444 本戦とやる気の空回り
火の日から本戦が始まる。大会のメインでもある飛竜のレースもそうだし、午後に開催される希少獣のレースもだ。
キリクはやはり会場には行けず、シウたちはデジレと共に会場へ向かった。
本戦ともなると飛竜レースも迫力があった。予選だと途中で失速したり、地面に足を着いたりするなど、まだまだ調教が出来ていないと感じる。それを楽しみに観るのは、調教具合を賭けの対象にしている人たちらしい。更に、ハプニングがあるのも予選に多く、ハラハラしたい人向けだ。
本戦は飛竜が席に迫ってくるといったハプニングは滅多にないけれど、スピードも上がって息もつかせぬエンターテイメントである。
会場は早くも歓声に包まれていた。
まずは飛竜の調教、その次に速度と障害物があって、礼法を挟んで混戦レースが行われる。各大会によって運営方式は変わるものの基本的な部分は同じだ。
「やっぱり飛竜は混戦が一番人気かな」
「俺も観ていて面白いのは混戦だなー」
シウが呟くとククールスが答えてくれた。ロトスとアントレーネは手摺りから身を乗り出す格好で盛り上がっている。
「そう言えばククールスは昨日、会えたの?」
「いや、本人は来てないってさ。でも顔見知りの番頭がいたから挨拶だけしてきたよ。俺が騎獣を連れてるんで『出世しましたなぁ』って驚いてた」
「あはは。出世って言うんだ?」
「まぁ、俺はその日暮らしなところあったしな」
「あー、そうだったっけね」
「今じゃ、たんまり稼いで貯め込んでるからな」
「貯金してるんだ?」
シウが驚くと、ククールスは目を細めた。
「お前がやれやれって言うからだろ? それに、ほら、あいつもいるし」
小声になってチラリと前方を見る。そこにはフェレスとブランカに挟まれて身動きできないまま飛竜レースを観ているスウェイがいた。
「あいつが食うに困らない程度には稼がないとな」
「うん。そうだね」
「あと、お前んちで暮らしてるとお金使わねえもん。最近じゃ、夜の店もさっぱりだ」
「あはは」
「笑い事じゃねえよ。健全すぎて泣けてくらぁ」
「じゃあ、今日あたり遊んできたら? スウェイは僕が見てるし」
そう言うと、ククールスが目を剥いて見下ろす。
「何?」
「いや。なんつうか、大人の発言するなーと思ってよ。……待てよ? 意味分かってねえだろ。いやいい。言うな。黙ってろ。お前の口から色っぽい話が出てきたら俺はなんだか申し訳ない気持ちになるわ」
「なんでさ」
「ご両親に悪いっつうか」
「意味が分からない」
「おー。まあいいや。とにかく、飲みに行くのは……」
一旦口を閉ざし、上を向いて思案し、もう一度視線をシウに向けて続けた。
「レースが全部終わってからだな。それに俺だけ遊んできたらレーネに怒られるだろ。あいつも、なんだかんだ遊んでないようだし」
「あ、そうだね。こういう時ぐらい羽目を外してもいいよね」
「……本当によぅ、お前ってば大人になっちゃったんだなぁ~」
「それこそホントに意味が分からないよ」
むくれてしまったシウである。
飛竜の障害物と混戦レースは、ブランカのやる気に火を付けたようだ。昨日も興奮していたけれど午後のレース前になると、ふんふんと鼻息が荒い。
控え室でもそんな調子で、シウはアントレーネと顔を見合わせて苦笑した。
控え室には、予選レースでアントレーネと仲良くなった騎乗者や騎獣もいて、それぞれが自分たちの騎獣の様子を話している。ほとんどは「可愛い我が子の話」に終始しているが、中には戦略的な意味合いで探りを入れる者もいた。大半が、デルフ国や大貴族などといった、重い使命が背後に見え隠れしている。後ろ盾から「絶対に勝て」と厳命されているのだろう。同情めいた視線を送る騎乗者も多い。
他に、普段は調教師や冒険者をしているグループもいる。
シウも顔見知りと挨拶しては「去年の雪辱を果たす」と言われたり「今年も聖獣の鼻を明かしてくれ」と頼まれたりした。
シウとフェレスを知らなかった騎乗者たちにも聞こえたらしく、驚かれる。どうやら去年優勝した「人間とフェーレース」の組み合わせは知っていても、これほど「子供」で「ふわふわした美麗のフェーレース」とは思っていなかったようだ。
