484 解体と海老と成長と




 ちょうど日も落ちて食事の用意が始まる頃合いだ。シウは解体と調理を担当すると請け負った。更に、魔道具類や魔石に関しても融通を利かせると約束した。

「そう言えば、シウ殿の『魔法袋』は特殊なのでしたね。多くの魔獣を収納しておきながら、更に魔道具類や魔石までお持ちとは」

「えーと、ここだけの取り引きとしてお願いします」

「もちろんです。ああ、シャイターンと違って価格交渉が逆になりそうですから気を付けましょう。リベラータにしっかり申し伝えておきます」

 リベラータとはシャイターンに置いてきた会計担当の文官だ。輜重隊と共に仕入れのため奔走しているらしい。

「安くお譲りしますよ?」

 キリクとシウの仲なのだ。友人であり親子のような関係である。構わないと思うのだが、イェルドはそうではなかった。

「シウ殿から買い叩いていると知られたら横やりが入るでしょう。それで困るのは後々のあなたです。オスカリウス家に安く譲ったのなら、それよりも偉い立場の自分たちにもと言い出す可能性があります。まあ、わたしなら、そんな『奴等』を言いくるめる自信はありますけれどね。しかし、弱みを握られないようにするのも大事なことです」

「あ、はい」

「ご安心を。ちょうどいい按配を見極めるのは得意です。リベラータにとっても良い仕事となるでしょう」

(恐い、この笑顔が恐いんだ。リベラータさんヤバいな。絶対に扱かれる)

(だねー)

 シウはロトスの念話に動じず、ただイェルドに「了解しました」とだけ伝えて彼等のテントを出た。



 そういうわけで早速、解体を始めたシウだが、予想した通りお祭り騒ぎになった。なにしろ十メートル級の魔獣を取り出して解体するのだ。オスカリウスの人間が集まらないわけがない。

 料理が苦手なアントレーネもそわそわと手伝いに来ている。彼女の場合は海老が気になるからだろう。もしくは、海老に見えない巨大魔獣グランデカンマルスが本当に食べられるのかが気になっているのかもしれないが。

「そう言えば、レーネ。ハーピーの巣をかなり潰してくれたんだってね」

「ああ! 手伝いに来た騎獣隊の奴等が有り難いって褒めてくれたよ!」

「どっちの騎獣隊が来てくれたの?」

「オスカリウスの方だね。シャイターンの奴等は連携がヘタだよ。それぞれの隊の能力は高いのにねぇ」

「レーネから見てもそうかー」

「ククールスが言ってたんだけどさ、飛竜の練度もなかなかのものらしいよ。それに騎獣隊の救助活動もしっかりしてたって話さ」

「そうなんだ」

「魔法使いも強力な攻撃をぶっ放してたしね!」

 アントレーネがわくわく顔で言う。子供みたいで、シウも思わず笑顔で返した。

「すごかったよね」

「ああ! あたしも、ああいうのが撃てるなら楽しかっただろうと思うんだ」

「うんうん。それで?」

「あ、そうだった。だからさ、個々の能力は高いんだよ。おっと、オスカリウスの奴等ほどじゃないけどね」

 話に夢中なアントレーネは手伝うと言ったまま手が止まっている。その間にシウは解体し終わったグランデカンマルスを食べやすい大きさにまで小さくし、ぶつ切りにしていた。

「それでね、よぉく見てたら、連携が取れてないんだなって気付いたのさ」

 揚げ物用や唐揚げ用、更にしんじょ用にと分けていく。テーブルの上には大量の身が山のように盛られた。

「以前のあたしがそうだったからね。あたしらは個人で戦う種族さ。だから、負けた。シウ様と出会って、仲間と連携して戦うというのを覚えたんだ。信頼して後ろを任せる。これが大事なんだよ。あたしはね――」

