453 速度レースの決勝戦
障害物の決勝戦はフェレスが二位以下を大きく離して優勝した。
ブランカは入賞できたものの残念ながら四位だった。悔しそうだったけれど、やりきったからか堂々としていた。
ブランカの場合は、最初に聖獣たちと揉まれたせいで体力を使ってしまったのが敗因だ。ようやく散けて抜け出した時には、泥沼コーナーに突入していた。そこで他の走者らと同様に疲れてしまったのだ。比較的浅い足場を見付けられずに足を取られてしまったのも良くなかった。
その後は疲れを溜めたまま周回をこなした。更に、ブランカの心に「またあの疲れる泥沼に入るのか」というマイナスな気持ちがインプットされてしまった。ちょうどその様子を見ていたシウは、後でフォローが必要だと感じた。
今まではフェレスに釣られて泥遊びを楽しんでいたのに、レースのせいで嫌いになっては可哀想だ。シウはブランカにも泥団子を作ってあげようと考えた。大きさについてはフェレスと要相談だ。
少しの休憩を挟んで、次は速度レースの決勝戦が始まる。ブランカやアントレーネが大きな声援で見送ってくれた。
フェレスはレース後の余韻で興奮していたが、徐々に落ち着きを取り戻していった。
「そう、大きく息を吸って、吐いて……。フェレスは上手だね」
「にゃうん」
「次のレースこそ、強敵ばかりだからね。落ち着いて頑張ろう」
「にゃ」
「格好良いところをブランカに見せようね」
「にゃにゃにゃにゃ、にゃ」
クロにもジルヴァーにも見せるのだと言い切ったフェレスは、もう余韻を消し去っていた。
スタート地点では集中しながら待っている組が多かった。待ち時間があるのは、シウのように幾つものレースに参加する組がいるからだ。
シウが着くと一人の騎士が声を掛けきた。
「やあ。去年の優勝者君」
「あ、去年お目にかかりましたね」
スレイプニルに乗った騎士で、メルツァー公爵の代理出走者だった。
「覚えていてくれたんだね。そう、去年までは記念参加だったんだけど、君たちの走りを見て真面目に特訓してきたんだよ」
「それは――」
「打倒フェーレース、ってね。あのあたりの組も、フェーレース対策をしているって話していたよ。ああ、だけど、一人たちの悪そうなのがいるから気を付けて」
「はい。ありがとうございます」
「ベルナルトだ、よろしく」
挨拶を終える頃、アドリアンが到着した。華やかな彼の姿に皆の意識がそちらへ向く。王族だけではない魅力がアドリアンにはある。堂々とした立ち居振る舞いと、オーラのようにも感じる気配の強さだ。かといって、王族だというのにレースに自ら出るという型破りさもある。冒険者的な姿が、皆の気を引くのだろう。
にこやかな表情のアドリアンは、シウを見付けると手を挙げた。
自然と皆の視線もシウの方に向く。
「やあ。いよいよだね」
「はい」
「ルドヴィークの体調は万全だ。君のフェレスはどうだい?」
そう言いながらフェレスを見る。その目があるものに気付いて「おや?」と言いたげになったが、アドリアンは口にしなかった。シウは笑って返し、それからフェレスに聞いてみた。
「フェレス、体調はどう?」
「にゃっ!」
「大丈夫だそうです」
「そう。だったら堂々と倒せるね」
「負けません」
「にゃっ!」
フェレスも宣言した。すると周囲から息を呑む音がした。
「ふふ、そうかい。だが、こちらも負けるわけにはいかない。なにしろアレクサンドラに優勝を捧げると誓ったからね」
ヒューと誰かが口笛を吹いた。騎士だろうか。いや、そんな態度を取れるのは冒険者かもしれない。この場に騎獣と共に勝ち上がってきた何人かの顔を思い浮かべる。シウは自然と笑顔になった。
「アレクサンドラ殿下には僕から謝りましょう」
「おや」
アドリアンは片方の眉をひょいと持ち上げた。シウが引かないのを面白く思っているらしい。
普段のシウらしくない物言いが、あまり付き合いのない彼にも分かったのだろうか。
しかし、答え合わせは不要だ。
言葉はもう要らない。
レースの開始がすぐそこに迫っていた。
コースは去年と同じ距離、同じ形だった。ただし、片方にあるはずの壁が真っ直ぐではない。自然の崖を模してあるのだ。足場としては厳しい形である。しかも、コーナーの目安となるポールからそれほど離れていない。激突する可能性もあった。
減速の目測を誤ればそこで終わりだ。
だからだろう。聖獣も騎獣も、騎乗者の人間ですら真剣な眼差しで折り返し地点を睨み付けていた。必死に、叩き込んでいる。
悠然としているのはシウとアドリアン組だけだ。
「位置について」
係員の言葉に、騎乗者たちはそれぞれの相棒に身を寄せた。一体となって飛ぶからだ。あとは相棒が飛ぶのみ。
「――スタート!」
号令と共に、一斉に飛び出した。
シウとフェレスは、最初から全力を出した。去年とは違う。体力も付いている。また聖獣たちの様子見をしなくてもいい。邪魔をしそうな走者は二組ほど。彼等を引き離せば警戒する必要もなかった。だから最初から飛ばす。
「フェレス、僕がいいと言うまで全力で飛んでいいから!」
「にゃっ」
ポールを曲がる際の減速位置は基本的にフェレスが決める。しかし、全力で飛んでもいいかどうかはシウの担当だ。どこで気を抜いて、どこから力を込めるか。他のライバルとの駆け引きもある。フェレスは全面的にシウを信頼し、その指示に従ってくれた。
とはいえ。
「よし、前を走ってるモノケロースを追い抜かないよう、少し減速」
「にゃうん」
わかったー、と嫌々ながらの返事だ。今ここで抜いてしまうと、その前を走っているスレイプニルと挟まれてポール前の減速が上手くいかない可能性があった。フェレスにもそれはなんとなく分かるらしい。
嫌な位置だと気付いて、納得した。
最近は目の前だけでなく、少し先を見られるようになったフェレスだ。チラリと視線をポールの先に向けている。更に曲がった後の追い上げについて考えたのか、横目で折り返し後のコースを見た。
「にゃ」
「分かった?」
「にゃ!」
「もうすぐだから、大丈夫。それとポールで曲がる時は一番上に向かって走ること」
「にゃ?」
「そこで追い抜くんだ。よし、そろそろスピードを上げよう!」
「にゃっ!!」
前を行く聖獣たちが地面に近い場所、もしくは少し上を狙って曲がっていく。一番いい位置取りだ。同じ場所を狙っていては紛れてしまう。どうかすると弾かれる可能性だってあった。
シウはそれを避け、多少距離がかかっても上空の空いているコースを選んだ。その代わり、邪魔はされない。
フェレスは加速した後の減速にも上手く対応し、最短コースでコーナーを折り返す。しかし折り返してすぐ、フェレスの後ろに迫っていたレーヴェの騎乗者から鞭が飛んできた。幸いシウが避けるだけで済んだが。
さすがに騎乗帯から体ごとずり落ちるように避けたため、フェレスに負担を掛けただろうと思ったシウだったけれど、彼は興奮しているせいか力強く支えてくれた。
そこからは残っていた先頭の聖獣たちを一気に追い上げていく。
「よし、次の折り返しまでに抜けるよ!」
「にゃっ」
前にはもう敵なしだ。気を付けるべきは後ろを付いてくるアドリアンとルドヴィーク組だけだった。
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