436 アドリアナの話題と料理と国民性




 シウの質問にはキリクが答えてくれた。

「トロールやハーピーらしい。実際に討伐したという証明書も見せられた。素材もな」

「逆に用意周到ですね」

「イェルドと同じことを言いやがる。でもまあ、買い占めるほど要求はされていない。素材を満遍なく要求はされているが」

「最初は宝石で支払いを、とも言われたのですけどね。宝石の価値こそ変動が大きいですし、アドリアナ産がどうしても必要なわけではない。ならば食糧の方が、となりました」

 アドリアナ国は宝石などの鉱物が輸出品になっている。言い方を変えると、それしか売るものがない。長い間、外との付き合いがなかったせいで貨幣も独自のものを使っている。アドル貨幣だ。価値は低い。

 そのアドル貨幣をシャイターンが持っている。つまり交流があるということだ。隣国なので有り得る話だが、ロカ貨幣を扱うシュタイバーンの貴族相手にアドル貨幣を勧めるのはおかしい。

 シャイターンがロカ貨幣を大事に取っておきたいのだろうが、アドル貨幣を早く手放したいと考えているのが透けて見える。そもそも何故シャイターンが間に入っているのか。商売であり政治でもあるのだろうが、シウは門外漢だ。それよりも迷宮についての方が気になる。

「強酸は皮の分厚いトロール向け、蜘蛛蜂の糸はハーピーに対する罠で?」

「だろうな。アドリアナには上級の冒険者がいるようだ」

「かなり大きな迷宮になるよね。ハーピーなんて大物だし」

「ああ。シャイターンがアドル貨幣を大量に持っているのも、分かる」

 いつからかは知らないが、大型の地下迷宮がアドリアナに発現したのだろう。浅い部分を攻略し、物資をシャイターンから購入する。シャイターンはいつもより大きな取り引きに驚くはずだ。

「シャイターンも噛んでますよね」

 とはイェルドに向かってだ。彼は真面目な表情で頷いた。

「そうでしょうね。しかし、上手くいっていない。そんな時に飛竜大会があり、地下迷宮に関しては専門家でもある我がオスカリウスの面々が大挙してやって来た、というわけです」

「巻き込まれてますねえ」

「まだ巻き込まれてません!」

 イェルドが叫んだ。

 キリクは呆れ顔で、サラと顔を見合わせている。

「うちは、もう手一杯なんですよ。とてもではありませんが他国の迷宮になど関わっていられない。ですが、万が一、万が一ですよ? シャイターン側が頭を下げて『ご指南を』というのであれば専門家を派遣することも吝かではありません」

「交渉、頑張ってください」

「そのためにも、今回の作物の詳細な相場表は大変役に立ちます」

 イェルドは「ふふふ」と、とても嬉しそうに笑った。


 昼ご飯は結局、部屋で勝手に摂ることになった。キリクとイェルドが、シャイターンの素材で作った料理はないのかと問うので出したのがきっかけだ。

 シウの空間庫には出来合いの料理が数多く保管されている。それ以上に購入したままの素材も数え切れないほど入っているが。

 ともかく、白飯はもちろんのこと、牛丼などの丼物から焼き飯と幅広く取り出した。ただし、シウが作ったため、大半が味噌汁や煮物といった和風料理ばかりになってしまった。

 ヴァルト港で水揚げされた魚を使った海鮮丼は文官たちも喜んで食べていた。

「新鮮な魚介類が多いんですよね。あ、この味海苔もご飯に合うんです。味が付いてないのは手巻き寿司に。あ、キリク、待って。作り方を見せるから」

 以前、オスカリウス家の人に披露した気もするが、彼がいたかどうかは覚えていない。それに忘れていても不思議ではなかった。なにしろ領主は忙しい身だ。

 シウは急いでキリクを止め、やって見せた。

「これが酢飯。で、焼き海苔の上に少し乗せて、細切りにした刺身を置いてくるくるっと巻くと」

「おおー」

 手巻き寿司はロトスもリュカも、赤子三人たちだって大好きだ。そんな子供が喜ぶ手巻き寿司にキリクもハマったようだった。自分で好きなネタを選べるからと率先して手を出す。

