445 エイエイオーとモテる秘訣は
ブランカたちと入れ替わりに出場した障害物レースは、フェレスの圧勝で終わった。
中にはフェレス対策をしていたペアもいたようだが、フェイントも覚えたフェレスの敵ではなかった。体当たりや石飛ばしなど平然としたものだ。
さすがに鞭で打つなどは違反になるし、明確な嫌がらせも退場扱いとなる。
しかし障害物レースでは、そもそも狭い場所を何頭もが駆け抜けるため、少々のことは許されていた。体当たりも「障害物」の一種とされるのは、元は魔獣を相手に戦う聖獣や騎獣が出るためのレースだからだ。
行き過ぎた行為でない限り問題にはならない。
気を付けるのは前後隣になった時。
しかし、体の小さなフェレスはそれを逆手にとって、すり抜ける。その上、彼は速いのだ。
相手が気付いた時にはもうすでに追い越している。
結局、最後の周回では敵なしでゴールを切った。
速度レースも同じく、難なく一位通過となった。
シウとフェレスは去年優勝したため、シード権がある。そして他のシード権を持つ上位者たちと散けて組み分けされていた。だから圧勝もできた。
準決勝戦や決勝戦になるとこうはいかない。ギリギリの戦いになるだろう。
だから慢心しない。
「フェレス、明日のレースはもっと力を入れていこうね」
「にゃっ」
「特に速度の方は厳しい戦いになるよ。だけど、焦ってもダメだ」
「にゃ!」
「うん。フェレスはいつも通りだね。頑張って楽しもうか」
「にゃにゃ!」
シウとフェレスがこんなにもやる気になっているのは、ブランカが頑張っているからだ。彼女の賞賛を浴びて、フェレスは本気でレースに勝ちたいと思っているし、シウも一生懸命取り組むべきだと思った。そうでなければ、一生懸命頑張っているブランカに失礼だ。
「明日もがんばろー」
「にゃー!」
「ぎゃぅん!!」
「あたしも頑張るよ!」
エイエイオーと気勢を上げていると、顔馴染みのウリセスがやって来て、
「お前ら熱いなぁ……」
と引き気味になっていた。
「あはは。ちょっとね、こういうのもいいかなって」
「おう。ま、自分自身に叱咤激励するのも大事だわな。次、うちのマテオが出るんだ。どっちかとの組み合わせになるだろうから、よろしくな」
「勝ち上がったんだね。ウリセスは?」
「俺らは混戦がメインだぜ。個々で出たい奴だけ障害物にも出るが」
他にも今日いないメンバーの話や、相変わらず準決勝戦から出るシード権のペアについて情報をもらうなどした。
最後に、
「ま、落ち着いての話は祝賀会でな」
と挨拶して、帰っていった。彼も、そしてシウもまた勝つつもりでいる。だから「うん」と、了承の意味で返事をしたのだった。
観覧席に戻ると、皆がやんやの喝采だ。
ブランカも褒められて満更でもなさそうだった。けれどスウェイを見て、彼女は一瞬だけ目を逸らした。自分でも完全な勝ちだと思っていないようだ。だから心から頑張ったと言えないのだろう。
そんなブランカに、スウェイはもちろん気付いている。
「ぎゃ」
「ぎゃぅぅ」
「ぐぎゃ」
「ぎゃぅ……」
しょんぼりするブランカに、スウェイは体を寄せた。慰めているようだ。
その後ろでククールスとロトスがニヤニヤ笑っている。シウは念話で、
(趣味が悪いよ)
と注意しておいた。
アントレーネの方は、女性陣に囲まれて照れ臭そうだった。
「いや、あたしなんてまだまださ。シウ様みたいに上手く誘導してあげられなかった。可哀想に、あの子が落ち込むなんてね」
「いいえ、そんなことないですよ。だって途中巻き返したのは、アントレーネさんの発破があったからじゃないですか。見てましたよ、わたしたち。ねえ?」
「そうですよ! すごく格好良かったです」
女性騎士たちはきゃっきゃと騒いでアントレーネを取り囲んでいる。
遠巻きに男性騎士が立っていて、近付きたいのに近付けないといった様子だ。
