483 海岸にできた迷宮の周辺調査
フェレスに目一杯の速さで飛ぶよう頼むと、尻尾をぶんっと振るや弾丸スタートを切った。ロトスがシウの背で「うおっ」と漏らすぐらいだ。かなり速い。
山岳地帯を右へ左へ縫うように進む。コースはフェレスに任せた。ただ方向だけを示す。彼は感じるままに「一番いい」コースを選び取った。
「ロトスはこのコース取り、どう思う?」
「……悔しいけど完璧」
「悔しいんだ?」
「俺を誰だと思ってんだよ。聖獣だぞ。飛ぶのが当たり前の生き物なんだからな」
「飛行に関して後れを取りたくない、って感じ?」
「そう、それ」
とは言いつつも、むくれるという様子でもない。シウが黙っていると、後ろからボソボソと独り言のような声が聞こえてくる。
「フェレスは仲間っつうか家族みたいなもんだし、だからスゲー奴だって自慢したいし嬉しい。でも『俺だってもっと飛べるんだからな!』とも思うんだよな~」
シウはふふっと小さく笑った。その気持ちはシウにも覚えがある。自分のことのように嬉しいが、ちょっと悔しくも感じる気持ち。
負けたくないというより、自分だって頑張れる、頑張っているのだという自負のような思いだ。それはたぶん、守りたいものがあって、そのために強くなりたいと願っているからこそ生まれる気持ちだ。
やはり、シウは恵まれている。良い仲間に出会えた。これを幸せというのだろう。
この幸せを守るためにも身を引き締めて取り掛かる。
目の前には禍々しい様子の海があった。
付近は、黒の森ほどではないが、おどろおどろしい魔素の気配が立ちこめていた。
「フェレス、静かにね」
「(にゃぅ)」
シウが隠密行動を求めているとすぐに察知し、小声で返事をする。フェレスは希少獣としての本能が強く、魔獣との戦い方が魂に刻み込まれているといっても過言ではない。シウの意図を正確に見抜き応じてくれる姿に、頼もしさを感じる。
「(幻惑と隠密魔法を掛けるよ。スピードは中程度で、魔獣を躱しながら右回りに旋回しつつ海岸まで向かってくれる?)」
フェレスはシウの指示を聞くと今度は返事をせずに頷いた。ピコピコと耳が動いている。フェレスの成長ぶりに嬉しくなるが、今は魔獣が飛び交う中だ。そっと背中を撫でるだけに留めた。
撫でながら周囲を見回す。
(思ったよりは少ないね)
(だなー。もっとウジャウジャ湧いて出ているかと思ってた)
(一部はアドリアナ国の王都に向かったらしいし、野営地の周辺を狩ったのなら減っているのかもしれないね)
ロトスと念話で話しているうちに、海岸まで出た。
振り返ると険阻な渓谷が見える。川は水の量が多く、巨大な滝となって海に流れ込んでいた。その滝の海面ギリギリに穴が開いている。
(あれだなー)
(あれだね)
予想した通り、陸地と海の間に迷宮ができているようだ。
海岸沿いの崖にはハーピーの巣が見える。海面近くにはポリプス、ガストロポダの群れ。まだ小さい。シウたちが討伐した大型魔獣とは比較にならなかった。
大物が東へ向かったようだ。
見回してみても、迷宮の入り口近くにいる海の魔獣は十メートルより小さいものばかりだった。その代わり、群れとなってひしめいている。ここにいる海の魔獣が三日月型の湾内に留まっているのは餌の関係かもしれない。迷宮入り口から小さな魔獣が流れ出ては海に漂う魔獣たちに食われている。
しかし、大型魔獣にとってはおやつにもならない小ささだろう。食いでのある餌を求めて大型魔獣は外海へ出たと考えられる。
(奥にも濃い気配があるね)
(おい、まさか先に入るつもりじゃないだろうな)
(そこまで独断専行はしないよ)
(良かったー。おっちゃんが悔しがるもんな!)
(……おっちゃんって誰?)
