450 しっかりルコとお試しポーション




 久しぶりに会うルコは、確かにしっかりしていた。

 考えればフェレスと同じ年齢になる。もう大人だ。体つきは生まれ育ちのせいでまだ小さいけれど、喋り方も動きも立派である。

「ルコ、元気になってるし、大人になったね」

「きゅ!」

「周りにいるのはお友達?」

「きゅきゅ!」

「そっか。いっぱいお友達ができて良かったね」

 特に親しいのはブーバルスのハリスらしい。寄り添っている。他にもフェンリルやドラコエクウスがいた。それぞれ楽しそうにじゃれ合っている。その中に、さも当然のように交ざっているのがフェレスとブランカだ。エアストはおそるおそる近寄っては走って逃げてレオンに抱き着いていた。ひょっとすると彼なりの遊びかもしれないが。

「きゅ」

 ルコは、シウの後ろに隠れていたジルヴァーに声を掛けた。ジルヴァーがもじもじしているのはルコの清廉な姿のせいだろうか。ルコは周りに煩い騎獣たちがいても、染まらない何かがある。どこか凜として美しかった。ジルヴァーの周りにはいないタイプだ。

「ぷぎゅ」

「きゅきゅ」

 少しずつ近付いているのが可愛くて、シウはルコに目配せした。彼女からは「大丈夫」と視線が返ってきた。シウはそっと離れることにした。

 少し様子を見ていたが、ジルヴァーはルコに乗せてもらって嬉しそうだった。ふたりが仲良く庭を散策し始めたので、シウはまた部屋に戻ろうとした。

 そこで、庭の端に佇むスウェイを見付けた。彼は寂しがるでもなく、ただ遠くから騎獣たちを眺めている。

 シウの視線に気付くと、スウェイはふんっと鼻で息をした。

「遠くから見ているのが好きなんだね」

「ぎゃ」

「そっか。そうだよね。スウェイはずっと、山の中で人や獣を観察していたんだった」

 ただ遠くから眺める日々。それがもう癖になっているのだ。

 そんな彼を寂しいと言うのは失礼だと思った。

 それに、スウェイにはもう、これと決めた相棒がいる。

「おー、ここにいたのか。あれ、シウも一緒か」

 ククールスは話しながら、スウェイが好みそうな肉料理満載の皿を床に置く。

 部屋と庭の境にいたスウェイは少し考え、それに口を付けた。

「味付けは薄めにしてもらったからな。どうよ、美味いだろ」

「ぎゃ」

「そうかそうか。んじゃ、俺も食おうっと。シウも食っとけよ? お前、作るばっかりで食べてなかったろ」

「あー、そうだったね。じゃあ、食べてこようかな」

 室内に入ると、背後からふたりの会話が聞こえてくる。

「お前さー、もっと美味いとかなんとか言えよな。あ? なんだって?」

「ぎゃう!」

「分かった分かった。次は筋張った肉を持ってくりゃいいんだろ。貧乏舌め」

「ぐぎゃっ」

「るせー。柔らかい肉ぐらい食わせてやるわ!」

 シウはふふっと笑った。足は自然と柔らかい肉が置いてあるテーブルに向かっていた。




 決勝戦の日は、忙しいキリクも会場に足を運んだ。観覧席で顔を合わせて驚いたが、草臥れている。どうやら連日連夜の仕事ですっかり疲弊しているらしかった。きっといつものように「最終日の観覧だけは」と、もぎ取ってきたのだろう。

 シウは可哀想に思って、そっとポーションを差し出した。

「なんだ?」

「試作品のポーションなんだけど『鑑定』では問題ないし、どうかなと思って」

「おー、そうか。いつもの回復薬かな。お前のポーションはどれも美味しいし効果が高いからな」

 そう言うと、キリクは疑うでもなく素直に飲み干した。イェルドが片目を細めたものの、何も言わない。以前からシウが差し出すポーション類に彼も「助かっている」からだろう。

