455 飛竜ケラソスの治療




 閉会式が始まるまでには時間がある。一旦控え室か観覧席に戻ってもいいと言われ、シウたち入賞者はスケジュール表を渡された。

 表彰式や祝賀会があるので、全体の流れについて書かれている。

「君はオスカリウス辺境伯の観覧席に戻るのかい? 良ければアレクサンドラに会わないか」

「うーん。その話の前に……閉会式後って時間ないですよね?」

「祝賀会があるからね。その準備に――」

 アドリアンがシウの目を見つめた。

「ケラソスに?」

「はい。痛みがあるのなら可哀想ですし。その、絶対にできると断言はできませんが、治る可能性があります」

 確実に「治せる」とは言えないが、シウは小声で続けた。

「内緒でお願いしたいんですけど」

「……分かった。そうだね、オスカリウス辺境伯と挨拶もしたかった。今から共に向かおう。彼と一緒にケラソスを見舞う、といった方向で進める。どうかな?」

「でしたら、はい」

「それならば祝賀会に少しぐらい遅れても問題ないだろう。アレクサンドラのドレスの準備が見られないのは残念だが」

 ニヤリと笑うアドリアンに、シウは一瞬の間を置いて突っ込んだ。

「あの、女性の準備は、見てはいけないのでは?」

「おや。そこに気が付くとは」

「……もしかしてからかってます?」

「さて、どうだろう」

 アドリアンはニコニコと笑ってルドヴィークを呼んだ。フェレスに纏わり付かれていたルドヴィークは喜び勇んで駆け戻った。



 ケラソスは会場に併設されている医療用の飛竜舎で、担当者が様子を見ているという。

 キリクに話すと一も二もなく付いてきた。彼も根っからの飛竜好きだ。アドリアンとも話が合うらしい。

 もっとも、本音を言えば、

「少しでも空き時間ができたらシャイターンの貴族が挨拶に来るんだぞ。せっかくの最終日にだ。いくらレースが終わったからってひどいじゃないか。閉会式が始まるまでにエキシビションだってやるんだ。歌や踊りはともかく、飛竜の特別演技は見るべきだろう?」

 ということらしい。しかし、だ。

「そのエキシビションの間に来ていただいたわけですが、大丈夫ですか?」

 アドリアンが苦笑で振り返った。キリクは視線を逸らして、隣にいるイェルドに表情だけで何かを伝えた。

「……シウ様の魔道具によって模範演技とやらは撮っております。ロトス殿が請け負ってくださいましたので後々、役立てましょう」

「ほう。何やら便利なものがあるようだ」

「まあな。さて、それよりも貴君の飛竜だ」

 飛竜舎に入ると、アドリアンは関係者以外を立ち入り禁止にした。つまりシャイターンの大会関係者をだ。今いるのは彼が連れてきた調教師や従者、騎士といった親しい人だけである。

 人払いが済むと、アドリアンは横たわるケラソスに触れた。

「まだ痛むのだろう? 無理をして体を起こすのではないよ」

「グギャァァ」

「よしよし。君を診てくれるという子がいるんだ」

「アドリアン殿下、シウは『子』ではないぞ? 拗ねるので大人扱いしてやってほしい」

「おや」

 ケラソスを見てから表情に笑みがなくなっていたアドリアンに、少し余裕が出てきた。彼はキリクからシウに視線を移し、微笑んだ。

「失礼した。シウ殿、何やら秘策があるようだ。ケラソスをよく診てあげてほしい。よろしく頼むね」

「はい」

 微笑みながらも真摯な態度に、シウも真剣な表情で頷いた。


 まずはケラソスに《完全鑑定》を掛ける。聞いていた通り骨折していた。しかも細かくひびが入っている。また、どういうわけか毒に冒されていると出てきた。怪我をした場所に近い部分で留まっているため微量だったのだろう。

