456 驚かれ怒られ説明からの説得と納得
骨折した箇所を歪んだまま固定されていたら、やり直す必要があった。しかし、調教師はおろかケラソス自身も頑張ったのだろう。形は問題ない。
あとは怪我を治すだけ。
これほど大型の生き物の怪我を治すのに一番手っ取り早いのは「時戻し」の劣化版を使うことだ。シウが実験と称して、当初足りない材料を別の素材で作った代替え品がそうだ。
けれど、そこまでせずともシウの治癒魔法でなんとかなるかもしれない。問題は魔力量について問われる可能性と、本竜の体力や魔力も必要になる点だ。
前者についてはキリクにぶん投げてしまおうと考えたシウは、後者の対処だけを考えた。
「やっぱり竜苔だよね」
ついでにサナティオもあればいい。
「キリクに使ってて良かったな~。あれで効果も分かったし」
超回復薬として使用した竜苔の新芽とサナティオを使ったポーションを、直に注射する。もしこれで回復ができなければ新芽バージョンではなく、竜苔自体の薬を使おうと思ったのだが――。
「《鑑定》しても、大丈夫そう。あれ、骨折も治り始めてる?」
どうやら自己治癒能力を高めているらしい。
とはいえ、地力を使う羽目になる。シウは急いで治癒魔法を施した。同時に超回復薬も流し込む。
「あ、満タンになったね。骨折も治ったし。大丈夫そう」
パイプを抜いて、鱗を戻しながら《治癒》を掛ける。再度《鑑定》で確認してみるも、ケラソスに問題のある箇所はない。
シウは皆が集まっているケラソスの頭部の方へと向かった。
フェレスとルドヴィークも「もういいよね?」とばかりに走ってきて、全員がケラソスの頭の所に集合した。ケラソスは怪我が治ったというのに何故か頭を地面に付けたままだが。
シウが首を傾げていると全員が視線をくれる。フェレス以外は変なものでも見るような目付きだ。
「あの、治りました」
「……シウ、お前」
最初に動いたのはキリクだった。数歩を大股で縮めると、シウの前に立って頭を掴んできた。
「お前って奴は本当に~!」
ギリギリと掴むので痛い。イタタと声を上げると、フェレスが「ぎにゃ?」と聞いてきた。「遊んでる?」それとも「助ける?」といったニュアンスが含まれている。以前とは違うなーとシウは場違いな感想を抱いた。少し前のフェレスなら怒ってキリクに体当たりして止めていたところだ。
「何を使ったか吐け」
「えぇ?」
「言わないと、あそこの調教師の顔が蒼白のまま元に戻らんぞ」
指差す先には確かに青い顔の調教師がいた。というより、アドリアンの従者や騎士たちも変な表情だった。驚いているというよりは困惑した様子だ。
ではアドリアンはどうかというと、彼はケラソスをジッと見つめていた。ケラソスもまたアドリアンを見て……。
「ギャッ」
一声鳴いた後にペロリと舌の先で突いた。愛情表現らしい。グルルルルとどう聞いても獰猛な腹減り音にしか聞こえない喉鳴りもセットにして。
甘えているケラソスが可愛くて思わず笑顔になったシウだが、キリクはそれを許してくれなかった。
「お前がどれだけのものを使ったかによって、支払う額が変わってくるんだ。あとは担当者の首もかかってくる」
「んん?」
「誰もが使える薬で助かったのなら、ここの医療がダメだったってことだ。何してたって話になる。無論、調教師がちゃんと飛竜の症状を聞き出せていなかった、という失態にも繋がるだろう」
「あ」
「それと支払えるような素材を使ったのならいいがな。何故、先に聞かないんだ」
「ええと」
「『お金は別にいいから』なんて言うなよ? それで仕事をしている者がいるんだ」
「……はい」
「で、何を使った。言える範囲でいい。今のうちに吐け」
というので、正直に(サナティオについては内緒にして)説明した。
火蠍の素材まではキリクも落ち着いて聞いていた。オーガの舌のところで眉間に皺が寄り、竜苔でまたシウの頭を掴んだ。
ただ、すぐに話題は別問題へと移った。
「そういや何故、オーガの舌なんだ? あれは確か――」
「ケラソスの体に毒が入っていたから」
「なんだと?」
そこでアドリアンも会話に入ってきた。
「ケラソスに毒だって? 一体、いつ」
「怪我の場所や浸透具合から骨折時だと思います。ぶつかられた時ですね。疑うのは良くないかもしれないけど、それ以外だとケラソス自身が気付くでしょう?」
ケラソスと、その前に立っていた調教師を見ると、ふたりは同時に頭を振った。
言葉にしたのは調教師の方だ。
「ケラソスはそんなこと話してませんでした。ただずっと痛くて気持ち悪いと……。てっきり骨折したからだとばかり。竜医が使っていた岩蠍の痛み止めは、合わないと気分が悪くなるとも聞いていたので」
「飛竜みたいな大型種に岩蠍の痛み止めしか使わなかったんだ」
思わず口を挟んでしまった。すると調教師が何度も頷いた。
「わ、わたしも火蠍の上級用がいいと進言したんだが、品がないと言われて。だが、竜医が毒を入れたとは思えないです。ずっと横で見ていましたから」
「ですよね。ケラソスだって気付くはずなのに、分からなかった。ということは骨折した衝撃時に打ち込まれたのが一番可能性が高いんですよね」
「……そう言えば竜医が、鱗が変に剥がれてると言ってました。暴れたせいだろうと結論付けてましたが」
「相手の飛竜の爪に仕込んでいたのかも」
話し合っていると、アドリアンが溜息を漏らした。
「もっと早く分かっていたら――」
でももう遅い。きっと証拠は消されているだろう。それに、閉会式を待たずに、デルフ国の飛竜隊は戻っていく。
入賞しようが、一位以外は意味がないと言って早々と撤収するのが常だ。
「くそっ。あいつらときたら、毎回毎回!」
珍しく怒りをあらわにしたアドリアンに、キリクが肩を叩く。
「いつものことだ。毎回どこかと揉めていく。全くもって許せんが、証拠を残さないのが奴等だ」
「ええ。そうです。分かっていたのに。自衛もしていたつもりだった。なのにケラソスをこんな目に」
「分かってる。アドリアン殿の気持ちは、俺にはよく分かるよ」
「……すみません」
「構わんさ。俺もルーナが同じ目に遭ったら怒り狂うだろう」
キリクがいて良かった。シウは二人を見て、そう思った。
落ち着くと、アドリアンは気恥ずかしそうにキリクと笑い合っていた。それからシウに、治療費については専門家を通して「正確に」支払うと言い切った。
ただし、これだけは言っておかねばならない。シウは小声で告げた。
「竜苔の出所については言えません。なので、内緒でお願いします」
本当はオーガについても言い難いのだが、あれは魔獣スタンピードの時に得たと言えばなんとか誤魔化せる。実際がどうあれ、地下にはオーガもいたからだ。
しかし竜苔については明かせない。まさか別大陸にあるものを採取してきて、勝手にウィータゲローで育てているとは言えなかった。
「だが、専門家に相談しないと正確な計算ができない」
「アドリアン殿、俺からも頼む」
「ですが」
「その代わり、我々の飛竜訓練に参加してもいい、と言えばどうかな」
「それは」
「以前から観察したいと仰っていたが、どうせなら参加してみてはどうだろう」
「……わたしにとって良い話すぎる。とても断れない申し出だ。全く、キリク殿には敵わないな」
シウにとっては不思議なことに、アドリアンは笑顔で納得したのだった。
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