446 赤子の呼びかけと料理談義




 宿に入ると接客係の案内で一階の応接室に向かった。そこでカスパルたちが寛いで待っていた。

 優雅に見えるのはカスパルがいるからだろうか。しかし、シウたちが部屋に入ると、赤子らが突進してきた。優雅とはいかない、けれどとても可愛らしい光景だ。

「シウしゃまー!」

「ふぇー!」

「りょとしゅー」

 マルガリタは何度教えてもシウを「シウしゃま」と呼ぶ。アントレーネが「シウ様」と呼ぶせいだ。他の子たちは「シウ」と呼ぶため、マルガリタだけが修正できていない。

 ガリファロはフェレスやブランカが好きなので、よくふたりに突撃している。思い切りぶつかっても問題ないことを知っているのだ。クロやジルヴァーは彼より小さいため、怖いようだ。本能的に「自分より小さいものは弱い」と感じているのだろう。

 カティフェスは物静かなので他の二人のように叫ぶことはない。しかし、何故か彼とは正反対のタイプのロトスがお気に入りだ。たまに二人で本を読んでいる。ロトスは調子が狂うと言いながら、真面目に絵本の読み聞かせをしていた。

 もちろん、三人は他の人ともよく遊ぶし仲良しだ。ただ、今一番お気に入りの名前を最初に呼ぶ。そのせいでアントレーネが拗ねた。

「あんたたち、最初はママって呼ぶんじゃないのかい?」

 本気で拗ねているわけではない。アントレーネは笑って子供三人にウインクする。子供たちはハッとした顔で、彼女に駆け寄った。

「レーネ!」

「レーネママ!」

「……ママ?」

「ありがとよ。ほーら、抱っこだ」

 ひょいと一人抱いては放り投げる。

 ハラハラしたのは最初の頃だけで、今となっては普通の光景だ。しかもアントレーネは、子供たちをぽいぽいと投げては抱っこで受け止め、その高い位置で下ろしてしまう。見慣れないデジレたちが驚くぐらいには豪快だ。

「あ、あの、シウ?」

「あー、大丈夫だから。本当に大丈夫なんだ。僕らも最初驚いたんだけど」

「す、すごいね……」

「だよねー」

 笑っていると、ロトスが突いてきた。

「料理作んなくていいのか?」

「そうだった。ちょっと調理場借りてくる。デジレ、後を任せてもいい?」

「はい。あ、手伝いは?」

「ロトスがいるから必要ないよ。レオンは休んでて。エアストが眠そうだしね。ククールスはフェレスたちを見ててくれる? ジルヴァーは……離れたくないか。浄化を掛けて結界を張っていればいいかな」

 調理中は厨房に希少獣を入れないことにしているが、小さなジルヴァーには分からない。それにレースの最中はロトスに預けていた。そのせいで、今はぴったりくっついて、離れたくないようだった。

 ただ、宿の厨房だと嫌がられるかもしれない。シウは思案して、自分たちの部屋の前の庭に簡易キッチンを作らせてもらうことにした。騎獣が出入りできるようにしているため、庭は固めた土のままだった。芝生もないため元に戻すのは簡単だ。

 念のため宿に確認すると、オスカリウス家から「シウが何かしだすと思うが許可を出してやってほしい」と頼まれていたらしい。すんなり通ってしまった。「その分のお代は頂いております」とも聞かされて、シウはオスカリウス家の人々にどう思われているのか、ついつい考え込んでしまったのだった。


