435 見回りとシャイターンの作物




 皆の部屋が決まると少し休むことにした。飛竜の上で休めるとはいえ緊張感は伴う。飛竜の上で寝ていられるのはフェレスとブランカぐらいだ。そのふたりも普段とは違う旅行の雰囲気で騒がしく起きていた。よって強制的に仮眠だ。他のメンバーも仮眠を取る。

 シウはフェレスたちを呼び寄せ、興奮しているのをなんとか落ち着かせて眠らせた。ジルも一緒に希少獣部屋で寝かせる。

 デジレは一等室の隣にある秘書用の部屋を取った。反対側には護衛用の部屋があり、後ほど騎士が入るそうだ。この宿の護衛の責任者にもなるという。

 シウたちの部屋にも従者用の部屋はあるのだが、そこには後から来るサビーネとスサが入る。赤子三人の世話をするのに近くがいいだろうと言っていたからだ。ブラード家からはこの二人が応援で来てくれる。

 カスパルには別の宿が用意されていた。シウたちが泊まる宿に一等室が二つなかったせいだ。シウたちの宿がこぢんまりとしすぎているわけだが、キリクの宿に近いことから選ばれたようだ。

 デジレが別れ際に、

「キリク様から『頼りにしているぞ』って伝言です」

 と笑われた。実際、何かあった際にすぐ気付けるので、そういう意味で頼られているというのは嬉しい。シウは「了解です」と返し、二人して笑ったのだった。


 この日は飛竜大会の予選第一日目だ。会場から離れているため観客の声は聞こえないけれど、なんとなく空気が騒がしい。上空の大気が震えているのを感じる。

 シウは宿の庭を確認しながら空を見上げた。一応、ファルケの街の上空は飛行禁止になっているが、大会関係者などは使ってもいい。時折、王都方面から会場に向かって飛ぶ飛竜の姿が見えた。高度があるので音は聞こえない。

「問題なし、と」

 見回りを済ませ、宿の中も把握した。少しだけ《全方位探索》を強める。周辺の様子を確認し、何もないと分かると元に戻した。

 それから自分に割り振られた部屋に戻って眠りに就いたが、ほんの一時間で起きる羽目になった。

 キリクから「早く着いたなら一緒に昼をどうだ」と連絡が入ったからだ。



 シウは書き置きを残し、デジレと共にキリクのところへ向かった。

 入り口を固めるのはオスカリウス家の騎士だ。内側の門にも立っている。

「物々しくない? いつもと違う気がするんだけど」

「ちょっとね。詳しくはキリク様からお話があると思う」

 と、濁されてしまった。シウは自分の知っている情報を脳内に思い浮かべながら、案内してくれる文官に従って宿で一番立派な部屋へと赴いた。

 中では優雅に寛ぐサラと、着崩した格好でソファの肘置きに座るキリク、苦々しい表情で突っ立っているイェルドがいた。他に数人がテーブルを用意して猛然と書類を確認している。

