514 急な出立、操縦教育、カスパルの将来




 いつもなら閉会式のエキシビションを見てから出立するキリクも、これでは期待薄だと思ったらしい。出席は取りやめ、急遽、光の日の早朝に出立を決めた。

 そのため風の日は慌ただしくなった。

 資料を取りにきたミッテルバルト侯爵の関係者はその慌ただしさに驚いた。本国で何かあったのかと探りを入れるぐらいだ。もちろん違うと説明したが、それだけでは信じてもらえない。シウは素直に「闘技大会がひどすぎて」と話した。

 絶句されたので、シウの説明は良くなかったようだ。


 その次に宿に来たのは、どこからか情報を得たゲラルトだった。エルムスに言われて急ぎやってきたらしい。彼の顔を見るまでシウはすっかり忘れていた。

「あっ、もしかして帝国金貨の件ですか」

「忘れていましたね? 明日の閉会式後にお話をさせていただこうと思っておりましたら、まさか出られもしないとは」

 愚痴を零され、シウも困ってしまった。

「えーと。すみません、勝手に交渉するのはダメだと言われてまして」

「でしょうね。イェルド殿は本当に手厳しい」

「宰相殿の方が厳しいのでは?」

「ははは」

 ゲラルトは否定しなかった。

「仕方ありません。また、次の機会に交渉させてください。その時まであなたが現状のままでお持ちだと有り難いのですがね」

「さすがにもう潰しませんよ。ただ、貨幣は持っていても意味がないと思うようになったので、何かを買うために使うかもしれません。次に交渉する場合も、ロカ貨幣ではなくて何かを購入する方向で勧められたら僕も有り難いです」

「ほう?」

「老後の資産はある程度できたので、次は知識や物質といった財産を用意しておこうと思ってるんです」

「老後」

 復唱されて、シウは苦笑した。この話をすると驚くのは冒険者だけではないらしい。皆が皆、驚くのだ。

「何かあった時のために財産を分散する、といえば分かってもらえますか?」

「ああ、なるほど。それでしたら分かります。我々も日々『何かあったら』と考えて行動しておりますからね」

 デルフの貴族らしい言い分だ。シウはゲラルトと最後の挨拶をして、宿の玄関から見送った。その向こうには、闘技大会での賭に負けたと思しき人々がくだを巻きながら歩く様子が見える。彼等は試合が八百長だったと知っているのだろうか。

 ともあれ、シウはもうデルフの闘技大会は観ないだろう。




 早朝の靄の中、次々と飛竜が飛び立つ。

 他の貴族らは閉会式を見てからの移動になるので、上空は全く込んでいない。飛竜の発着場もガラ空きだった。

 おかげで、王都を出てからの飛行も全く問題なく進む。前回は混んでいたため時間がかかったようだ。飛行ルートが重なるとどうしても神経を使うし、飛竜同士の見えない戦いもあるらしい。特にデルフの飛竜は荒っぽいのだとか。ストレスが溜まっているせいだと、竜騎士らがぼやく。

 復路はシウも交代要員として組み込まれ、あちこちの飛竜に乗った。休憩ごとに入れ替わる形だ。ロトスも捕まっていた。

 騎士の誰かがアントレーネとククールスにも覚えさせようとしたものの、二人は「絶対に嫌だ」と断った。ククールスは面倒くさがりだから分かるが、アントレーネが何故そこまで嫌がるのか。シウは不思議に思って途中で聞いてみた。

「だって、魔獣が現れたら自分で戦えないんだよ? あたしはやっぱり剣を振るいたいからね!」

「あ、そうなんだ」

「俺は普通に嫌だ。面倒くさい」

「だよね。それは分かってた」

「えー」

「そう言えば、レオンは誘われなかったの?」

 休憩地に下りると、レオンはすぐにエアストを放した。狭い場所でジッとしているのに飽きたエアストが楽しそうに走り回る。フェレスやブランカもいるので危険はない。上空からはクロも監視中だ。スウェイは全く動かず、のそりと座り込んでいる。

