422 魔力の器と魔力溜まり
さて、休みももう終わりが近い。
シウはヴァルネリに借りた本をもう一度読もうと、風の日は研究に費やすことにした。
自分の中にある魔力を溜める器を意識する。エルフは人間と違って後天的に魔力が増える種族だ。彼等の器はゴムのようになっているのだろうと、本には書かれてあった。
推論だが、案外当たっているのではないかとシウは思っている。
エルフに多いという「魔力が突如増える奇病」についても気になった。魔力溜まりについてはまた今度調べるとして、この日は器を動かせるか試してみる。
「うーん、器があるのは分かるんだけどなー」
首を傾げていると、ジルヴァーも一緒に首を傾げる。
「ジルは分かる?」
「ぴゅ?」
「お腹にあるらしいよ、魔力を溜める場所」
こしょこしょすると彼女はきゃっきゃと喜んだ。そして逃げ出そうとする。捕まえず、したいようにさせていると、ひょこっと振り返る。追いかけてほしいような、追いかけられたら「こしょこしょされるかも」というドキドキ感があるらしい。
シウは素知らぬフリをして、それから「わっ」と声を上げて追いかけた。
「ぴっ!」
ジルヴァーはびっくりし、慌てて逃げ出した。追いつかれると「ぴゃあ!」と面白い声を上げる。けれど、シウに捕まるのは嬉しいらしい。きゃっきゃと楽しそうだ。
息継ぎができるぐらいで止めたが、ジルヴァーはしばらくハフハフと大きな息を吐いていた。
それを見ていて、こういうことかもしれないと思う。
「急に力が入ってしまって、体が追いつかないんだろうな」
この場合、対処の仕方はなんだろう。笑いすぎて苦しい時、気持ちを落ち着かせる方法は――。
「深呼吸かな」
すうーっと息を吸って、ゆっくりと時間を掛けて吐き出す。
緊張した時に深呼吸をするとリラックスできると、言われたことがある。手術の前に若い看護師さんが教えてくれたのだ。「大丈夫ですよ、お爺ちゃん。深呼吸してリラックスしましょう」と言ってくれた。手を握ってもらうと不思議に落ち着いたものだ。脈拍がすぐ元に戻り、異常を知らせていた音もあっという間に消えた。
「まずは落ち着いて、やってみよう」
目を瞑り、魔力庫から魔力を引き出してくる。自分の体の中にある器官を意識して集めていく。
すぐにいっぱいになった。徐々に広げてみると、意外と広がる。
ハイエルフの血を引くシウならできるかもしれないと思ったが、案の定だ。少しずつ少しずつ広げ、途中で止めた。
適当な魔法を使って自分自身の魔力を使い切る。魔力庫にはもちろん蓋をした状態だ。
「もう一度、広げてみようか」
何度もやってみる。器は、弾力があるゴムのようなイメージを持ったせいか、本当にそんな動きをしている気がした。
元に戻りもするし、広がりもする。続けていると少し緩みを感じた。完全に戻らなくなったのだ。
ゴムならば劣化しそうだから、シウは魔力器官については「胃」と同じだと思うことにした。胃は食べなければ小さくなり、鍛えれば大きくなるそうだ。もちろん誰もがそうではない。けれど、できる人もいる。これはあくまでもイメージのため。
魔力に関することは案外これが大事である。ゴムが破裂するなんて考えていると、器だって破裂するかもしれない。
胃のイメージが追いつかなくなれば、そのうちブラックホールなんてイメージもいいかもしれない。シウは内心で笑って、体内の魔力を繊細に動かせるよう瞑想を続けた。
そのうちに、器の予備が作れないか考えてみた。
なんとなくできるような気がしたのだ。
そもそも魔力庫だって、シウの内にあるようなものだ。空間庫は違う場所にあるというイメージが強いけれど、何故か魔力庫は内側にあった。
もう一つ作り上げても大丈夫な気がした。
「ちょっとだけ、試してみようっと」
ジルヴァーは遊びに飽きてしまって今は寝ている。彼女をベッドに移動させてから、シウはまた目を瞑った。