「おー、相変わらずスッキリした後味で効き目も……」

「良かった。僕だと効果が出たかどうか分からないんだよね」

「キリク様を実験台にするとは、さすがシウ殿ですね」

 イェルドが真面目な顔で言う。嫌味ではない。本気で言っているのだ。

「そういう意味じゃないんだけど――」

「おい、シウ」

「はい?」

 キリクが詰めてきた。肩を掴んで揺さぶる勢いだ。シウが仰け反っていると、キリクが顔を寄せて小声で言う。

「お前、これ、何入れた。普通の素材じゃねぇだろ」

「あ、分かる?」

「おい、こら!」

「キリク様?」

 異変を感じたイェルドも寄ってくる。その彼に、キリクは真面目な顔付きで目配せした。イェルドはワクワク顔の周囲に視線を向け、

「聞き耳とは感心しませんね?」

 低い声で言い放った。全員が目を逸らす。赤子たちも空気を読んだのかどうか、慌てて離れていった。つられて希少獣組もだ。レオンはエアストを抱えて柵まで走っていった。

 そうして誰も近くにいなくなかったのを確認すると、イェルドもシウに体を寄せた。というか、もうくっついている。大の男二人に囲まれシウはうんざり気分だ。

 仕方なく、何を入れたのか説明を始めた。

「いつもは虹石を使うんだけど」

「待て。虹石ってな、高価な素材だろ。上級ポーションでも使ってる奴がいるかどうか」

「よく知ってるね」

 虹石は削れば体力回復、浄化水や雪積草などを合わせれば身体強化薬となる。他にも視力回復など、使い道は多い。ただし滅多に見付けれないから高価だ。他の素材を代わりとしたレシピが主流になっている。しかし、飲みやすさや効き目の高さは一番だ。

 回復薬というのは目的によって幾つものレシピが存在する。また組み合わせも多い。

 こうした組み合わせを考えて実験するのが、シウは好きだった。

 特に新たな素材を手に入れると、取り敢えず作ってみるのがシウだ。

「竜苔の新芽があったから試しに作ってみたんだ」

 成長した苔の草部分や胞子には十分な効能があったけれど、新芽にはさほど詰まっていなかった。これなら劇薬にならずに済むのではないか、と思ったのだ。

 ハイエルフにすら薄めて使用する薬だ。人族だと更に薄める必要がある。しかし薄めすぎると効能のある部分が分散されやしないかと考えた。苔が溶けきれないからだ。

 そこに、ちょうど今育てている竜苔の観察をしていて新芽に気付いた。

 結果として、人族向けに「使える」と判断したわけだ。

「ちゃんと実験ごとに『鑑定』したから劇薬ではないよ?」

「イェルド、俺の耳が悪いのか? 今、竜苔と聞こえたが」

「わたしにも聞こえましたね」

「……待てよ、そもそも竜苔は魔力回復薬じゃないか? 伝説ではそうなっていたな?」

「伝説って、そんな大袈裟な。ちゃんと王城にあった図書館の本にも書いてあった――」

 言いかけてからシウは首を傾げた。竜苔について書いてあった本は、さて、どこの図書館のものだったか。もっと言えば、禁書庫ではなかったろうか。いや、違う。大丈夫だ。

 考えている間に、キリクが先に我に返った。

「あれは魔力だけを回復したもんじゃないぞ。聖水を掛けられたような、全てが正常に戻った気分になったんだ」

 キリクはシウが思うよりずっと、自分の身に起きたことを冷静に感じ取れているようだ。ちょっと驚きつつ、正確に、配合した素材について語った。

「プロフィシバを基材にして、サナティオの乾燥粉を混ぜたんだ。そこに、竜苔の新芽を煮込んで冷ましたものを一滴入れて、仕上げに聖水をちょっぴり入れてみた」

 キリクとイェルドは黙り込んでしまった。


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