「幼獣連れには声を掛けないって言ってた。あと、もう少し大人になってからだとも」

 言いながら、レオンは半眼になった。シウを見て、ロトスにも視線を向け、またシウを見る。どういう意味だとシウが思うより前にロトスが口を開いた。

「なんだよ。その理由を疑ってるのか?」

「いや、別に」

「聞いてみりゃいいじゃん。おーい」

 ククールスが気軽に声を上げる。近くにいた竜騎士が来て、説明すると笑い出した。

「ていうか、普通は素人に飛竜の操縦なんて教えないからな? シウだからキリク様も教えたんだろ。うちは良くも悪くも大雑把というか、悪ノリするからさ。ロトスの場合は俺たちもまさかすでに操縦経験あるとは知らなかったし。操縦できるならやってもらいたいだろ。ところで誰がロトスに操縦を教えたんだ?」

「サナエル」

「あー、サナエルはキリク様寄りだしな。結局、人によるんだって」

「分かった。ありがとう」

 シウが礼を言うと、竜騎士は自分の飛竜のところへ戻っていった。シウは振り返って、

「人によるんだって」

 と、告げた。レオンもククールスも呆れ顔だ。

「聞いてた。あと大体分かってきた」

「何が?」

「諸悪の根源がどこにあるのか」

「分かる、俺も同じ-」

「俺にとったら、うちのメンバーみんな変だから。俺だけは常識と良識を持っているようにする」

 レオンはそう言うと、休憩場所の端まで走っていったエアストを追いかけた。

 それを見ていたアントレーネが「非常識なのはシウ様だけだよねぇ?」と首を傾げる。隣ではククールスが忍び笑いだ。シウは半眼になって皆を見回し、ジルヴァーとふたりでそっと離れた。



 国境を跨いでから、オスカリウスの一行としてはゆっくり時間を掛けてロワルに向かう。

 不思議に思って途中の休憩時間にキリクへ尋ねると、

「カスパル殿がいるだろう?」

 と返ってきた。「あ!」と気付いたシウである。

 シウも随分とオスカリウス流のやり方に毒されていたようだ。

 そのカスパルだが、実は飛竜の強行軍には慣れている。彼は体力があるわけではないけれど、飛竜に乗る分には体力など必要ない。「ただ座っているだけで移動できて、その間に本が読めるなんて最高だよね」と言ってしまう人なのだ。しかも。

「ゆっくり進んでいるらしいね。良いんじゃないかな。早く着くと、それだけ本が読めなくなるのだからね」

 ロワルから近い場所に貴族の別荘地がある。シルラル湖の畔だ。避暑地として有名で、夏になると社交が盛んになる。カスパルも父親に「パーティーに出席しなさい」と命じられているらしい。

「大変だね」

「大変だとも。そろそろ、将来の見通しについても説明しなければ」

「将来? 結婚とか?」

「それもあるね。実は、もう少し研究させてもらえないか頼んでみるつもりなんだ」

「研究室に入る予定?」

 研究と言うからには当てがあるのだろう。

「幸いなことに複数の研究室から話が来ている。まだ論文を完成させていないから本決まりではないけれど」

「でも、すごいよね。おめでとう、カスパル」

「父上の許可をいただいてからだよ。けれど、うん、ありがとう」

 カスパルは後継ではないし、兄弟仲も良いようだ。父親は息子を他国の大学校にやるだけの余裕もある。邸宅を丸ごと借り上げ、多くの使用人を雇えるだけの財力だ。カスパルが研究者になるのも支援しそうな気がする。

 とはいえ、諸手を挙げて賛成というわけにもいかないだろう。いくら三男とはいえ、伯爵家としての仕事もある。もちろんカスパルも貴族としての責任や義務については理解している。だからこその「許可」だ。どこで折り合いを付けるか、互いに話し合う。

 シウは「頑張って」とカスパルを応援した。

 ダンが横で呆れ顔になる。どうしたのかと思えば「シウと話してると気が抜ける」と言う。彼からすれば「若様の一大事なのに」ということらしい。

 シウは「適度に力を抜いた方がいいよ」とアドバイスした。でもやっぱりダンは呆れ顔のまま、カスパルにこう言った。

「カスパル様は逆に緊張感をもって挑みましょう。力が抜けすぎだ。あと、俺の結婚相手も見付けてほしいって一緒に話しておいてください」

 どうやら、カスパルの結婚話に託けて自分も売り込みたいらしい。

 シウは笑って、休憩時間を過ごした。


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