 シウはふと考えた。もし人間がこの量を受けたらどうなるだろうか。即死とまではいかない。けれど、寝込んだ末に、毒消しを飲まねば死に至る。そんな量だった。

 ひょっとすると飛竜の乱闘騒ぎに乗じて、騎乗者であるアドリアンに毒を打つつもりだったのかもしれない。

 しかし、想像するよりも先に治療だ。

「……患部を切開したいんですけど構いませんか?」

「は?」

 調教師が声を上げた。アドリアンは驚いているが、冷静でもあった。思案顔になったかと思うと、キリクを見てから頷いた。

「ケラソスが我慢できるのなら」

「もちろん麻酔を使います。ただし、彼の表情を確認しながら行いたいので、調教師さんに顔の方へ行ってもらいたいんです。僕は患部で治療を施します」

「……聞いていたね? シウ殿の言う通りにするんだ」

「ですが、殿下――」

「彼が何かするとは思っていない。わたしは信じると決めてシウ殿を連れてきた。彼に賭けているんだ。このままだとケラソスは飛べない竜になるかもしれない。それがどういうことか、君にだって分かるだろう?」

 調教師もケラソスの状態が良いとは思っていなかったようだ。俯いて拳を握った。やがて納得した様子で、ケラソスの頭の方へと向かった。そこからシウを見る。決して聞き漏らすまいと、その目その体で語っていた。

 シウは大きく息を吸った。

「ケラソス、麻酔を打つ時は少し痛むと思う。少しずつ薬を入れていくから気持ち悪い感じもある。でも、アドリアン様から君を託された僕を信じて、どうか我慢してほしい」

「グギャ、ギャギャギャ」

「うん。尻尾は動かしていいからね。キリクやアドリアン様方は頭の方に移動していてください。フェレスはルドヴィークと一緒に端へ行っといで。気が散るといけないからケラソスから見えないところにね」

 フェレスは小さく「に」と鳴いて、心配そうなルドヴィークを促して離れていった。


 麻酔薬を入れるのに使う注射針は鉄パイプの先を削って尖らせたものを使う。鱗の隙間からブスッと刺した。ケラソスはほんの少し震えたものの、おとなしかった。

 体が大きいのと、竜に効くかどうかを試したことがないため、少しずつ薬を入れていく。幸い、調教師が様子を確認してくれるため問題はなさそうだった。火蠍の尻尾から作る麻酔薬は人間用だったが、案外効くらしい。もちろん希少獣にも使って問題なしだったと本に載っていたレシピだ。

 もし火蠍がダメなら白粒茸から作る麻酔薬に切り替えるつもりだった。合う合わないは体質によるため、少しずつ確認が必要だ。ケラソスを常に見ている調教師なら少しの変化も見逃さないだろう。

 その後、別の鉄パイプを使って血管付近にある毒を吸い出した。

 浸透してしまった分もあるため毒消し薬も使う。毒自体は《鑑定》すると人間用だと判明した。これならばオーガの舌から作る解毒剤で十分間に合う。

 シウはオーガなら大量に持っていたし、その素材から薬にしたものも売るほどある。

 これを鉄パイプで注入すると毒への対処は終わりだ。念のため五色花から作った浄化水で周辺を清めた。

 部分的に《鑑定》してみると毒の反応はほとんどない。効き目に即効性があるのはシウが魔力を込めているからだ。また基材となる素材にプロフィシバという最高級品を使っているからでもある。これがヘルバだと即効性は落ちる。

 今回は早く治したかった。

 何故なら、すぐに次の作業に移りたいからである。

 ケラソスの骨折を完全に治すという、当初の目的にだ。





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近況ノートに

https://kakuyomu.jp/users/m_kotoriya/news/16816452218484513653

ご報告しましたが、コミカライズ版5巻が3月23日に発売されます


また、書籍版の9巻も3月30日に発売予定です

詳細は分かり次第、近況ノートやTwitterにて公開します


応援してくださる皆様のおかげで、まほひきシリーズ十冊目となりました

コミカライズ版を入れたら十五冊!(勝手に合算しちゃう)

本当に本当にありがとうございます!感謝です!!

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