439 老齢のポンゴとウルススとその主
シウのみならず、大の男のククールスやアントレーネを抱っこする力は去年と同じ。けれど、明らかに筋力や体力などが弱っているという。
今回は参加を見送ろうか悩んだ商人に、二頭は最後だから出たいと頼んだそうだ。彼等もまた大会を楽しみにしていたのだ。
実際、こうして去年出会ったシウたちがやって来た。懐かしい顔ぶれに出会えたと、二頭は喜んでいる。
「今後はもっと衰えるでしょう。どこまで世話ができるかしれませんが、可能な限り頑張るつもりですよ。そのための蓄えですしね」
商人はもう隠居して、商売自体は息子たちに譲っているそうだ。今は幼い頃に父がしてくれたように、自分がポンゴとウルススを連れて飛竜大会の開催地を追いかけて旅を楽しんでいるのだとか。
抱っこのコーナーも、商いというよりは趣味のようなものらしい。
ロトスとブランカが何度も並び直すのを横目に、シウは商人にラトリシア国でやっている事業について話をした。
「養育院、ですか……」
「はい。出資したのは僕ですが、後ろ盾として、また監査のような形で上に立っているのがポエニクスのシュヴィークザーム様です」
「なっ、あ、あの?」
「聖獣の王とも呼ばれる方ですね。実は、僕はラトリシアにあるシーカー魔法学院の生徒なんです。いろいろあってシュヴィークザーム様と仲良くさせてもらってます。あの方は希少獣への愛に溢れていますし、僕も騎獣の老後に関して思うところがあり、施設を作りました」
「そうだったのですか。いや、無知で申し訳ない。全く存じ上げませんでした」
「この一年ほどのことなんです。今後、ラトリシア国全土に施設を広げようと頑張っています」
「……なんと、素晴らしい」
「もし。もしも介護の件で手助けが必要でしたら、ぜひ王都ルシエラにある養育院を見学してはいかがでしょうか。院長はネイサンという名の神官です。元冒険者の職員もいます。彼等と工夫して編み出した介護用品もあるんですよ」
「介護、それに専用の道具があると?」
「はい」
詳しく聞きたがるので、寝たきりになった騎獣の床ずれを防ぐ道具や、足腰に装着して引っ張り上げる道具について説明した。
すると、彼はシウの手を取って強く握った。
「どうかわたしも、その活動に参加させてもらえないでしょうか」
「あ、はい。え、参加ですか?」
「出資なさっていると仰ったでしょう。しかもお話ぶりから、あなたが発起人として奮闘してらっしゃる」
「はい。そうですね。現在はネイサンに任せてますが」
冒険者ギルドや商人ギルドにも噛んでもらっている。そして現場の責任者がネイサンだ。シウは出資担当と器具類の開発担当である。
その説明も軽くすると、益々手を強く握られた。
「わたしにもどうか、参加する許可を……」
「あ、はい。あの?」
あまりの熱意にシウが困っていると、ロトスやポンゴたちがやって来た。ポンゴとウルススが気にしているようだ。けれど、シウと揉めているとは思っていない。何かあったのだろうかと心配なだけだ。
シウは笑って「大丈夫だよ」と皆に言う。その間に、秘書らしき男性が商人に向かって「ご隠居様、落ち着いて下さいませ」と宥めていた。
詳しい話が必要だろうと思い、シウは残ることにした。
皆には遊びに行くよう勧める。養育院の話だからと言えば、ロトスだけでなくククールスやアントレーネも「あ、あれね」と納得していた。フェレスたちは分かっていないが、遊んでおいでと言えば素直に行ってしまう性格だ。クロだけ振り返っていたが、これは「主を置いて遊びに行っていいのかな」という逡巡である。シウは大丈夫だからと手を振った。
ジルヴァーはまだ幼獣なので抱っこしたまま、シウたちは併設されたカフェルームに場所を変えた。
商人はドニ=ハスロと名乗った。シャイターン出身で、ハスロ商会という大きな店の主だったそうだ。