確かに、フェレスは黙っていると礼法にも出られそうなほど上品で優雅に見える。実際には野性的でやんちゃすぎるのだが。
ちなみに予選にはフェーレースを連れた参加者も多かったようだが、速度や障害物といった身体能力を問われるレースの本戦に上がった組はいなかった。礼法には何組も上がっているというからぜひ決勝戦まで行ってもらいたいと、シウは内心で応援した。
さて、本戦レースの組み合わせだ。幸いといっていいのか、フェレスとブランカは別々の組になった。準決勝戦でかち合う予定だ。
しかしそれも「このレースに勝てば」である。
「どうなることやら」
「にゃ?」
「フェレスはいつも通りだね。落ち着いているというか、マイペースというか」
「にゃにゃ!」
「うんうん。頑張ろうね。先にブランカが出るから、注意と応援をしてあげて」
「にゃ!」
任せて、と頼もしい返事でフェレスは離れていった。
耳を澄ますと「ブランカ負けるな勝てー」というような、熱血漢のごとき応援の仕方で、シウは笑ってしまった。火に油を注いでる気もしたが、ブランカにはそれが合っているのかもしれない。
あとは逸らなければ問題ないだろう。
先に出ていくふたりを見送って、シウたちは控え室の窓からレースの様子を見学することにした。
シウは魔法があるため俯瞰でも見られるが、今回はフェレスと同じように見える部分だけで観察する。
「あ、聖獣に囲まれちゃったね」
「にゃ」
「うーん、追い抜かれて焦ってるかな」
「にゃぅん」
焦れば焦るほど足下の注意が疎かになる。崖登りで足を滑らせて地面に落ちた。幸い、アントレーネは直前で飛び降りたし、ブランカも体をぶつけたってへっちゃらなタイプだ。
ただ、気持ちが空回りして落ち着きがなくなっていた。尻尾が揺れて、顔の近くをウロウロしている。
「にゃ……」
「うん、心配だね」
でも大丈夫だよ、とフェレスの後頭部を撫でた。ブランカだけだったら、空回りしたままで終わったかもしれない。強い聖獣ばかりの中で自分の力のなさを歯痒く感じただろうか。
けれど、彼女はひとりではなかった。
「ほら、レーネが励ましてるよ」
「にゃ?」
フェレスがじいっと視線を定めた。耳が前を向き、彼等の様子を知ろうと集中している。
「さすが、レーネ。ブランカのお尻を力一杯叩いてるよ」
「にゃぅ」
「痛そう? でも痛いぐらいでちょうどいいんだよ。ブランカの目を覚ますためなんだから」
「にゃ?」
「大丈夫。ほら、ブランカをよく見てごらん」
彼女が落ち着いているのが分かる。尻尾を噛もうとしていた不安定さはもう見えない。
「レーネが乗ったよ、あ、ほら」
「にゃ!」
崖を軽々と登っていってしまった。向こう側に消えたため、シウとフェレスからは見えない。けれど、ブランカが気持ちを立て直したのは分かる。
「きっと次の周回ではいつものブランカだよ」
「にゃっ」
「フェレスも負けないように頑張ろうね」
「にゃにゃにゃ!!」
負けないもん! と張り切って答えるフェレスは、目が爛々と輝いていた。
ブランカは無事、最後の周回までに遅れを挽回し、なんとか上位に食い込んだ。これで準決勝戦に進める。
シウたちとは入れ違いになるため途中すれ違ったが、ブランカは嬉しそうにフェレスへ報告していた。
「ぎゃぅん!」
楽しかった、と。
このレースは彼女にとって、とても良い経験になったようだった。
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宣伝の前に…
個人的に4という数字がすごく好きなので、444回なんか嬉しい……
では本題です
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書き下ろし番外編「紳士とは」カスパル視点です
ドヤ顔フェレスや自慢げフェレスなど、相変わらずフェレス可愛いです♡
(カラーもモノクロも最高なのだ)
というわけで力尽きてきたので次からまたいつもの更新頻度に……
お付き合いくださりありがとうございました
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