「ええと、ご無沙汰して、ます?」

「おう。よく来たな」

 シウの変な挨拶を全く気にせず、キリクは気楽な様子で手を挙げた。サラもにこにこと微笑んで手を振る。イェルドはといえば「ああ、シウ殿!」と、いつもとは違う反応だ。

「どうかしたんですか?」

「こいつが、シウを呼べと煩くてな。もちろん俺も会いたかったが。ああ、デジレ、昼食は後でいい。それとな、シリルが来るまではお前が第一秘書官だ。踏ん張れよ」

「承知いたしました。では、わたしは外で待機しております」

 礼儀正しく頭を下げ、デジレは出ていった。シウが何か言う間もなかった。

 振り返ると、サラが手を振って呼んでいる。ここにどうぞと、隣のソファを勧められた。

「それで?」

 見回すと、イェルドが最初に口を開いた。

「あなたは食に造詣が深い。そうですね?」

「あ、いえ、うん?」

「シャイターンの作物を多く使った料理も作っている」

「はあ。そうですね」

「材料はロワルの市場で買い求めているのでしたね?」

 シウは意味も分からず曖昧に頷いた。しかし、チラリと見たキリクがニヤニヤと笑っている。これはどうやらバレているようだ。

「ロワルでも買ってますけど、個人輸入に近いです。あとは――」

 テーブル席の文官たちに目を向ける。するとサラが魔法を使った。簡易結界のようだ。

「これで話は聞こえないわ。といっても彼等は、あるじに不利となる発言は行わないと誓っている忠臣だけれど」

 サラはニコニコと笑って、綺麗な指先で顎を撫でた。

 シウは苦笑で頷くと、それでも小声で話す。

「転移でも買いに来ることがあります」

「な? 俺の言った通りだ」

「ふふ、本当だったわね」

「とても助かります」

 三人がそれぞれに言う。その後、イェルドが代表して説明してくれた。

「実は、シャイターンから迷宮産の素材を買い付けたいと申し出がありましてね。王族が噛んでいるため断れなかったのですが」

 国として正式に買い付けを申し出るというのは、つまり大量に確保したいという意味だ。シュタイバーン国に所属するオスカリウス家から買い取るというのは、物議を醸しそうである。

 それはイェルドも当然分かっている。

「当地の迷宮産でなければならない理由については、お話をうかがい、納得もしました。いえ、納得せざるを得ませんでした。しかし、支払いを作物で行いたいと言うのです」

「へぇぇ」

「ですが、どうも価格に変動があるようでして」

「あー」

 シウはテーブルの文官たちを見た。彼等は資料を確認しているのだろう。

 でも、イェルドの話にはおかしなところがある。

「何故、支払いを作物で? 貨幣がないのでしょうか」

「ええ。正確にはロカ貨幣が少ないようです。飛竜大会が開催中なのも災いしました。ある程度は保持していないと困る、というのも理解はできます。納得はしてませんが。それはともかく、アドル貨幣なら多くあるそうです。そのためアドルでの支払いを申し出られましたが、信用度が低いため断りました。デリタ貨幣に至っては言語道断ですね」

「デリタ貨幣はデルフ国発行だから、シャイターンでは流通が少ないと思ってました」

「最近、よく買い付けに来ているようですね。ロカ貨幣を持っていないため仕方なく、だとか。その代わり割り増しで計算しているようです。抜け目ないのですよ、シャイターンは」

 商売の国とも言われているシャイターンは、損をしないように動くことで有名だ。

 今回の取り引きも上手くしてやられたのか、イェルドは悔しそうな表情でシウに話す。大変そうなので、シウは自分が持っている情報を出すことにした。

「市場にはよく買い付けに来ているので相場も変動についても分かっています。市場の顔利きとも馴染みですし。特に、この近くにあるヴァルト港には足繁く通ってます。任せてください」

「シウ殿!」

 カルト港やフラッハ港にも寄っているため、相場が間違っているということはないだろう。

 シウはその場で、書記魔法を使って書類を作成した。


 作成しながら、何故シャイターン国が迷宮産の素材を必要としているのかを聞いた。

「隣国のアドリアナが険しい山に囲まれているのは知っていますよね?」

「はい」

 竜人族の里オリーゴロクスの、というよりは「空白の地」と呼ばれる何もない土地の更に北にあるのがアドリアナ国だ。高地にあり、シアン国よりもずっと厳しい土地である。冬の方が長いと言われるような場所だ。しかも険しい山々に囲まれている。

 そんな土地だから作物が育たず、人口も少ないという。また他の国々との交流がほとんどない。

「アドリアナに迷宮ができたらしいのですが、その攻略にアルウス産の素材が役立つそうです。主に虫毒が必要だとか。蜘蛛蜂の糸も仕掛けに使えると聞いてます」

「グランデフォルミーカの酸もな」

 とはキリクだ。シウは眉を顰めた。

「そんなものが必要って……。面倒な魔獣がいるんじゃ?」

 グランデフォルミーカの尻には強力な酸が入っている。以前、シウもその酸を使って強酸爆弾を作ったことがあった。魔獣スタンピードの際にだ。この酸は、グランデフォルミーカの分厚く固い装甲を溶かすほど強い。





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