427 王城へ呼び出し、新作お菓子
今頃の時期の学校はどこか慌ただしく、その割に生徒の数は少ない。
先日の休暇から夏休みまで一ヶ月しかないため、いっそまとめて休んでしまおうと考える生徒も多いのだ。また生徒の年齢も成人済みがほとんどで、貴族としての仕事もある。
特に夏休みを避暑地で過ごし、社交を行う貴族は今が一番忙しかった。休むために仕事を目一杯詰め込むからだ。
その場合、大抵の講義では教師から宿題を出されるか、研究内容を論文で提出すれば出席扱いとなる。
シウも魔法建造物開発研究では課題と論文が多くなっていた。一応、出席しているが、授業を聞きながら同時に仕上げてしまっている。学校にある本を読み込んでいれば、こちらはおおむね問題はなかった。
創造研究はそうはいかない。教師のオルテンシアは天才肌で、授業の度に彼女の閃きが飛び出てくる。本を読んでいればなんとかなるものではなかった。もちろん、自分たちでも考えろ創造しろと口酸っぱく言われるため、生徒たちは大変だ。
シウには前世の記憶があるから、そのぶん他の生徒より少しだけ有利なのかもしれない。しかし、頑固で凝り固まった考え方が邪魔をする。結局、皆と一緒になってウンウン唸りながら毎回授業を終えていた。
これで本当に卒科の試験を受けさせてもらえるのだろうかと、授業を終えてから思うのだった。
そんな日々を過ごしていたある日。
シュヴィークザームから呼び出しがあった。ヴィンセントの封蝋で中身はシュヴィークザームの面白い文字だ。「例の件の結末について」と書かれていたため、シウは急いで王城に赴いた。ヴィンセントからの呼び出しでもあるからだ。
案の定、出迎えのアルフレッドは、シュヴィークザームの部屋ではなくヴィンセントの執務室にシウを連れていった。
部屋では相変わらず忙しそうに人が出入りしており、書類の山がヴィンセントの机の上に積み上げられていく。同じ勢いで目を通した書類が運ばれていき、流れ作業が面白い。
そして、開け放たれた扉の向こう、応接室のソファにはシュヴィークザームが我が物顔で座っていた。シウは案内されるまま、ソファの向かいに座った。
ヴィンセントは執務机から動かず、チラとシウを見たものの書類に目を通すことを選んだようだ。次々と捌いていく姿は、仕事の出来る男といった様子である。
シウの目の前でぐだーっとしているシュヴィークザームとは正反対だ。
「シウよ、今日は新作デザートはないのか?」
「……あるけど。殿下を待たなくていいの?」
「我が待たされているのだぞ。それなのに、菓子の一つも出ぬ」
それはヴィンセントがまだ仕事中だからなのではないだろうか。まだ傍にいたアルフレッドを見ると、彼は苦笑しかけて慌てて隠す。
シウは少し考え、アルフレッドに視線で確認した。彼はすぐに気付いて頷いた。
「お茶の用意をして参ります。サーブもわたしが――」
「シウがやるぞ?」
「いえ。お客様でございますから」
シュヴィークザームはなおも続けようとしたものの、シウの視線に気付いて噤んだ。それから、そっと視線を外す。
シウは今度こそ笑った。
新作のお菓子はマカロンだ。夏に合うようにとレモンを使ったさっぱり系クリームを挟んでいる。
他に、レモンを使ったムースケーキも取り出した。こちらは夜にでも子供たちと一緒に食べてもらいたい。そう思って別の魔法袋に入れ替え、アルフレッドに渡した。ただ、シュヴィークザームが恨めしそうに見るので、シウは呆れ顔になった。
仕方なく、マカロンでダメだった時用のデザートを取り出した。ある意味「本命」だ。
もちろんマカロンはマカロンで喜んで食べてくれたのだが、なにしろサクサクしているからか、あっという間になくなった。
追加で差し出したのは、完全にシュヴィークザーム向きのお菓子である。これなら文句など言わないだろうとの確信があった。シウはにこりと笑って、ガラスの器ごとずいっと勧めた。
