423 実験に次ぐ実験と恒例の叱られ
魔力溜まりにリムスラーナの袋を置いていく。それぞれに術式を変えて、どうなるか実験してみた。
その結果は、他の場所と違って魔力溜まりの方が吸収速度が早いということだった。魔力の方が進んで向かうような気さえする。
無論、魔力にそんな意思はない。
これは濃度の問題だ。
たとえば魔力量が五十ある人間がいたとする。一晩寝れば大体は元に戻るものだ。
シウの基本の魔力量は二十だが、一晩でやはり元に戻る。それ以上は増えない。何故なら人族は器が決まっているからだ。
ここで、魔力量五十の人間が魔力溜まりで寝るとしよう。普通なら五十で止まる。しかし、その速度は早い。魔力溜まりの濃度にもよるが、数時間、あるいは数十分で満タンになる可能性だってある。
そこに、大人になっても器が徐々に広がる人間がいればどうだろう。
どんどん吸い取ってくれる器がある。しかも、魔力自体に「自然に広がる性質」があればどうだろうか。ないとは言えない。何故なら地中から出た魔力は空気と混ざり合っていくからだ。
そんな魔力が、留まりたくないのに地形など諸々の条件から淀んで溜まってしまった。そこに吸収してくれる器が現れる。
であれば、魔力は向かってしまうのではないか。
魔力とは地面から地上へと空気の中に溶け込んで広がる。そういう性質なのだ。
エルフの奇病の原因も、人族とは違った器のせいだったのだろう。たまたま体質的に受け入れやすい器を持っていた人が多くを受け取ってしまった。
実験と調査をすれば、今後は奇病を防ぎ治すことができるかもしれない。
しかしラトリシアのエルフは調査を受け入れないだろう。彼等は人族と触れ合うのを厭っている。
それならエルフ自身に託した方がいい。シウが一番に思い付いたのはプルウィアだった。彼女なら前向きに考えてくれるかもしれなかった。もちろんククールスにも話すが、里を抜けてきた彼では難しい。何よりも、彼は勉強が嫌いらしいのだ。
その後もリムスラーナの袋で魔力を長時間溜めておけるか実験を行った。これが可能となれば魔力庫の小型版が作れるかもしれない。
魔核や魔石でも代わりになるが使ってしまえば終わりだ。
シウが欲しいのは自然と魔力を吸収できる疑似的な器である。しかも外部装置として持っていられる魔力庫なら、魔素の暴走などで魔力が一時的に消えた時にも役立つはずだ。
いざという時の保険は幾らでも欲しい。
シウは黙々と実験を繰り返した。
残念ながら小型化までは行かなかった。リムスラーナの袋に溜めておくのは問題なかったが、大きさが問題だ。常に持ち歩きたいというのに、水飲み袋ほどの大きなサイズは邪魔でしかない。
幸いにしてリムスラーナの袋を糸で縫うのは問題なかった。そこに術式を付与することも可能だ。これは便利である。術式を直接付与できる素材は貴重だ。
更に袋に魔力を満タンにするとかなりの量になると判明した。予備で身に着けるのなら、もう少し減っても構わないのではないだろうか。
机上の計算ではあるが、腕輪サイズだと大陸内の転移が二回できる。海を越えてクレアーレ大陸まで行くのには全く足りないけれど、そんなことをするのはシウだけだ。必要ない。
とにかく、切り貼りして小さいサイズでも安定して使えるかどうかの実験がもっと必要だ。他に代替え素材がないかも調べてみたい。
袋を保護する「外側」も必要だ。袋が破れないよう守りつつ、魔力の吸収と放出を助ける素材。外部魔力庫になるのだから持ち主の器にスムーズに移行できなければならない。またそうした魔術式を付与できるだけの強力な素材でなければならなかった。
これは腕が鳴るぞ、とシウは益々やる気になったのだった。
夕方、皆と合流したシウは実験の結果を話しながら帰宅した。
しかし誰も話をちゃんと聞いてくれない。ククールスやアントレーネは元々、シウの勉強好きを「おかしい」と思っている。ロトスに至っては「変態」とまで言うほどだ。
けれど、同じ学校に通うレオンならば分かってくれるはずだと、彼に話を振ったのだが――。
「いや、悪いけど俺、それは理解できない」
「えっ」
「今まで、あえて突っ込まなかったけど、そういうこと外で言うなよ?」