結果として、魔力を溜める器のようなものがもう一つ出来た。
魔力庫からも移動できるし、そこに第二の器として普通に魔力を溜めることも出来そうだ。自然と溜められるかどうかは寝てからになるが、予感はあった。
ちなみに、この日の訓練について、帰ってきたロトスたちに説明したところシウは大変怒られた。
「シウ、何やってんの!? バカなの?」
「お前、そんな恐ろしいことしてたのか……」
「シウ様、誰もいない時に変な実験するのはちょっと。何かあったらどうするんだい。ジルだって可哀想じゃないか」
「にゃにゃ!」
「ぎゃぅん!」
「きゅぃぃ」
フェレス以降は事態が分からないまま合わせて文句を言ってるに過ぎないが、他は真剣に怒っている。
スウェイは呆れているし、ここにレオンがいなくて良かったとシウは思った。彼はブラード家側に部屋があるため、こちら側に戻ってこないことも多いのだ。
シウは素直に謝ることにした。
翌日の光の日は、ミセリコルディアにあるシアーナ街道に向かった。そこで魔力溜まりを探してみるのだ。
実験の結果だが、やはりシウの想像した通りになった。ちゃんと二つ目の器にも魔力が溜まったのだ。魔力庫から流用するのも可能だったし、しっかりと溜めておける。
これを踏まえて、擬似的な器をリムスラーナの皮で再現してみることにした。シウの体内で実験すると怒られそうだからだ。朝のうちに急遽作ってみた。
道中、フェレスに乗ったまま術式を考え、そのまま付与した物を幾つか用意する。その作業の間、ロトスたちには白い目で見られてしまったが、こうなるととことんやってしまいたかったのだ。
ミセリコルディアの森へ到着すると依頼を先にこなした。その後でシウだけ抜ける。別行動が多すぎるが誰も非難しない。いつものことだと「どうぞどうぞ」である。誰も気にしていない。レオンだけは呆れた様子だったけれど、彼も慣れてきたらしい。残ったメンバーにも教わることが多いからと見送ってくれた。
シウはジルヴァーも預け、一人だけで飛行板を使って森の奥へ進んだ。
魔力溜まりを探すのだから危険もある。同行者はいない方がいい。
ロトスには簡単に説明していたが、他のメンバーには詳細まで教えなかった。ロトスが「よく分からん」と言っていたのもあるし、下手な説明で心配ばかりさせてしまうのは本意でない。
いつもの「一人で実験をしたい」で納得してもらった。
魔力溜まりは小さいものなら意外と見付かる。
小さいうちはさほど問題にならない。
けれど、増えれば力になる。力は力。ありすぎる力は弊害にしかならない。このせいで魔獣が生まれ、また彼等の繁殖力が高くなるのだ。
エルフにとっては奇病の原因にもなった。
実際に、そうだと断言できる気がした。シウは魔力溜まりの前で、リムスラーナの袋を手にして思った。
山中にある魔力溜まりは窪みに、文字通り溜まっている。
地面から自然と溢れ出てくる魔力は空気中に溶け込むように消えていくものだ。自然すぎて、魔力の存在など誰も気付かない。
酸素と同じだ。誰も酸素の味や気配など感じはしない。
魔力は普段は誰にも気付かれない存在だが、濃厚になれば分かる人もいる。
シウももちろん濃厚な気配に気付く。
黒の森にも入ったシウだ。魔力の気配には敏感だった。
「森に魔獣が多い理由が分かった気がするな」
森は平坦ではない。へこみは必ずある。死角もあれば穴だって。
そんなちょっとしたところに、魔力は溜まる。
特に鬱蒼とした森ならば、まるで遮られたように魔力は留まってしまう。発散されずにゆっくりと動き、やがて何かのきっかけで底に溜まってしまうのだ。
小さな場所のそこかしこで、普通なら脅威にはならない程度のものが偶然集まって固まる。それが魔力溜まりだった。
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