449 あっちもこっちも大興奮
少々疲れていたフェレスだったが、速度レースも一位通過だった。
上位に残れば決勝戦へ出られるのだから、シウはフェレスに「ちょっと力を抜いて走ろう」と提案してみた。しかし、フェレスがそれを良しとしなかった。彼も彼で、障害物レースに興奮していたようだ。よほど楽しかったらしい。
とはいえ、さすがに全力で走り続けると疲れる。ポーションや魔法で体力が元に戻せても、精神的に来るものだ。シウは手綱を使うなどして時折スピードを落とさせ、本人に気付かれないよう調整した。
ギリギリ一位通過ではあったが、本獣は尻尾をフリフリ満足げに待機場所へと戻っていった。
一緒のレースだった人からは、
「フェーレースのくせに大型騎獣より体力あるなんて……」
と賛辞よりも呆れの声を掛けられたフェレスである。
観覧席に合流すると、赤子たちの興奮は最高潮だった。ブランカとアントレーネに登っているのか抱き着いているのか。キャッキャと叫びながらぐりぐり顔を押し付けている。
フェレスが戻ると、ふたりに抱き着いたまま「きゃー!」と叫ぶ。下りてこないのは、アントレーネが引き留めているからだ。ブランカにしがみ付いているカティフェスはサビーネが押さえていた。
そんな中、エアストがたったか走ってきてフェレスに飛びついた。
「きゃん!」
「にゃ」
「きゅーん!!」
尻尾が千切れるのではないかというほど、エアストは興奮していた。
何度も体当たりしては喜びを爆発させている。
「こいつ、もう今夜は熱でも出て倒れるんじゃないか? レース中、すごかったぞ」
「あはは」
レオンが呆れているところ、ロトスがやって来てエアストの気持ちを解説してくれた。
「なんかさ、自分も同じように走りたいんだってよ。レオンを乗せて飛び回りたいんだって言ってる」
「え、そうなのか? そうか、エアストが……」
レオンが恥ずかしそうな嬉しそうな顔でもごもご言っている。ロトスはニヤニヤ顔だ。
「おう。早く飛びたいって、どうやったら飛べるのか教えてって言ってるな。んで、フェレスは――」
フェレスはエアストの顔に前脚を押し付けて「待て」をしていた。厳かな表情で何やら「にゃにゃにゃ」と鳴いている。
エアストは顔を足で押さえられても気にならないのだろうか。シウはふたりの様子に笑っていいのか、悩んでしまった。その間もロトスが「ふんふん」と話を聞いていた。彼は聖獣ゆえに、調教魔法のあるシウよりも言葉が「ちゃんと」理解できている。
「あ、ダメだコイツ。フェレスってば『んーってやったら飛べるよ!』とか適当なこと言ってる。感性で動く奴はダメだな。おいこら、フェレス。もっと理論的に教えてやれよ」
「ロトスは理論で飛んでるの?」
シウが思わず口を挟むと、ロトスはスッと視線を外した。
「……自分は理論で飛んでないんだね?」
「こ、ここでは、そういう話はしない方がいいんだぜ?」
「小声だから誰も聞いてないよ」
「まあ、そこはな? なんだ、あれだ。とにかく、俺がフェレスとエアストにいろいろ教えてやるから。うん。……じゃっ、お前ら、あっち行くぞ!」
と、強引にふたりを連れていってしまった。
残されたシウとレオンは顔を見合わせ、笑った。
「ロトスはなんだかんだで面倒見いいし、任せておいて大丈夫だよ」
「ああ。そこは信用してる。あいつふざけてるけど、本心は真面目だよな」
「うん。あ、でも本人に言うと照れて変なことやり出すから内緒ね」
「はは、そういうところ、あるよな」
肩を竦めてから、レオンはシウに真剣な表情を向けた。
「……あのさ。俺もちょっと興奮した。すごかった。お前もフェレスも格好良いよ。レーネもすごかったけどさ。ブランカとの組み合わせは迫力があって、すごい。でも、お前らのは、なんていうか」
照れたのか、レオンは自分の頬を掻きながらそっぽを向いて続けた。
「聖獣じゃないのかって思うぐらい、すごかった」
「それは……。ていうか、ものすごく褒めてくれてる?」
「俺が褒めたらダメなのかよ」
「ううん。嬉しい」
「ちっ。お前ってそういうところが」
言いかけて、けれどレオンは何も言わず、シウの頭をポコンと軽く叩いた。
もごもごと口にしていたようだが、結局はそのままシウから離れていった。人を褒めるのが恥ずかしい年頃なのだろうか。シウは首を傾げ、それから小さく笑った。
宿に戻ると、食堂で他の勝ち残ったオスカリウス家の騎士たちと合同のお祝いをした。飛竜レースの方はキリクのいる宿でやるそうだ。シウたちの宿にいるのは騎獣レースの勝者だ。礼法はダメだったそうだが、調教と混戦チームが勝ち残ったらしい。
そこで話題になったのが、アドリアンの件だ。
「混戦には出てこなかったから、怪我の具合が悪いのかもしれない」
「しかし、王子だぞ? 薬だってあるだろうに」
「飛竜チームから情報を仕入れようぜ」
などと言っている。わざわざ通信を使って聞いていたが、詳細は分からずじまいだった。
アドリアンは現在、シュタイバーン国の第二子であるアレクサンドラ王女と婚約中だ。彼女も一緒に来ているというから、キリク繋がりでいずれは分かるだろう。
皆が気にしているのは、本当は怪我の具合ではない。アドリアンは王族だ。身分の高い者なら、即死でない限り怪我を治せる高価な薬が使える。
問題は、デルフと場外乱闘になった場合についてだ。相手と揉めているのだろうと、シウならずとも皆が気付いているようだった。
けれど、せっかくの祝いの場だ。それに明日は決勝戦になる。デジレが率先して、気分を切り替えようと話題を変えてくれた。
「さあさあ、奥様にレースがどうだったのかを教えてさしあげるんでしょう? 今日のレースの様子、忘れないうちに覚えますよ」
「そうだった! よし、ハリス、やるぞ!」
「ハリスにフェレス役は難しいんじゃないのか? ルコがいいって」
「俺のルコに変なことさせるな」
「カナルは黙ってろ。いいか、楽しみにされていた奥様のためにもフェレスの勇姿を演じられる騎獣が要るんだ。ここに、そんな繊細な役をできる騎獣がいるか?」
騎獣たちのほとんどは庭で好き勝手に過ごしている。
「フェレスのどこが繊細なんだ? 繊細ってのは、うちのルコのためにある言葉だ。いいか、繊細で可愛いルコに、変な役目を与えるな」
「お前そんなことばっかり言って礼法レースにも出場させなかっただろ! 出せば一発で優勝できただろうに、この過保護め!」
過保護と言われたカナルは、何故か満面の笑みだ。彼にとっては褒め言葉らしかった。
ポカンと見ていたシウの横に、ロトスがすすすっとやって来た。
「な? やっぱりカナルって拗らせてるよな」
「ロトスってば……」
「あと、ルコが逞しくなってるぞ」
「え、そうなの?」
ルコは庭にいるはずだ。シウの《全方位探索》ではそうなっている。まだ顔を合わせていなかったため、シウはびっくりした。
「あ、そういう意味じゃないけどな。なんか、めっちゃしっかりしてるわ。あれ、カナルのせいだな。うん」
どうやらロトスはルコから何かを聞いたらしい。シウはルコに会うのが怖いような楽しみなような変な気持ちになった。
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