428 モヤモヤしたまま未来を守る決意
デザートを楽しんだあとは本題だ。
ヴィンセントは、ジュストに持ってこさせた書類を見ながら語り始めた。
「『魔獣の暴走実験』を行おうとした冒険者たちの件だ。結論から言えば黒幕は判明していない。とある貴族までは繋がったが『正体不明の病気』で捕らえる前に死んでしまった」
含みのある言葉に、シウは「そうですか」と相槌だけ打った。
「冒険者のリーダー以外は精神魔法を受けていた。相手側にはレベルの高い魔法使いがいるようだ。解除するのに少々手間取ったが、おかげで分かったこともある」
洗脳されている者に精神魔法を掛けなおしたのだろうが、きちんと手順を踏まないと廃人になってしまう。もしも洗脳されていたという冒険者がリーダーに巻き込まれていたのなら憐れだ。
そんなシウの考えを読んだかのように、ヴィンセントはふと鼻で笑うように息を吐き、書類を見せてくれた。
冒険者たちの過去についてだった。全員、素行は良くなかったようだ。
「洗脳といっても、人格を変えるほど強力なものは魔人族ぐらいしか使えないだろう。今回の洗脳についても、意識が高揚し戦闘的になるといった程度のものだ。魔獣が暴走するかもしれない現場を作るのだからな。……普通は躊躇するだろう?」
そのための洗脳であり、また依頼者について詮索しないという内容だったらしい。書類には尋問の様子が延々と書かれている。
「リーダーの男だけが依頼者と顔を合わせているが、用心深い相手だったようでな。後を追っても撒かれたらしい」
「それでよく貴族まで辿り着きましたね」
「その相手の男の似顔絵を作らせた」
精神魔法を使って、だろう。
「これ以上は尋問したところで出てこないと判断し、二人は重罪人として処理する。リーダーを含めた残りは過去の悪行もあり、処分だ」
ヴィンセントは淡々と説明し、シウから書類を受け取った。
「とある貴族は、ヴィクストレム公爵に連なる者だった」
「そうなんですか?」
「かなり遠いがな。力のない下級貴族だ。……他にも、今回のような冒険者や魔獣といった荒い内容ではないが、似た事件が幾つも起こっている。どれも力のない下級貴族が原因だ。ただし、寄親という強い関係ではないが、辿れば繋がる『縁』があった。その先は大領地だ。まるで、そこへ導こうと地図を描いたかのようじゃないか」
下級貴族が悪の親玉になるには動機があまりになさすぎる。「後ろ盾がいるのだろう」、そう思わせるように仕向けているとヴィンセントは言いたいのだ。
仕掛けたい相手はヴィクストレム、それから――。
「クストディア侯爵の名も上がったんですね?」
「そうだ」
「他にも大領地はありますけど、この二つは仲が悪いことで有名ですもんね」
「お前のような、貴族などどうでもいいと思っている人間が知っているぐらいにな」
シウは苦笑でヴィンセントを見た。彼は気怠げだ。書類をジュストに渡し、ソファに背を預けた。
「エストバル領は国境の揉め事で忙しい。ドレヴェス公も大領地ではあるが、王都の守護者としての冷静さがある。現領主も、血気盛んに揉め事を起こすタイプではない。他は大領地とまでは呼べないだろう。辺境は辺境で忙しいしな」
ヴィンセントは黒幕に当たりを付けている。そしてそれは、シウと同じ「答え」ではないだろうか。そう感じた。
ただ、証拠がない。何より動機が分からなかった。
「あちこちに暗部をやっているが、帰ってこない者がいる。もちろん、だからといって、それを繋げるわけにはいかない。別件かもしれないからな」
「はい」
「だがまあ、これはお前だから言うのだが」
「はい?」
「勘だ」
ヴィンセントらしくもない言い方に、シウは場の空気を忘れて笑ってしまった。
ジュストが少し呆れたような視線でシウを見たが、その視線が別の方に向いた。シウも見えていたが見ないように無視していた、シュヴィークザームにだ。
彼は誰も手を付けないマカロンをこそこそと食べていた。
ヴィンセントもそれを見て、ふっと笑った。
