451 劇薬ポーション、アドリアンの怒り
通常の上級ポーションでも大丈夫だとは思ったが、キリクが疲れていたのも気になった。それに実験台というと言葉は悪いが、ちょうどいいとも思ったのだ。
しかし、キリクとイェルドは静かに怒っているようだった。
やがてキリクがシウの頭を両手で掴んだ。ギリギリと拳で来るので、確実に「お叱り」である。
「いたた」
「お前は~いつもいつも~度が超えたものを使うなと言ってるだろうが~」
「ごめんなさいー」
イェルドはゴホンと咳払いすると、シウに顔を寄せた。
「そろそろ自重という言葉を覚えてくださいね?」
「はい……」
「サナティオという名前に覚えはありませんが、それについても教えていただきましょうか」
「あ、はい」
イェルドは深い溜息を吐くと、キリクの手を乱雑な仕草で退けてくれた。しかし、顔はまだシウの近くにある。
「あなた自身が竜苔のようで、頭が痛いです」
「え、どういう意味ですか?」
「劇薬という意味です」
そのまま使えば気絶し、死に至る場合もある。人族が使うにはかなり薄めなければならない。しかし薄めすぎて効能にばらつきが出たという。高い素材なのに効能がなければ、たまったものではない。
そんな竜苔にたとえられるとは、もちろんいい意味ではなかった。
シウがしゅんとしたら、イェルドはまた溜息を吐いて、中腰を止めた。
「キリク様のためにと差し上げる心根はお優しいのですが、こちらもあなたから受けるものの対価について考える必要があるのです。賢いシウ殿ならお分かりですね?」
「はい……」
「ですがまあ、個人的には伝説の素材に触れられる機会というのはございませんから、あなたの存在は有り難いのですけれどね」
「はあ」
「ともあれ、くれぐれも他ではやらかさないように。よろしいですね?」
「はい」
素直に応えたシウだった。
ところで、キリクが鑑定を掛けてもいいと言ってくれたため確認してみたが、彼の体に問題は一切なかった。むしろ――。
「あ、すごい」
「何がだ?」
「ものすごく調子が良くなってない?」
「それだよ。それ。最近あちこちガタが来ていてな。腰は痛いわ、飛竜で踏ん張ると膝に来るわで……」
「キリク様、そのようなことをおっしゃいますと奥方様が心配されますよ」
「アマリアの前では言わねえよ。それでなくたって、こんなオヤジのところに嫁に来てくれたんだ。せめて若々しく見せないと可哀想だろうが」
「ご無理されてますよねぇ」
歳を重ねると体が思うように動かなくなるのは、シウにも覚えがある。久しぶりに前世を思い出し、クスッと笑った。
それをキリクが勘違いし、
「おい、笑ったな? お前もそのうち通る道なんだからな」
と拗ねたように言う。シウは今度こそしっかりと笑った。
「あはは。うん、分かってる。でもそれがなくなったんだったら、良かったんじゃないの」
「お、そうだな。よし、じゃあ今のは帳消しにしといてやる」
偉そうな言い方だが、彼なりの「礼」だろう。シウも笑って頷いた。
さて、そんな騒ぎの間もレースは順調に進んでおり、オスカリウス家から幾人もの入賞者が出ていた。
残念ながら礼法では誰も通らなかった。さもありなん。国際的なルールは、彼等には厳しすぎるのだ。軍隊方式ならば勝ったかもしれない。たとえば「捕らえられた宇宙人」スタイルのホバリングなら、間違いなくオスカリウス家の誰かが優勝していただろう。
彼等は今回、混戦レースに出ていない。その時間ちょうど移動になるシウとアントレーネは、心置きなく自分たちのレースに集中できる。
盛り上がる会場の音を聞きながら、シウたちは控え室に入った。
そこにアドリアンの姿を見付け、シウは駆け寄った。
「お久しぶりです、アドリアン様」
「やあ、シウ。久しぶりだね。おや、大きくなったのではないかい?」
「そうですかっ?」
「お、おお、そうだね」
びっくり顔のアドリアンを見て、シウは急いで前のめりになった体を元に戻した。
するとアドリアンが、クスクスと笑った。
「君も案外子供らしいところがあるのだね」
「いえ。すみません」
「ははは。それはそうと、後ろにいるのはフェレスと、それから?」
シウの背後にはアントレーネたちもいた。フェレスとブランカはレース前だというのに、きゃっきゃと楽しそうに遊んでいるが。
「僕の、私設騎士のアントレーネと、一緒に出場するブランカです」
名前を呼ばれて気付いたブランカがやって来る。フェレスも「なにー?」と追いかけてきた。
「君たちも出るのか」
明らかにアントレーネに対して話し掛けたのに、彼女は硬直して黙っている。そのためシウが代わりに答えた。
「レーネとブランカは障害物だけに出ます。僕とフェレスは速度にも出ますが」
「ほう。では、また君と勝負ができるね」
「はい」
「今回はハヴェル殿がいないので、君とわたしの一騎打ちとなるだろう」
「負けません」
「おや」
「ブランカに、良いところを見せるんです。ね、フェレス」
「にゃ!」
「ぎゃぅぎゃぅぎゃぅ!!」
ブランカも良いところを見せるらしい。シウはふたりの頭を撫でた。
「ふふ、そうか。楽しみだ」
微笑むアドリアンに、シウは気になっていたことを聞いてみた。
「昨日、問題が起こったと耳にしました」
「そうなんだ。気を付けてはいたんだが、デルフ国軍の飛竜隊は荒くてね。ここを戦場だとでも思っているらしい」
潜めていたが、アドリアンはハッキリと口にした。よほど腹が立ったらしい。いつもの爽やかな笑顔が消え、表情に険がある。
「ケラソスの後ろ肢が折れてしまってね。幸い、飛竜大会ということで専門医もいたから骨接ぎ後に治癒魔法を使って応急処置は済ませた。しかし人間相手と違って、飛竜を治すのは大変なんだ。まだ折れた状態でね。熱も下がらない」
「そうなんですか……」
「ああ、いや、申し訳ない。レース前に言うべき内容ではなかった」
「いえ。質問したのは僕ですから。それより、後でケラソスを見舞っても?」
もしかしたらシウの持つ薬が役に立つかもしれない。それこそ竜苔だって使えるのではないか。魔力を回復させるものだが、それはつまり自己回復に回す分を補えるだろうからだ。
アドリアンは何かを感じ取ったようで、笑顔を見せた。
「……ぜひ、会ってみてくれ。きっと喜ぶだろう」
その後は別の顔見知りたちもやって来て、込み入った話は終わった。
やがて、コースの整備が終わったと連絡が入り、シウとアントレーネは障害物のレース場に向かった。
出走する選手は騎士が多く、その相棒はほとんどが聖獣だ。次いで多いのがレース専門の冒険者たちである。こちらは大型の上位騎獣ばかりだった。
アントレーネはともかく、シウの場違い感は今に始まったことではない。二度目なのにヒソヒソする選手もいた。が、今回はアントレーネが目を光らせている。
「あたしはシウ様の『騎士』だからね!」
どうやら彼女は、シウがアドリアンに「自分の騎士だ」と紹介したのが殊の外嬉しかったらしい。ふんふんと鼻息が荒く、まるでブランカみたいだ。
シウは苦笑で、
「レーネ、落ち着いて。今からそんなんじゃ、ブランカと共倒れになっちゃうよ」
と注意したのだった。
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