ロトスがシウの横にススッと立って、ぼそぼそと喋る。
「なんでレーネがあんなにモテるんだ?」
「格好良いって言ってるから、そうじゃないの?」
「……まあ、そこは否定しない。めっちゃ迫力あったし」
「上からだとレースが全部見えるし、すごかっただろうね」
「俯瞰で見なかったのか?」
「うん。最近はあんまり便利魔法を使わないようにしてるんだ」
「またなんか自分ルール作ったな?」
「あー。たまに枷を掛けてみたり」
「ほどほどにしろよー?」
「うん。前に失敗してるからね」
「そんなの、あったか?」
「ほら、魔力庫に蓋をしたせいで昏倒した――」
「あれかー。俺に魔力の使いすぎは良くないって言っておきながら、自分はやらかしちゃったんだもんな~」
だからこその注意として話したのではないか。そう思ったが、シウが「やらかした」ことに変わりない。
「本当にシウってば、どこか抜けてるんだよな!」
「たまにだよ。たまにだから」
「ははっ。シウってば頭いいくせに、たまに変なことやらかすよな」
「そうだそうだー」
聞いていたらしいククールスまで一緒になって言うものだからムッとしたが、目の前の女性たちを見ていたら力が抜けた。
「……レーネを参考にしようかな?」
「あ?」
「格好良いし」
「あー、そうだよなー」
とはククールスだ。彼は続けてこう言った。
「俺らには無いものだな!」
言った彼自身もだが、シウとロトスも一緒に痛手を受けたのだった。
男三人がしょんぼりした様子でいるのを、アントレーネは不思議そうに見ていたが、すぐに「ああ!」と声を上げた。
「お腹が空いてるんだね! あたしももうペコペコだよ。ブランカ、あんたもだろ?」
「ぎゃぅん!」
「シウ様、早く食べに行きましょう!」
「あ、うん。そうだね」
「これのどこが格好良いんだ?」
「だよな……」
ぼそぼそ話す二人は放っておき、シウはデジレにカスパルたちが今どこか聞いてみた。
「随分前に馬車で移動中だと連絡があったから、もう宿に入った頃だと思うよ。あ、ダン様から『ランクが落ちてもいいから皆と同じ宿がいい』と言われて、急遽変更したから」
シウたちが泊まっている部屋の向かいに入るそうだ。護衛のための騎士たちが立ち退いてくれる。
赤子の面倒を見るメイドたちはカスパルの世話も同時に行う。そして赤子三人の母親はシウと共に行動していた。ならば、時間待ちをしないでいい合理さを選ぶ、というわけだ。カスパルらしかった。
「じゃあ、宿で食事にしようか。レーネもそれでいい?」
「あたしは食べられるならどこでも」
というわけで、皆一緒に宿に戻ると決まった。
騎士たちもシウの料理が食べたいというから、どうぞどうぞと声を掛ける。そのせいで大移動となってしまった。
シウは昨夜も料理を作って皆に振る舞っている。もちろんキリクが泊まる本館に届けてもらった。
しかし、今回は分散して泊まっているから、それ以外の宿に泊まったオスカリウス家の人々は口にしていない。今日になって本館に泊まった人から「料理が美味しかった」と自慢され、悔しかったそうだ。
シウは笑っていいのか呆れていいのか分からなくて、曖昧な顔で彼等の愚痴を聞く羽目になった。話を聞いた他の宿に泊まっている人も来るらしい。
とりあえず、仕入れたシャイターンの食材で何か作ろう。シウが作るのだから、あくまでもシャイターン「風」にしかならない。それでも少しは雰囲気を味わえる。
辛みは控え目に、納豆など奇抜なものは出さない。
徐々に親しんで慣れていくと、案外「新しもの好き」なオスカリウス家で流行りそうな気がする。
シウはちょっと楽しみな気持ちで、宿に向かった。
気分は自然と上向いていた。
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