「最後となる開催地がシャイターンで良かったと思っていたのですよ。あの子たちの移動には体力が要りますから。その最後の記念になるここで、シウ様に出会えたのは僥倖でございます」
「あ、いえ。それより、敬称は不要ですから」
「とんでもないことです。聖獣の王のご友人でもあり、王族方とも知己を得ているとは」
「あー、僕自体は大したことないんです。ドニさんのような人生の先輩に敬称を付けられると恥ずかしいです」
「……そう、ですか。では、お互い気楽にということでよろしいでしょうか?」
「はい。その方が助かります」
自己紹介にあたって、これが嘘や詐欺ではないと証明するために通行証やら招待状などを見せていたら、ラトリシアの王城にしょっちゅう出入りしているとバレてしまった。
更に、オスカリウス家の裏書きがある通行証も出してしまったのと、滞在先を話したことで後ろ盾が誰であるかも知られた。
「しかし、まさかあのオスカリウス家の後ろ盾があるとは……。なるほど、だから毎年のように飛竜大会へ来られていたのですね」
「ご歓談中に失礼いたします」
秘書の男性がこそっとドニに耳打ちしている。たぶん、普通なら誰にも聞こえないのだろう。そんな話し方だ。ところがシウは耳が良い方である。自然と探知をしているのもあってか、聞こえてしまった。
「(ご隠居様、こちらのお方は昨年の騎獣レースで優勝された伝説のフェーレースの騎乗者でございますよ)」
「なんと! ギラン、それは誠か!」
ドニがびっくり顔でシウを見た。ギランという名の秘書は苦笑で小さく頷いた。今度は普通の声の大きさで話す。
「速度と障害物レースの二つで優勝されたお方でございますよね」
「ええと、はい。さっき、フェーレースがいたと思いますが、あの子がそうです」
「そうでしたか。いやはや、先ほどから驚くことばかりです」
ギランが言うには、今回の大会にフェーレースを連れてくる人が多く、すぐに気付かなかったそうだ。これは主であるドニを庇ってのことだろう。大会によく来ているのにシウの名前や顔を覚えていなかった、という意味で。
シウは全く気にしていないが、ギランのためにも話に乗った。
「僕はぼんやりした顔をしてますし、フェーレースが優勝したのは初めてだったので皆さんの印象もそちらに向いているようです。今のところ誰にもバレてません」
シウのジョークに、ドニも乗ってくれた。
「それはいいですね。バレてしまいますと、騒がれて大変らしいですから。嬉しい悲鳴というものでしょうか」
「分かります。僕の後ろ盾でもあるキリク、あー、キリク様がそうです。あちこちから晩餐会のお誘いがあって忙しいとぼやいてました」
「それはそれは」
ドニは苦笑し、続けた。
「人脈作りは貴族のみならず商人にもありますので、耳が痛いですなぁ」
「あっ」
「いえいえ。それで、先ほどの話ですが」
ドニはさらりと話題を変え、養育院について質問を始めた。そうなるとシウも自分が立ち上げた事業だから詳細に説明をする。結局、シウの小さな失言は流された。
シウの話を最後まで聞いても、ドニの意思は変わらなかった。
若い頃は利益だけを求めて働いていたが、ポンゴとウルススを父から託されることで希少獣のために何かできないか考えるようになったという。しかし、それが何かは思い付かなかった。隠居した今、養育院の話を聞いて「これだ」と思ったらしい。
「わたしのような益ばかりを求めていた男が慈善事業などとおこがましいのですが……。お恥ずかしい話ですが、これまでは富めるものの義務として神殿に寄付して参りました。けれど、今は心から賛同できるのです」
何故なら慈善は、自分が大事にしている希少獣にも巡ってくるのだと気付いたからだ。ドニはそう言って微笑んだ。
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