(キリク様。なんか、おっちゃんって感じじゃん)
(……本人の前で言わないようにね。最近、体力がどうのってぼやいてるし)
シウからすれば体力オバケのような男だが、寄る年波には勝てぬと愚痴を零している。
(その割には元気だよなー。ていうか、めっちゃ元気じゃない?)
(そう言えばそうだね。今回いつものように飛竜の操縦を代わったけど、そこまで疲れてる感じはなかったね)
シウの言葉を受けて、ロトスが少しの間黙った。それからツンツンと背中を突かれる。
(シウ、お前さぁ、やらかしてたよな?)
ハッとして振り返ると、呆れた顔のロトスが半眼で見ていた。
(なんだっけ、竜苔の芽を使ったやつ。あのポーション飲ませてたじゃん)
(……もしかして、僕が思う以上に効能が高かった?)
ロトスが深く頷く。シウはブルッと震えて前を向いた。ひょっとすると薬の効能は一過性ではなかったのかもしれない。もっと深く染み込んだと言えばいいのだろうか。体に悪いものではないと鑑定して分かっているが、かといって効能が良すぎるというのも気になる。
(ちょっと恐い想像したかも。あとでキリクをフル鑑定してみる)
(おー。こっそりやった方がいいぞ。もし恐い想像ってのが当たったら絶対怒られると思うもん)
ということは彼もシウと同じ想像に至ったのだ。もちろん、一過性の効能が「少々長引いているだけ」とも考えられるが。
ただ、長々と続く効能は通常なら有り得ない。竜苔はどうやらシウが思う以上に「良すぎる」素材のようだ。
(バレたら怒られるよね?)
(どうだろ。おっちゃんはいいけど、イェルドさんがめっちゃ小うるさいもんな!)
シウはそれには返事をしなかった。なんとなく背中がゾッとしたからだ。
魔獣に気付かれないままシウたちは周辺の探索を終えた。
入り口へのルートや海の魔獣を制圧する方法も幾通りか考える。帰路にロトスとも話し合った上で、それらをキリクに報告した。
口頭での報告を聞いていたキリクが、段々と呆れ顔になっていく。それでも最後まで口を挟まずに聞いてくれたのはイェルドがいたからだろうか。
「お前は、全く」
「まずかったですか?」
とはイェルドに聞いた。彼は澄まし顔で、シウの問いに答えたのはキリクだった。
「まさか入り口まで見付けてくるとは思ってなかった」
「あれ? でもそういうことだとばかり」
「周辺の探索を頼んだつもりだがな。できたばかりの迷宮では何が起こるか分からん。ましてや一度、魔獣スタンピードが発生している場所だ。今は一旦落ち着いているだろうが、いつ第二弾第三弾が始まるかもしれん。それなのに、まぁ、相変わらずお前は」
「よろしいではありませんか。さすがシウ殿です。おかげで早々に攻撃ルートが決められます」
「イェルド、お前なぁ」
イェルドはツンと顎を上げ、別の書類を取り出してキリクに見せた。
「経費がかかりすぎです。アドリアナからの報酬は経費込みですよ。シャイターンも支払いが渋いので、キリキリと締めてかからないとなりません」
「おい、待て。見せろ。なんだ、その金額は!」
「飛竜の餌代が予想以上に高く付いてます。持参した魔道具類や魔石もじゃんじゃん使いましたしね。それに関して輜重隊からも、減った資材の仕入れ手配に手間取っていると連絡が入っています。シャイターンの商人は国から『搾り取れ』と命じられているのかもしれませんね」
イェルドの顔が恐い。シウとロトスはほんの少し仰け反った。
(な、小うるさいよな)
(しっ、ダメだよ、聞こえなくてもバレる)
(分かった。うお、こっち見てる見てる! こぇぇよ!)
ロトスがニコッと愛想笑いで返すが、そういう態度だからバレるのだ。シウは報告した時の表情そのままにイェルドへ提案した。
「飛竜の餌、用意します。せっかく海の魔獣を討伐したのに利用しない手はありません」
「……食べられるのですか?」
「もちろん!」
食い気味に答えたシウを見て、何故か今度はイェルドの方が仰け反った。
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