421 祝福とお昼寝タイム
フェンリル三頭は空気を読んでか老獣たちに遠慮してか、少し離れた場所に座った。
というのもシュヴィークザームがエアストを見たからだ。エアストも「きゅん!」と鳴いた。
レオンは聖獣の王を前に畏怖と尊敬の念で膝を突いていた。けれど、イグに出会った時のような恐怖に近い畏怖ではなかったようだ。さすがにあれを経験したら、シュヴィークザームぐらい平気らしい。
そんなことをシュヴィークザームに言うと怒られそうなので、シウはもちろん黙っているが。
「それが、シウのパーティーの新しいメンバーか」
「人間の方がレオンで、フェンリルがエアストっていうんだ」
「ふむ。こちらへ」
レオンがチラッとシウを見たので、頷いた。彼はおそるおそるエアストを抱いたまま近付いた。
「……良い子だ。なかなか肝の据わった幼獣であるな。まるでブランカのようではないか?」
とは、シウに向けてだ。シウは笑った。
「ブランカほど無鉄砲ではないと思うんだけど」
「それもそうだ。しっかり者の気配もある。なるほど、先輩を真似るならクロが良いぞ。フェレスやブランカに似ると少々まずい。良いか? 分かったな?」
「きゅん!」
「うむ、良い返事だ。では良い子には我から祝福を与えよう。お主の道に幸いがあらんことを。自らの
「きゅん!」
よしよしと、満足そうに頷く。シュヴィークザームは偉そうな姿のままエアストの頭を撫で、それからレオンに視線を向けた。大事にするのだぞ、という意思が瞳に現れている。レオンは間違いなくそれを受け取り、しっかりと頷いた。
「愛情をもって育て、共に生きていきます。聖獣の王シュヴィークザーム様に誓います」
そう、言葉にもした。
シュヴィークザームはやっぱり偉そうに「うむ」と返事をして頷いたのだった。
フェンリル三頭とエアストへの祝福が終われば、あとはもう用事が終わったとばかりにシュヴィークザームはだらけてしまった。
いつものように、のんびりとソファに横たわる。
老獣たちはそれでも構わないらしい。幸せそうにシュヴィークザームを見ていた。時折語られるシュヴィークザームの妙な話も楽しそうに聞いている。
「我が作ったシュークリームはまこと、喜ばれておってな。特にロシアンルーレットという遊びが――」
「がうがう」
律儀に相槌を打つのは三老のひとりセナルだ。ティグリスの彼は一番最初に入ってきた三頭のうちのひとりだった。皆をまとめているので性格が真面目なのだろう。
見ていて不安になったシウは、シュヴィークザームの補佐としてプリュムを推した。プリュムならシュヴィークザームに慣れている。
「翻訳してあげてね」
「翻訳? シュヴィ様の言葉は通じるよ?」
「シウ、それはまずいって」
「じゃあ、ロトスしかいないね」
「まあ、そうだろうな。ここで一番まともなの俺だけだもん」
「大きく出たね」
「いや、マジで。フェレスやブランカに任せられるか? 天然っこのプリュムが普通に通訳できる? 相手、あのシュヴィ様だぞ。天然に天然を掛け合わせたらどうなることか……こわいこわい」
ロトスはぶるぶる震えるフリをして、シュヴィークザームのところへ行ってくれた。
エアストが走り回るのを見て、慌てるのはレオンと若いフェンリル三頭だけだ。
他はほのぼのとした視線でエアストを見ている。
それらを横目に、シウは保育園から出てきた子供たちと遊んだ。きゃっきゃと騒ぐ子供たちに興味を持ったフェンリル三頭もやって来る。釣られてエアストもとてとて歩いてきた。
「ちっちゃーい」
「わんわん!」
「そうだねえ。わんわんだね」
「いや、犬じゃねえだろ」
「あ、ロトス。あっちはもういいの?」
振り返るとロトスが立っていて、シウは彼の後ろに視線を向けた。シュヴィークザームを中心とした妙な空間ができている。
「俺、もう投げることにした」
「何かあったの?」
「シュヴィ様、嘘ばっかり言ってるぞ。そのせいで人間の間ではロシアンルーレットが流行ってるって、受け取られてる。それも変な味のが受けるとかさ。あれ絶対信じちゃったぞ。俺はもう知らん」
「プリュムがいるから――」
「大丈夫だと思うか? プリュムときたら、わーすごーい食べたーい、って一緒になって騒いでるぞ。いや、あれは煽ってるな。そのうち養育院で変な遊びが流行りそう。俺は辛子入りのクッキーとか食べたくないからな」
「あはは」
笑い事じゃねえ、と言いつつ、ロトスの顔は笑んでいた。
子供たちと遊びながら、シウは三老を中心とした養育院の希少獣それぞれにも声を掛けてみた。最近の養育院の様子についてだ。
すると、誰も問題ないと答える。保育園が併設されているため多少騒がしくなった。けれど、おやつの時間にやってくる小さな子たちにとても癒やされているそうだ。
その後、一緒にお昼寝をする。ふさふさの騎獣は尻尾であやしてあげるらしい。
寝返りを打てなくなった騎獣は安心だが、比較的まだ動ける騎獣は子供たちから少し離れているのだと寂しそうに語った。
職員も手伝いの若者もいるのだから大丈夫なのに、気遣いの心が深い。
安全対策については、魔道具をたくさん用意しているため問題はない。が、気を付けようという気持ちは大事だ。
小さな子たちが遊び疲れてうとうとし始めたので、気温を確認してから外で寝かせることにした。
保育係の女性たちが毛布を持ってくる間に、シウは絨毯を敷いた。ピクニックシートの代わりだ。その周りに老獣たちがやって来てごろんと横になる。風除けのつもりらしい。そのまま彼等も寝てしまった。
眺めているとシウも眠くなってきた。
「僕も寝ようかな?」
「宣言しなくても寝ていいんだぜ。子供は寝ないとな!」
「僕、もう成人したんだけど」
「身長はまだまだだけどな!」
シウが返事をしないと、ロトスはシュヴィークザームのところへ走って行ってしまった。
シュヴィークザームはシュヴィークザームで、どうやらお昼寝タイムらしい。老獣何頭かと一緒に寝ている。プリュムもシュヴィークザームの足の上に頭を乗せていた。眠気に耐えられなくなったようだ。
今日は昼寝日和だ。
シウはふわぁと欠伸をして、一緒になって眠りに就いた。
屋敷に戻ると、今日の成果を各自から聞く。フェレスもブランカもどれだけ魔獣を狩ったのか話が尽きない。
アントレーネも同じなので、ひょっとすると全員同じタイプかもしれなかった。彼女は一通り語り終わると、ブラード家へ戻っていった。赤子たちにも聞かせるらしい。
ところで、赤子はもう赤子とは呼べないほど大きくなった。幼児に近い。歩くというよりは走れるし、お喋りもするからだ。ブラード家と繋がる渡り廊下は彼等のいい運動場所になっていた。リュカがよく三人を走らせている。適度に動かして疲れさせようという作戦らしい。
もう少し大きくなれば、保育園へ預けようかという話もしていた。
今も預けていいのだろうが、言い聞かせて聞くような年齢ではない。力の強い獣人の赤子三人と、人間の幼児たちでは加減が違う。しばらく様子見しようと話し合っていた。
何よりもサビーネたちが三人と離れ難く思っている。仕事が忙しいわけでもないからこその「様子見」だ。
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