440 鳥レースと騎獣レースの第一予選




 ドニは夏が終わって早々にルシエラの養育院へ研修に行きたいと言った。もちろん職員となる者を連れてだ。夏の間にやることがたくさんあると張り切っている。

 詳細はネイサンとの打ち合わせになるが、シウも口利きをすると約束した。

 シャイターン国初の養育院はドニが作ることになりそうだ。

 仕組みについてはギルドの管轄で登録されているため、そちらから情報を得てもいい。が、できる限りの資料を渡しておいた。こうした細かな話はギランの方が得意だろう。シウは彼と連絡先を交換した。



 さて、シウが《全方位探索》で皆のところへ合流すると、白熱した戦いが行われていた。

 鳥型の小型希少獣を使った小さな障害物レースだ。クロも参戦している。

「いけー! させ、させー!!」

「クロ、負けるんじゃねえぞ!」

「あんたならいけるよ!」

 他の応援者の声もすごいが「うちのメンバーが一番うるさいかもしれない」と、シウは呆れてしまった。

 しかも、人間だけではない。

「にゃっにゃにゃっ、にゃーっ!!」

「ぎゃぅっぎゃぅ!!」

「ぎゃ……」

「ぎゃぅぎゃぅっ」

「ぎゃー」

 騎獣三頭、いや二頭が騒がしい。うち一頭はブランカに「ちゃんと応援しろ」と言われて、おざなりの掛け声だ。

 ジルヴァーは騒がしさに驚いたのか目をぱちくりさせている。

「大丈夫だよ、怖くないから。みんなうるさいねー」

「ぴゅ?」

「よしよし。あ、クロが優勝したみたい。お兄ちゃんはすごいね」

「ぷぎゅ!」

 ジルヴァーが両手を上げて興奮するのは珍しい。なんとなくシウの言葉が伝わっているようだ。もしくは皆に触発されたのかもしれないが。

 とにかくも人の波を掻き分けて前に出る。

 すると、人の目線の高さに設置された丸太の上にクロが立たされるところだった。彼はシウに気付くと、丸太の上で左右にトトトッとステップを踏んだ。嬉しくて踊っているらしい。いつものクロらしくなく、テンションが高くて可愛い。

「クロ、優勝したの?」

「きゅぃ!」

「頑張ったね」

「きゅぃぃ」

 甘えるような鳴き声だったため、手を伸ばして頭を撫でた。

 そこに、他の鳥型希少獣を並ばせていたレース担当者がやって来て、微笑んだ。

「おっ、飼い主さんに褒められたか。頑張ったもんなー。偉い偉い」

「きゅぃ!」

「はは。可愛いなー、お前。って、あれ? あんたが飼い主かい?」

「はい。何故です?」

「だってレースに参加させたのは確か……」

 見回している間にロトスたちも来た。担当者が「ああ」と笑顔になった。

「なんだ、仲間か。そりゃ良かった」

 彼は大勢が出るレースなのに、主と希少獣の組み合わせをちゃんと覚えているようだ。それは希少獣に対して真摯に向き合っているからで、シウは感心した。

 その担当者が気になることを言う。

「いやー、他人の希少獣を持っていくバカが年々増えていてな。気を付けてるんだが、なかなかな」

「マジかよ」

 真っ先に怒ったのはロトスだ。担当者も言葉以上に怒っているようで、とにかく気をつけてくれと、注意喚起してくれる。

 その後、順番にメダルの授与だ。

 キラキラと光るメダルにクロは嬉しそうだった。足で掴んで眺めては、もう片方の足に付けた足輪型の魔法袋に仕舞おうか悩んでいる。人目があるので気にしているのだろう。シウが体をズラして壁になってあげると「きゅぃ!」と鳴いて急ぎ仕舞っていた。


 時間が迫っており、シウたち全員が本会場に戻る。アントレーネとブランカは先に予選レースの控え室に行った。

「ちょっと心配だね。もう少し早めに戻れば良かったかな」

「あいつら悠然と構えすぎだよな」

 シウの独り言にククールスが答えてくれたが、ロトスは、

「変なところまであるじを真似なくていいのになー?」

 などとシウに妙な視線を送る。

「僕はあんなに堂々としてないよ?」

「じゃなくてー。お前ってば、時間ギリギリでも平然としてたじゃん。緊張もしてなかったし」

「……そうかな?」

「そうだって。なー、兄貴」

「おう。俺たちが気を揉んでるのにシウは平然としてる、ってなとこ、あるよな。あれだ、転移ができるからだろ。時間にルーズっていうより、時間に対する考え方が他の奴ほど厳格にならないんじゃねえか」

「あ、分かる。いざとなったら転移できるもんな。そう思うと気分が楽かも」

 それを聞いて、シウはほいほい気軽に転移している普段の行動を思い返し「最近はそうでもない」と反論したくなった。が、止めておく。

 そろそろ騎獣の予選第一レースが始まるからだ。


 アントレーネとブランカは結局相談の結果、速度レースには出ず、障害物レースのみエントリーした。自分たちの持ち味を最大限に生かそうと決めたようだ。

 騎獣であり重量級でもあるブランカでは速度の本戦に出ることはできても、決勝戦まで行けないだろう。もちろん悔しい思いをするのも大事だけれど、それよりは彼女に成功体験を積ませたいとアントレーネは考えたようだ。

 障害物だって決勝戦まで出られるかどうか分からない。アントレーネは「いっぺんに二度も悔しい思いをするのは可哀想だ」と、ブランカを上手く誘導して障害物だけ選ばせた。

 速度は来年以降、何度だって挑戦できる。

 今回もフェレスの勇姿を見せつけて、やる気を出させようという戦略らしい。

「おっ、出てきたぞ。おうおう、興奮してるぜ」

「ぐぎゃぅ」

「大丈夫だって。レーネがいるんだ。すぐにパチンとやられるさ、ほらな」

 ククールスが笑って指差す先に、叱られてしょぼんとするブランカが見えた。尻尾が垂れてしまっている。それもアントレーネが一言二言続けるごとに動きが出てきて、やがてもっふりと立ち上がった。

「レーネはブランカの扱いが上手いよなー」

「ブランカがガキんちょ共と同じだからだよ。なー、シウ」

「さすがに赤ちゃんほどじゃないんじゃない?」

 そう返したシウに、ククールスとロトスだけでなくスウェイまで微妙な視線をくれる。

 シウはゴホンと咳払いし、会場を指差した。

「もう出走だよ。ちゃんと見てあげよう?」

「おーう」

「よし、俺は勇姿を撮ってやるぞ!」

 と言って、ロトスはシウが作った魔道具を構えたのだった。




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