楽をさせてもらってるな。融通してくれた結界の魔道具も持っているぞ」
と、腰のポーチをぽんと叩く。シウが渡した魔法袋だ。そこには各種ポーション類や魔道具が入っている。「時戻し」という最高峰のポーションもだ。
「万が一お前とはぐれても問題ない」
「うわっ、やべ」
「ロトス?」
黙って話を聞いていたロトスが口を挟むので、シウは半眼になって彼を見た。
するとキリクが自分の膝を叩いた。
「ああ、これが『ふらぐ』か。ロトスよ、お前は若いのに迷信を信じるんだな」
「迷信?」
「そうだろ。迷信と同じさ。だが、そんな話を信じていたら何も言えなくなるぞ。世の中には無駄な言葉が確かにあるかもしれんが、だからといって言葉は惜しむものでもない。さっきの俺の言葉は、シウに対して『安心しろ』と伝えるのと同時に礼を告げるものだ。っと、これは余計な一言だな。遠回しの言葉を説明するなんざ、無粋もいいところだ」
「……でも、無駄ではないよね」
少しばかり照れ臭いのは、キリクが面と向かってシウに礼だと言ったからだ。
キリクはシウを見て笑った。
「ほれみろ、シウが照れたじゃないか」
「あ、じゃあ、余計な一言じゃないじゃん」
「ほう?」
キリクが先を促すよう顎を上げると――。
「珍しいシウの姿が見れたもん。シウってば直接褒められるとめっちゃ照れるんだよ。なー?」
「うるさい」
「シウが悪い言葉を使ったー!」
ロトスがからかうのでシウは無表情を保てなかった。じわっと頬が赤くなる。キリクは珍しいものを見たという顔になるし、離れた場所で警戒していたククールスは呆れ顔だ。
アントレーネだけ椅子から立ち上がり、笑っているロトスを捕まえようとしている。
シウは深呼吸して、両手をロトスとアントレーネに向けた。
「皆、落ち着こう。僕も落ち着いたから」
これに笑ったのはキリクとオスカーだけだった。
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