「パフェだよ」
「……パフェとな?」
「まずは食べてみて。アイスが入ってるから溶けちゃうんだ」
「なんと! アイスか!」
シュヴィークザームはアイスクリームも大好きだ。喜んでスプーンを手に取った。
「一番上のは
これはロトスがこだわったものだ。珈琲フロートにも付き物だと言い張っていた。そのため蜜漬けの桜桃も用意している。ブラード家でバニラのアイスクリームを食べる際も必ず添えていた。
「その下に生クリーム、苺、バニラアイスクリームと重ねてるんだ。アイスの下にはコーンフレーク。更に苺のムースとチョコスポンジケーキで、最後に苺味のアイスクリームとコーンフレークだよ」
シウが説明しても、シュヴィークザームは全く聞いていない。生クリームに手を付けるや目の色が変わり、一心不乱に食べ進んでいる。
気に入るだろうと思ったが、シウの予想以上だった。アルフレッドが唖然としている。シウは彼を見上げ、更に隣の執務室に目をやった。
「アルフレッドは一緒に食べられない?」
「仕事中だからね」
「じゃ、後で皆さんの休憩時にどうぞ」
「ありがとう」
「シュヴィほど大きいのじゃないけど。ていうかね、普通はあんなに大きなパフェは一人で食べられないんだ。僕も屋敷で挑戦したけど……」
子供のリュカでも最後まで食べられなかった代物だ。やはりアイスが二つも入ると体が冷えすぎてしまうのだろう。それに冷たい食べ物だからと、普通の菓子より甘めに作ってある。甘いものを一気に食べるのは案外難しい。
そのパフェを、シュヴィークザームは一人で食べ尽くそうとしている。
「すごいね、シュヴィは」
「んむ、ん! 我はすごいぞ!」
「うんうん。すごいね。じゃ、アルフレッド、皆さんの分はここに入れておくから」
ヴィンセントの分は彼が来てからだ。
そんな話をしていると、聞こえたわけではないだろうが一段落ついたヴィンセントがやって来た。
ヴィンセントはチラッとシュヴィークザームに視線を向け、更に食べ終わろうとしているガラスの器を見て目を細めた。
「よくも、まあ……」
甘い物がそれほど好きではない彼にとって、目の前の光景は驚きなのだろう。
シウはヴィンセントの筆頭秘書官ジュストを見ながら、口を開いた。
「ヴィンセント殿下にも献上差し上げたいのですが――」
「構いませんよ。今は身内しかおりません」
「ありがとうございます」
お茶の用意もアルフレッドがしてくれるようなので、シウは早速ヴィンセント専用のアイスクリームを取り出した。
「殿下には、バニラアイスのウイスキー掛けです」
ヴィンセントが益々目を細めるが、今までもチョコレートウイスキーなどを渡しているシウだ。彼は少し思案したあと、スプーンを手に取った。
「あ、待ってくださいね。バニラアイスが少し溶けかけた頃合いがいいかも」
「そうか」
「端が緩んでくるので」
言いながら、ジュストたちにも用意する。それらはアルフレッドが代わりに別のテーブルへ置いてくれた。ヴィンセントの世話は彼の従者たちが行う。
「シャーベットもありますよ。こちらはもっと暑い日に合うかも。ヴィンセント殿下用に、オレンジを搾ったものとオレンジリキュール、レモンやミントを合わせてみました。それは、さっきお子様たちへのお土産として渡した魔法袋に入れてます」
「そうか。そちらも楽しみだな」
ということは、目の前のアイスクリームも楽しみになってきたのだろう。ウイスキーボトルを見ているので、こちらが本命かもしれないが。
ちなみに、バニラアイスクリームにウイスキーという組み合わせは、ヴィンセントを大いに楽しませたようだ。他の酒でも合うのではないかと言い出していたため、今後、子供たちとの食事時に「一緒に」楽しむことができるのではないだろうか。
シウは微笑ましい団らんの様子を想像した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます