425 忙しい生徒会と研究の依頼




 次にシウが向かったのはプルウィアがいるであろう生徒会室だ。

 食堂にも来ていなかったため忙しいのだろうと思えば案の定だった。数人がサンドイッチ片手に作業をしている。その中にプルウィアもいた。

「シウ! どうしたの、珍しいわね」

「うん、ちょっとね。プルウィアに話があったんだけど」

 と声を掛けると、他の生徒たちが一斉にシウを見た。どこかワクワクとした空気も感じる。シウが首を傾げると、ジルヴァーも一緒に首を傾げた。それを見て、今度は「可愛い~」と和んでいる。

「なんだろうね、ジル」

「ぴゅ?」

「皆、真面目に仕事しなさいよ。わたしは休憩するわよ? 朝から授業を切り上げて働いたんだから!」

「はいはい、どうぞー!」

 忙しそうなのに何故か皆が、プルウィアが抜けるのを嬉しそうに許可してくれた。


 プルウィアは勝手知ったる足取りで生徒会長室に入った。彼女は次の会長(予定)だ。生徒会での実権も握っている。この部屋の鍵ぐらい持っていてもおかしくはない。が、あまりに堂々としていてシウは指摘できないままソファに座った。

 すると、すぐさまプルウィアが笑顔で話し始めた。

「もしかして生徒会に入ってくれる気になった?」

「どこでそんな話になったの」

 びっくりしてプルウィアを見ると、彼女は「やっぱり無理よねぇ」と溜息を漏らした。

「何度誘ってもハッキリ断るんだもの。何がそんなに嫌なのかしら?」

「嫌というか、嫌なんだけど――」

「嫌なのは決まってるのね」

 プルウィアは部屋の窓を少し開けると、シウの対面のソファに座った。

「うん。でも、それ以上に冒険者ギルドの仕事や魔道具の作成と研究で忙しいから」

「そうよねぇ。講義も恐ろしい早さで進めているんですってね」

「そんなに早くはないよ」

「だけど、幾つも卒科してるじゃない。生徒会にはそういった情報も入ってくるのよ」

 チッチッと指を振っているプルウィアは最初に出会った頃と比べると表情も豊かで明るい。今では学校を牛耳ってるに斉しいという噂もある彼女だ。とても楽しい時間を過ごしているのだろう。

「卒科の基準をクリアしているのに生産科へ居残っている、とも聞いているわよ?」

「あはは」

「魔法建造物開発研究も順調らしいし、厳しいのは創造研究だけかしらね」

「何が?」

「卒業に必要な、卒科の許可が取れるかどうかよ」

「えっ」

「あら、聞いてない? あなた今年で卒業できるかもしれないのよ」

「そうなの?」

 確かに早い者だと三年で卒業は可能だと聞いている。けれど通常は五年通う。六年目の生徒もいるぐらいだ。

「創造研究が卒科の許可を出さなくても卒業はできるわよ。でもあの先生、そういうの嫌いだから。たぶん、試験で調整してくれるはずよ。夏に用意するだろうから試験は秋からね。この情報は貸しよ」

「あ、うん。ありがとう?」

 話していると、窓から梟型希少獣のレウィスが入ってきた。足首に紙がくくりつけられ、嘴でも手紙を挟んでいる。

「ありがと、レウィス」

「ホゥー」

 なでなでが終わるとレウィスがチラリとジルヴァーを見た。けれど近付くこともなく、スッと止まり木に飛んでいってしまった。そしてプルウィアを見ている。彼女に次の仕事を依頼されるかもしれない。そう思っているのだろう。希少獣が気になっても、それよりは仕事、いやプルウィアの言動が大事なのだ。ストイックにプルウィアの指示に従っている。

 シウは「主従は似る」という言葉を思い出して、ふふっと小さく笑った。


 レウィスの仕事はシウが見たように「手紙を運ぶ」ことと「情報収集」らしい。木々の多いシーカー魔法学院では、梟(型の希少獣)が枝に留まっていても誰も気にしない。そのため、渡り廊下を通る生徒や、六角形の本校舎を窓越しに監視するなどしているそうだ。