 包丁を持ったまま話が止まらなくなったアントレーネにホッとしていいのかどうか。食材を捨てずに済んで良かったと思うことにし、シウは次の工程へと移った。


 ちなみに夕飯は大好評だった。

 いつの間にかシャイターンの人まで交ざっているぐらいだ。さすがに食べに来たのは顔馴染みの人だけだが、彼等に誘われた一部も一緒になって舌鼓を打っている。

 シウの作った海老尽くしは彼等にも気に入られた。もちろん、オスカリウスの人々にもだ。

 でも一番喜んでいたのはアントレーネかもしれない。その次がロトスだ。二人して海老料理の一位決定戦とやらを始めてしまい、楽しそうだった。

 シウは「海老だけじゃなくてマグロも食べて」と勧めたが、言い合いするのが楽しいのだろう。オスカリウス家の騎士も交えた熱い論戦が続いた。

 諦めて、シウは食事を終えるとテントで作った簡易竜舎へ向かった。

 一人で行ったのは、フェレスたちが満腹になるや早々と寝てしまったからだ。クロもフェレスに咥えられ、希少獣組は仲良くテントで休んでいる。



 飛竜にはグランデカンマルスの殻や余った身、尻尾などを与えたが喜んでくれた。

「他にも使い道のなかった魔獣があるから、イェルドさんに渡しておくね。火竜や水竜の余った部位も入れてるよ」

「ギャギャギャ!!」

 ルーナが代表してお礼を言う横で、ソールが健気に毛繕いならぬ鱗舐めをしている。ルーナは全くの無視だ。笑っていいのか、憐れに思えばいいのか分からない。シウはなるべくソールを見ないようにしてルーナに話し掛けた。

「陸の魔獣と海の魔獣だとどっちが美味しいとか、好みってある?」

「ギャギャギャ」

「えー、そうなの、特にないんだ? 生でも美味しく食べられるんだね。でもそこは各自の好みじゃない?」

「ギャギャ!!」

「へぇ。人間が食べない魔獣でも食べられるもんねえ。胃が強いのかな?」

「いや、そういうことじゃないだろ」

「キリク」

 振り返るとキリクがお腹を撫でながら歩いてくる途中だった。

「相変わらず、食べさせるのが好きな奴だな」

「まあね」

「でもま、いつぞやと比べたらマシか」

「うん?」

「いい顔するようになったって言ってるんだ。年相応のな。お前に必要だったのは仲間なんだろうな。もしくは家族だ」

 キリクの言いたいことが分かる気がした。もちろん友人の存在もシウには大事だった。けれど、そうではなく。

「誰かを頼って甘えて、失敗して叱られて。そういう経験が人を成長させるんだろうなぁ」

 シウは「うん」と笑って答えた。

「僕はここで育て直してもらってるんだと思う」

 それがどんなに幸せなことかシウは知っている。

 キリクはシウの頭を撫でながら、ルーナを見上げた。

「いつだって人は成長できるもんだ。そうだよな、ルーナ」

「ギャギャギャ」

「おうおう、そりゃどういう意味だ」

「ギャギャギャギャ」

「分からん。シウ、通訳しろ」

 シウは苦笑して、正直に話した。

「成長しない人間もいるんだって。それはソールもだけど、って怒ってる」

「あー、あれな」

 成長しない人間とは、ソールに粗相をしたサナエルだ。それに対してソールがサナエルを振り落とした件も、ルーナは怒っている。

「さっきから女王様みたいになってるのは、それか。ソール、お前も父親になったんだからちょっとは落ち着けよな」

「ギャ……」

「あれは通訳しなくても分かるぞ。尻に敷かれてへこたれているんだろ」

「うん、まあ、おおむね合ってる」

 シウが笑うとキリクも笑った。が、すぐに真顔になる。

「アマリアも子供が生まれたらルーナみたいになるのか?」

 独り言のようだったし、下手に突っ込んで巻き込まれてはいけない。そう思って、シウは聞こえないフリでやり過ごしたのだった。







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エビが出るってバレてて笑ったです




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