 宿の食事と共に、シウが作った料理もバイキング形式で並べられた。現場で仕上げる料理もあって、厨房から料理人が手伝いに来てくれる。皆、興味津々で観察していた。

「これは魔道具なんですか?」

「はい。【バーナー】といって、食材の表面に焼き目を入れたい場合に使います」

「ほほう……」

「火属性魔法を使える人ばかりじゃないですし、魔法だと意外と調整が難しいと聞いたので作ってみました」

「あなたが作ったんですか。なるほど。オスカリウス家からの通達の意味がよく分かりました」

「えっ」

 何やら他にも言われているらしい。一体シウについて何を「通達」したのか気になるものの、皆がお皿を手に待っている。席で待つのはカスパルや赤子三人など一部だけだ。

 シウは急いで、仕上げに取りかかった。

「こっちは魚介類の炙りね。生は大人用、子供のは火を通してあるのを取っていって」

「シウ様、子供たちにキスしないから、あたしも生の方を食べていいかい?」

「いいよ。食後に《浄化》を掛けるよ」

「やった。最初は生で食べるなんてって思ったけど、病みつきになるよ。おっと、あんたたちは諦めな。欲しがってもダメだ。シウ様が決めたんだからね!」

「シウしゃまぁぁん!」

「シューウン」

「シゥ……」

「甘えたって無駄だよ。シウ様はこうだと決めたら絶対だ」

「てこでも動かないよな!」

「そうなんだよ、ははは」

 などと、アントレーネは何が楽しいのかロトスと笑い合っている。

 思わず手が止まったシウに、横から申し訳なさそうな声が聞こえた。

「一応、褒めてるんだと思うぜ」

「そうですよ、悪気はないですって」

 皿を手に、並んで待っているオスカリウス家の騎士たちだ。

 シウは開き掛けた口を閉じて調理に戻った。少しして、彼等に告げる。

「……じゃ、次のお皿に」

 炙り料理を作ってはどんどんと載せていく。

 魚介類が豊富なため、パエリアも作ってみた。フェデラル風でもあるし、味付けにシャイターンのものを使ったことから不思議な創作料理になった。

 宿の料理人たちは面白がって必死にメモを取っている。

 シャイターンの麻婆豆腐っぽい料理は、辛みをかなり抑えて甘口で作った。春雨と鶏肉のスープはピリ辛と、豆乳を混ぜてマイルドにしたものの二つにした。辛いのが苦手なのかと思っていたが、オスカリウス家の人たちは「比較する」と言って両方を飲んでいる。様子を見ていると案外辛いのも大丈夫そうだ。

「いやぁ、面白いですね。元々、シャイターンの料理は各地で全く異なるんですよ。それが、王都で合わさって新たな料理が生まれたという歴史もありまして。ですから、他国の調味料を使った創作料理があってもいい。勉強になります」

 料理長は何度も頷き、仲間とああだこうだと話し合っている。シウにももちろん「こういうのはどうだろう」と意見をくれるため、楽しい時間となった。

 地方ではカレーに似た、香辛料たっぷりの辛いスープがあるそうだ。スープカレーに近いのではないだろうか。フェデラルにもあるため、誰かが持ち込んだのかもしれない。

 チマキやギョーザ、肉まんといった蒸し料理に特化した街もあるそうだ。

「明日は蒸し料理でもいいなあ」

「あ、食べたい! シウの変わり種餃子好きだ」

「あはは。あれはシュヴィの影響を受けて作ったんだよね」

「シウにしちゃ珍しいよな。メイン料理にロシアンルーレット方式取り入れるなんてさ」

 料理人たちとの話に加わったのはロトスだ。聞き耳を立てていたようで、話に入ってきた。ふんふんと頷きながらメモを取っているが、変なネタを入れる料理は止めた方がいいのではないだろうか。

 ロトスはロシアンルーレットが何かの説明を早口で済ませると、何かを思い出したらしく渋い表情になった。

「シウってば、たまに変なもの食わせてくるもんな」

「たまになら面白いのがあってもいいよね」

「甘いのとか酸っぱいの混ぜてさぁ。あれは笑った。あ、でも、カボチャの餡は嫌だ」

「カボチャは美味しかったよ?」

「俺、カボチャはダメ。あれは甘いからお菓子枠なの」

「そうなんだ?」

 すると近くで立って食べていた騎士の中から一人が手を挙げた。

「俺も。カボチャが料理で出てくると苦手です」

「ほら、ほらー!」

「僕は好きだけどな。クリームスープに入ってると嬉しい」

「温まるものね」

 みんなワイワイ語り始め、料理人たちもメモを取りながら話に参加した。こうした直に聞ける機会はあまりないそうだ。良い意見が聞けたと喜んでいた。




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