 監視と言っても問題行動を起こす生徒だけだと、プルウィアは念押しした。

「何度もそう言ってるのに、ミルシュカ先輩が冗談で『監視ご苦労様ー』なんて言うから新入生が信じちゃって!」

「あはは」

「笑い事じゃないのよ」

 との愚痴から、しばらくは問題生徒の話題になった。

 その後、秋にある魔法競技大会の準備についても聞かされる。早め早めに対応しているつもりでも準備が大変らしい。皆がてんやわんやで夏休みも返上だという。そのため「今年はアルバイトができない」とぼやいている。

 エルフの里から最初に支度金があったものの、すぐに仕送りはなくなったようだ。そのため倹しい生活をし、長い休みに入るとアルバイトに精を出していた。生徒会に入ると「仕事」としてある程度の給金は入るようだが、年頃の女の子が王都で過ごすには足りないのだろう。

「うーん。そういう状況だと言い出し難いなあ」

「そう言えば、用事があって来たのよね。なんだったの?」

「ちょっと気になる本を見付けて少し研究したんだけどね。ただ、これは僕が扱うよりプルウィアの方がいいんじゃないかって。僕の方にも事情があって、研究の続きを頼めないかなと思ったんだ」

「あなたって研究好きだものね。すぐに没頭するってレグロ先生が仰ってたわ。ヴァルネリ先生と同じタイプだって仰ったのはトリスタン先生だったかしら」

「えっ! 僕はヴァルネリ先生とは違うからね?」

 シウが答えると、プルウィアは「ふふっ」と笑みを零した。そんな姿を見ると年頃の美しい少女だ。シウはなんとなく眩しくなって、少しだけ視線を逸らした。

「で、その研究、代わりにやってほしいわけね?」

「できれば。でもどうしてもというわけじゃないんだ。このまま研究しなくてもいい。ただ、エルフに関することだったから――」

「エルフの?」

 プルウィアの顔から笑みが消えた。シウも真面目な表情で頷き、複写した本を魔法袋から取り出す。

「これ、ヴァルネリ先生に借りた本の複写版。それと、僕の推論がこっち」

 まとめた資料も一緒にして渡す。

「簡単な実験はして、ほぼ推論通りじゃないかと思ってる。だけど、個人的な理由から発表ができないんだ。その、手の内をバラしたくないという意味で」

「……あなた、いろいろ隠してるみたいだものね」

「うん、まあ」

「それで? 普通に研究しようとすると時間がかかるとか?」

「それもあるし、エルフに関わる内容を外に出していいのかどうかも不明だから」

「そうよねぇ」

 プルウィアはシウがまとめた資料をパラパラ開いていたが、途中で止めた。

「……ああ、そういうことなのね」

 彼女の視線の先には「奇病」の文字があった。

「魔力溜まりに関する資料は集めたんだけど、しっかりとはまとめてなくて。というか足りてない、が正しいかな」

「至れり尽くせりね」

 プルウィアは複写本と資料を両方手に取り、胸に抱えた。

「すごいのね、シウ」

 そう言うとプルウィアは困ったような顔をしてシウを見つめた。


 黙り込んだプルウィアに「問題があっただろうか」とシウがそわそわし始めた頃、彼女はまた口を開いた。

「シーカー魔法学院に通いたいって思った理由の一つがこれだったのを思い出したわ。姉さんの恋人が奇病で亡くなったの。その原因を知りたかった。勉強したかった。知らないものが世の中にある、それが怖かったの」

 シウが目を丸くすると、彼女は戯けた風に笑った。

「閉塞的な里から出たいっていうのもあったわ。でもそれ以上に、知らないままで済ませる里の人を見下してた。そんなだからラトリシア人にいいように使われるんだ、って思ってた。もっと賢くならなきゃって」

 言いながら、プルウィアは資料を強く胸に抱いた。

「でも本当は怖かったの。姉さんの嘆きようも。だけど、それ以上にわたしは怖かった。だって、わたしは魔力量が多かったの。死んだ彼も多かった。だから、もしかしたらって」

「プルウィア」

「わたし、逃げてたのね」

 いろいろなものから――。

 小さく呟くと、プルウィアは俯いた。





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