「マグロの刺身も美味しかったが、これもいいもんだな」

「でしょう?」

 鰹節や昆布、更にウニの話などをするとイェルドはほうほうと興味深く聞いてくれ、文官はメモを急いで取った。

「他にも変わった調味料が多いです。米酢、穀物酢、味醂もあります。魚醤は少し癖がありますけど美味しいですよ」

「なるほど」

「出汁も独特です。鰹節や昆布、茸などからも取ります。乾物にしてしまうのが面白いですよね」

 イェルドや文官が聞いてくれるため、ついつい話し込んでしまったシウだ。

 キリクはお手上げとなったらしく、サラと別の仕事を始めてしまった。


 途中でキリクは晩餐会に呼ばれているとかで、その準備もあって早めに出ていった。シウもお暇しようと思ったが、イェルドに止められた。

「この者たちからシャイターンについて聞いておいてください。先ほどの情報に関するお礼代わりです」

 シウ殿ならご存じかもしれませんが、と言いながらイェルドもキリクの後を追って出ていった。サラもだ。

 入れ替わるようにデジレが部屋に入ってくる。表の立ち番を騎士と交代したようだ。

「シウ様、こちらにいるのがブラジェイの奥方リベラータです。会計を担当しています」

「シウ様、よろしくお願い申し上げます」

 文官の一人でもある女性が丁寧に頭を下げた。他にも数人が名前を名乗り、また椅子に座る。書類仕事はほぼ終わりに近付いているようだ。ホッとした様子でいる。

「ではお茶でも飲みながらお話します?」

 シウが提案すると、さっきまで料理が美味しかったと言っていた彼等は「ぜひ」と喜んでくれた。


 そもそも、会計担当がキリクのような身分の者と同じ部屋で作業をするのは珍しいことだ。

 しかしそれはシャイターンが独特の文化を持っているかららしい。こうなると予測して帯同していたようだ。

「とにかく商売っ気が強い国民性もあって、王族からして損得で動きます。何かと腹芸が多く、これまでは深く付き合ってこなかった国です」

「というのも、オスカリウス領はシャイターンのザンデル辺境伯と以前揉めていますからね」

 国境を挟んで隣り合うそれぞれの領は、何かと揉め事が多いらしい。

 オスカリウス家でもそうだ。小さくは、貸し馬車のやり取りで損をしただのなんだのという苦情。大きくは、盗賊が国境を越えたために兵士が越境してしまった、など。

 どれもオスカリウス領が苦情を言われ、国境を越えられた側である。ザンデル辺境伯は何かとちょっかいをかけてくるそうだ。

 なんでも大昔は、オスカリウス領がシャイターンの土地だったとザンデル辺境伯は嘯いているらしい。

 百歩譲ってそれが正しかったとしても、すでに何百年もシュタイバーンの土地として他国にも認められている。今更、国境線が変更になるなどないだろうにとシウは思うが、ザンデル辺境伯は蒙昧らしい。

 話の途中で気になったため、シウは脳内にある過去の地図や歴史書を紐解いてみたが、やはりどこにもそんな記述はない。

 あえて言うのなら、ロワイエ歴が始まった頃は曖昧だ。けれど、当時は国境があってないようなものだった。しかもオスカリウス領のあたりは森で覆われていたぐらいだ。

「大変ですねえ」

「ええ。とにかく、難癖を付けては利となるものを引き出そうと躍起になっているのです。さすがに王族はそこまで意地汚くありませんが」

「意地汚いって……」

 言葉の強さにシウが驚いていると、デジレがリベラータを注意した。彼女は素直に謝り、シウにも頭を下げた。

 でもそれぐらい、シャイターンには腹立たしい思いがあるのだろう。

 今回も取り引きを持ちかけてきたのはシャイターン側なのに、何故か支払いを作物で行うことに同意させられていた。しかもどうやら吹っ掛けられている。リベラータたちはイライラしながら資料を片手に計算していたようだ。

「ですから、シウ様の情報にはとても助けられました。ありがとうございます」

「いえ。他には何かありますか?」

 シウが水を向けると、リベラータが話を再開した。




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