「ま、だからといって勘で物事は進められない。よって、後手後手に回るだろう。防衛だけはしっかりするつもりだ」
「はい」
「相手の目的は分からないが、とりあえず『内乱』と想定して動く。時期は『魔法競技大会』だろう」
「でしょうね」
ヴィンセントもウェルティーゴ問題を今回の件と繋げて考えているようだった。シウも同じだ。彼等は姿を隠し、誰かの名を借りて実験を繰り返している。
「シウもシーカーの生徒ならば関係者だ」
「そうですね」
「わたしのこの言い方では伝わらないか」
「……あっ、いえ、はい。伝わってます。心に留めておけ、という意味ですよね?」
ヴィンセントは少し口角を上げた。彼の後ろに立つジュストが小さく頷いたため、シウの答えは間違っていないようだ。シウはもう少し突っ込んで告げてみた。
「友人がたくさんいます。彼等を守るために僕は全力を尽くすつもりですけど、それでいいんですよね?」
今度こそヴィンセントは笑顔になった。
部屋から出ると、ジュストが急いで後を追ってきた。
「かかる費用はこちらで持ちます。殿下はお言葉が足りない部分がございますが――」
「いえ。分かってますし、費用についても不要です」
「あなたを利用しようと提案したのはわたしなんです」
シウがヴィンセントや彼等に対して不信感を抱かないようにか、貴族らしい遠回しが通じないのを心配してか。どちらにせよハッキリと口にするジュストに対し、シウは首を振った。
「僕のような関係のない人間が動くのを許可してくださった。それに、どちらにも利害があります。僕は友人を、大手を振って目一杯の力で守れる。あなた方は、冒険者でもある僕を使って国を守る。……ただ、覚えておいてほしいんです。学校の生徒が魔法使いだから守るのではない。彼等は未来を作っていく大事な『命』なんです」
「シウ殿」
「魔法競技大会を滞りなく進められるかどうかは、国の威信に関わる問題でしょう。でも、そこに集まった命もまた大事なのだと覚えていてください」
命を秤に掛けるなと伝えたシウに、ジュストは頷いた。
「できれば生徒会にも情報を与えてあげてください。差し障りない程度でいいんです。警戒しすぎても良くないけれど何も知らないまま当日を迎えるのは可哀想ですから」
「しかし、わたしどもが出入りするわけには。シウ殿にお願いするわけには参りませんか」
「オリヴェル殿下なら出入りしても問題ないのでは?」
「あ」
それもそうだと気付いたらしい。ジュストは思案しながら、何度か頷いて自分の中で納得したらしかった。
「確認してみましょう。ヴィンセント様は、オリヴェル様に対しては穏やかな生活をとお望みでしたが……」
兄弟にもいろいろあるようだ。ヴィンセントのすぐ下の兄弟二人はこき使われているようなのに、オリヴェルは大事にされているらしい。
シウは笑って「では」と頭を下げた。
この間ずっと、シュヴィークザームは話に入って来なかった。
さすがに廊下に出てからは「まだか?」と口を挟むぐらいにはイライラしていたようだが。
ジュストとの話を終えて彼と歩いていると、
「面倒な」
と、ぼやいている。
基本的に彼は争い事が嫌いだ。人間の問題にも関わりたくないと思っている。
そうは言っても仕方なく、聖獣の王として時折力を貸しているようだった。なんだかんだでヴィンセントの力になっている。
「まあまあ。魔法競技大会にはシュヴィも来るんだよね? 他にも王族の方々が出席されるだろうし、殿下も大変なんだよ」
「分かっておる」
「頑張って聖獣の王やらないとね」
「ふん! 我は常に聖獣の王である!」
「そうだよね、さすがシュヴィ!」
褒めると、シュヴィークザームの機嫌はすぐに直った。単純で良い。
シウはこの後、彼に付き合って聖獣たちを労いに行った。労いと言っても、特に何をするでもない。シュヴィークザームが皆から羨望の眼差しを受けて満足するだけだ。
それはそれで平和だから、シウは彼の気の済むまで付き合うことにした。
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