フェレスに乗ったレオンが、ブランカの上のシウを見て言う。レオンはエアストを抱き直しながら目を細めた。
「そもそも外部魔力庫なんて考え、普通はしないからな? 前に話題になったのも、確かどこかの遺跡で聖遺物が見付かったって時だ。言っておくが『歴史』の時間に習った。『今』の時代じゃない」
「そういえば、そうだった、かも?」
「リムスラーナの素材だって問題だ。クレアーレ大陸にいる魔獣だろ? なんで、そんなもん使って魔道具作ろうとしてるんだよ」
「あ、でもそれはね――」
「そもそもエルフの魔力量が増える話とか、結構機密情報じゃないか?」
「うん。だから発表はしないよ。あ、話しているのもレオンだからで」
「そこはまあ、嬉しいっつうか。信じてもらってるんだなって、思う」
エアストを撫でてから、レオンはまたシウに視線を向けた。彼は無理なく騎獣を操れるようになっている。安全帯を付けているが、エアストを落とすことはないだろう。
「だけど、あんまりポンポン秘密を話すな」
「えっと」
「俺の中の常識がおかしくなるから」
そう言うと、シウの後ろに乗っていたロトスが声を上げて笑った。
「ははは! ほらな!」
「笑ってるけど、ロトスも変だからな?」
「うおっと、流れ弾~」
「そういうところだぞ? ったく。なんだよ、このパーティーメンバーは」
レオンがあらぬところに視線を向けて嫌そうに顔を顰める。それを見てロトスは「うひゃひゃ」と体を揺らして笑った。
「シウがリーダーだもんな!」
「おい、待てよ、その中に俺を入れるなよ?」
ククールスがスウェイの上で叫ぶ。それほど密集して飛行しているわけではなかったが聞こえたらしい。そして、ククールスと一緒に乗っていたアントレーネも口を挟んだ。
「あたしは変じゃないだろう!?」
「俺たちは普通人だぜ、なあレーネ」
「そうだよ」
二人がタッグを組んで話し出すのに対して、レオンが溜息を漏らした。
「はぁ……。あのさ、あんたらだって普通じゃねえ。ククールスは騎獣持ちの上級冒険者だ。三級だぞ? しかも稀少な重力魔法持ちときた。弓の腕前も、錘を使った攻撃もすごいじゃないか」
「おおー、褒められた! 褒められたぞ、なあ!」
「あんたは黙ってな。じゃ、あたしは? あたしも強いよ!」
アントレーネの中で、当初の「自分たちは普通だ」が「どれだけ強いか」に話が変わってる。シウは笑いを堪えてレオンの続きを待った。
「……あー。レーネは強いよ。ていうか、強いのは分かってるんだ。なんだよ、あの動き。あんな大剣持ってるのに山の中を縦横無尽に走るしさ。飛行板に乗りながら自在に魔獣を追ってる。すげぇ高さから飛び降りて一撃で殺すとか、有り得ないだろ」
「わっかるー」
とはロトスだ。相槌のように合いの手を入れて、シウの背中でケラケラと笑っていた。
(レーネ、やばいもん。あれに追いかけられたら誰でもチビる)
(前に隊商を襲った山賊も捕まえてくれたんだよね)
(そそ。助けた隊商側の護衛がドン引きしてた)
(あー。そうだったっけね)
レオンの説明に、アントレーネは満更でもなさそうな顔をして「ふふん」と笑った。
「とにかく、シウのパーティーはおかしいんだって」
「あ、俺も俺も!?」
「お前もだよっ!」
「いぇーい!」
「聖獣のくせに全然聖獣らしくないしな!」
「俺にとっては褒め言葉だぜ」
レオンが恥ずかしそうに視線を逸らした。前を向いて、フェレスの騎乗帯から伸びる手綱を握る。ロトスは何も言わなかったが、シウは背中越しに彼が笑っているのには気付いていた。嬉しかったのだろう。
少しして、レオンがチラッとシウを見た。
「一番おかしいの、シウだからな? 俺はこのパーティーで唯一の常識人だ。その俺が言うぞ。とにかく、あんまり変なことを外で言うな。あとな、普通は実験ってのは恐ろしく時間がかかるものなんだ。今日一日でそこまで進んだってのがおかしいんだから、それも覚えておけよ」
「分かった。ありがと」
「……おう」
レオンはやっぱり照れたらしく、また手綱を強く握っていた。
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