454 二度目の決勝戦の結果は




 先頭の聖獣を抜き去ると後はフェレスの独擅場になる。が、問題の折り返し地点が目の前に迫っていた。後方からは余裕のあるアドリアン組だ。

 けれど、シウはフェレスに余計な情報は与えなかった。彼はただ前を向いていればいい。

「フェレス、全力で飛んでいい。もう計算なんて必要ない。フェレスが一番いいと思うルートを選んで突き進もう!」

「にゃーっ!!」

 コーナーに飛び込んだ。たぶん、他の聖獣や騎獣では激突していただろう。それぐらいのスピードだった。

 フェレスは風の壁を器用に作り、そこを滑るようにすり抜けていく。飛び込んだ位置は最初のコーナーと同じ上方で、抜け出たのは地面に近い下方だ。

 フェレスは崖を足場とせずに、風の壁を文字通り滑って落ちたのだ。もちろん地面に足が付く前に飛び上がる。

 減速からの加速は、何度も練習していた。

 木々の多い場所を皆で走り抜ける遊びが今ここで役に立った。

 ぶつかりそうになって立ち止まり、そこからの再加速。木をポールに見立てたコーナリング。地面に決して足を付けてはいけないというルール。ライバルはブランカという騎獣だけではなかった。飛行板に乗るシウやロトス、ククールスにアントレーネたちだ。クロという、飛行のスペシャリストも一緒になって何度も森の中を競い合った。

「んにゃーっ!!」

 背後からひたひたと迫るライバルたちに、フェレスは脅威を感じていなかったのではないか。シウはそう感じた。

 フェレスはただ、飛びたいだけなのだ。

 ただただ前を向いて。


 ゴールを切っても、フェレスは飛んだ。前回と同じように飛び続け、またもコーナーを回ってから徐々に減速していった。

 ハッハッと荒い息を吐きながらも、気は抜かない。もしシウがまた全力で飛べと言ったなら飛んでみせる、そんな気迫が残っている。

 シウはその背を優しく撫でた。ゆっくりと、彼の息が整うのを待ちながら、撫でる。

 二位通過となったアドリアンとルドヴィークがシウたちに手を振った。早く戻ってこいという仕草だ。彼等は疲れ過ぎて、動きたくないらしい。

「フェレス、もういいよ。レースは終わった」

「にぁ」

「疲れた?」

「にゃにゃ!」

 疲れてないもん、と返された。その証拠とばかりに、ゴールの位置に駆けていく。

 やはり昨年よりも体力が上がっているようだった。シウが感心していると、アドリアンが苦笑しながらシウに語りかけた。彼はもうルドヴィークから降りている。シウも急いでフェレスから降りた。

「全く、君たちには参るよ。去年の逆をやろうとしたら、追いつけさえしない」

「すぐ近くまで迫ってたと思いますけど」

 シウの言葉に、アドリアンは肩を竦めた。そして、フェレスを見やった。

「もう半周するだけの体力と、更に飛ぼうとする気力は並大抵のものじゃない」

 アドリアンは「やれやれ」と溜息を漏らした。

「どんな訓練を施せばこうなるのやら。しかも、君たちがそんなものを付けているとは知らなかった」

 視線の先にあるのはフェレスの騎乗帯だ。騎乗帯の端にくくりつけたものがある。もちろん勝手に変なものを持ち込んではいけないから、事前に申請はしていた。

 係員が目を剥いて驚いた代物だ。

「あれは、重しかい?」

「はい。了解を得て、砂袋を付けてます」

「なるほど」

 何故アドリアンが突然口にしたのか、シウは正確に理解していた。彼はやはり「いい人」だ。


 出走者全員がようやく揃ったところだった。シウに鞭を飛ばしたデルフ国の騎士もいる。何か仕掛けようとしていたシュタイバーンの私設騎士らしき男もだ。

 彼等がよろけつつも近付いてきたのに、誰もが気付いていた。だからアドリアンは大きな声で話し始めたのだ。係員もいる、ゴール前で。

「何故そんなものを付けているのか、聞いてもいいかい?」

「もちろんです。去年、レースの開始前に難癖を付けられたので、その対策として付けました」

「ほう?」

「騎乗者の僕も騎獣のフェレスも軽量です。それが『速度レースでは有利だ』と捉える方もいらっしゃるようです」

「それはわたしも聞いていたよ」

 とはベルナルトだった。彼もアドリアンの作戦に乗ってくれたようだ。

「戦闘時ならともかく、たかがレースで『有利だ』なんだと言うのだから情けないと思ってね。よく覚えているよ。だが、気にすることはない」

「当時もベルナルト様は気にするなと仰ってくださいましたね」

「はは、そうだったか?」

 頭を掻いて照れ臭そうなベルナルトに、アドリアンは微笑んだ。

「大抵の騎乗者はそう言うだろう。些細なことだ。けれど、君はより公正であろうと心がけたんだね? だが、そこまでする必要はなかったのだ」

 何故か。その答えは大会の責任者の一人が口にした。ゴール前だったため、近くで待機していたのだ。アドリアンを制し、代わりに自分が言うと合図して口を開いた。

「すでにフェーレースで出場するという『枷』があったからだ」

 責任者が出走者全員を見回した。最後に視線を止めたのはデルフの騎士のところだ。騎士は苦々しい顔で睨んでいる。もう一人の難癖を付けようとしていたらしいシュタイバーンの私設騎士は、これはダメだと悟って他の騎士の後ろに隠れてしまった。

「種族特性ばかりはどうしようもない。それでも個体によって能力に差が出るからこそのレースだ。そこに訓練を取り入れれば更に逆転劇も生まれるだろう。騎獣の中でも階位の低いフェーレースが聖獣を押さえて勝つ。これこそが、レースの醍醐味じゃないかね?」

 責任者の男性は怪しい二人だけでなく、全員を見回して言った。

「それでも彼は、後々絡まれるのは面倒だからと身の潔白を先に示した。ドーピングはしていないことや、魔道具の補助がないことを確認させたんだよ」

 そこまでするのかと、誰かが呟いた。

 そこまでしないといけないと、去年思わせられたからだ。

「砂袋まで付けると言い出した時はわたしも呆れ返ったがね」

 彼は苦笑し、それから手を叩いた。

「だから難癖を付けるのはなしだ。さあ、入賞者以外はレース場から出るんだ。入賞者には今後の段取りについて説明がある。こちらへ」

 責任者の言葉で全員が動き出した。係員も誘導を始めた。おかげで、態度の怪しかった二人は何もしないまま離れていった。

 それ以外の騎乗者たちからは「すごかったよ」「これでまぐれじゃないって分かったな」「さすがだ」と去り際に言われた。

 認めてもらったのだ。

 入賞者たちからも褒められた。もちろんフェレスがメインで。

 入賞したのはほとんどが聖獣だったけれど、中には騎獣もいる。彼等に囲まれ、フェレスは鼻高々で喜びを表していた。

 それを見る皆の目は柔らかい。

 戦い終われば友となる。

 ほんのりと胸が温かくなるシウだった。


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