420 楽しい生産作業と夜更かし禁止、慰撫
翌日も冒険者の仕事を受けたが、途中からシウだけ別行動をとった。
蜘蛛蜂の素材で毒でもろ過できる水筒を作るのだ。せっかく仕入れたのだからと、いそいそ生産に入る。ロトスたちには白い目で見られたものの「まあ、シウだしな」の一言で許された。レオンについてはククールスが見てくれることになった。
アントレーネとロトスは級数を上げたいということで二人して競争のようにミセリコルディアの森へと入っていく。
フェレスとブランカはいつものように遊び感覚で二頭一緒に森の奥へすっ飛んでいった。クロは連絡係としてレオンのところに残るようだ。各自やりたいようにやっている。
その最たる者がシウだ。
さて、毒を除去する方法は実はいくらでもあった。「浄化」の上位版でも構わないし「抽出」という方法もあるだろう。けれど、ろ過装置というのはあまりない。
そこで蜘蛛蜂だ。蜘蛛蜂には致死毒があるが、彼等自身に毒は浸透しないようになっている。針に供給する毒袋が体を守っているからだ。ギガスラーナの頬袋と同じである。
その皮が毒を遮断していた。とはいえ完全にではない。毒を作る器官と繋がっており、徐々に毒を集めて毒袋に溜めて濃くしていることからも、濃くするための要素が皮にある。これが、ろ過装置として役立つのか実験を繰り返す。
たとえば薄くのばした毒袋の皮を重ねる。それによって水分をより多く濾過できるが、毒を通してはいけない。泥水を飲める水に変えるためのろ過装置があるが、あれを真似て荒目の布も重ねて補強していく。組み合わせ、重ねる場所によって結果は違った。
何度も実験した結果、この皮では大事なミネラル成分まで失われると判明した。清らかだから体にいいとは限らない。ミネラルなどの成分もまた体には必要となる。
ならば、足せばいいだろうとシウは考えた。
「どうやって足そうかな。水筒の底にミネラルタブレットを仕込むとか?」
魔術式を付与してミネラル成分のみを透過させるより、タブレットを入れる方が最終的には安上がりかもしれない。
ともあれ、毒水でもろ過できる水筒の形だけはできた。あとは耐久実験と商人ギルドでの確認作業だけだ。シウは試作品を前に満足げに息を吐いた。
その日のうちに、ろ過水筒の特許申請を商人ギルドに提出した。ミネラル入りタブレットを定期的に入れた方がいいが、これにより毒水でも飲めるようになる。危険な地域へ行く冒険者のお供になればいいと、折りたたみのカップサイズにした。タブレットも薄型にしている。
このタブレットのレシピは簡単にした。林程度の場所でなら採れる素材ばかりだ。薬師見習いがお小遣い稼ぎできる。基本レシピのため、追加で蜂蜜を使って甘めにしてもいいし、夏場は塩を足すなど各自で自由に作ればいい。
まだ試行錯誤できる部分は大いにある。特許申請したため、これを見た誰かがよりよく改造してくれるかもしれない。なかなか上手くいかなかった作業だったが、シウはワクワクしていた。次に何を作ろうかと考えるだけでも楽しい。
そんなものだから、家に帰ってもまだごそごそと作り出したのだが――。
「シウ、お前また遅くまで起きてるのか?」
「いい加減やめろよー」
と、ククールスとロトスに注意されてしまった。シウは素直に寝ることにした。
土の日も各自自由に動くことにした。
というのもシュヴィークザームが養育院に視察すると決まったからだ。シウとロトスは当然行く。もちろんレオンも誘った。
「お、俺も行っていいのか?」
「もちろん」
エアストに祝福をもらうのがメインだ。そんなことを言うとレオンが益々神妙な顔になるだろうから黙っておく。
そうして、ぞろぞろ養育院へ行くと。
「プリュムも来たんだ? あ、ルダも」
(シウ、その言い方ヤバい。まるで『ついで』だぞ)
(あ、そうか――)
(間違っても謝るなよ?)
(……うん)
(謝ろうとしたな?)
(だって)
(相手が流してくれてんだから止めとけっての)
などと話しているうちに、スヴェルダがにこやかにレオンと挨拶している。互いに戦術戦士科にいるため、仲良しとまではいかないまでも普通の会話はあったようだ。当たり障りのない内容ではあるものの互いに笑顔だった。
それが変わったのは、スヴェルダがレオンの腕の中を見てからだ。
「その子が君の騎獣か。近くで見たのは初めてだけど、とても可愛らしい。それに瞳がいいな。幼獣ながら、しっかりと人の様子を観察している。この子はきっと良い騎獣になるだろう」
「……はい! うちのエアストは俺よりも落ち着いていて、恐い魔獣を前に立ち向かおうとしたぐらいなんです!」
実際その時のエアストは震えていたが、それでも目を逸らさずに魔獣を見ていた。彼は先輩騎獣の様子も観察し、やがて興奮で尻尾をわさわさ振っていた。小さくて可愛くとも、騎獣の一員である。
そんなエアストを自慢するレオンに、スヴェルダは何度も頷いた。
二人は互いの希少獣について語り合う楽しさから、仲良くなれたようだった。
それはそうと、シュヴィークザームだ。彼は先に案内されており、中庭に何故か置かれた長椅子で偉そうに座って待っていた。
「遅いではないか」
「シュヴィは相変わらずだね」
彼の周辺には老獣たちが寄り添うように寝そべっている。歩くことのできなかった老獣は中庭が見える部屋から一心にシュヴィークザームを見つめていた。彼等の瞳には強い憧れや、尊敬の色が見える。
「シウが来ぬのではフェンリルどもに会えないではないか」
「別に先に会ってもいいんだけど?」
「何を言うか。シウが傍にいてやらんでどうする」
「……そういうところ、シュヴィは優しいよね」
「我は心優しき聖獣の王だ」
ふん、とふんぞり返って言うのでシウは笑った。本当にこの聖獣の王は可愛くて面白くて、素晴らしい。
老獣へ向ける視線はどこまでも優しいし、彼等を慰撫するために面倒くさがりのくせしてわざわざ来たのだ。
そんな話をしているうちに、フェンリル三頭がやって来た。
おどおどとした様子だ。けれど、プリュムを見て、それからシュヴィークザームに気付くと自然と頭を垂れている。
本能が告げるのだろう。
「そんなところで立ち止まるでない。さ、若いのだから、こちらへ寄るがいい」
「がうっ」
ゆっくりと近付いたフェンリルたちは、寝そべる老獣たちを踏まないよう慎重に進んだ。
シウはホッとした。彼等はもう善なるものへと戻ったのだ。いや、元々悪に染まっていたわけではない。主である男たちの悪事に心を痛めていただろう。ずっと辛かったに違いない。
シュヴィークザームが手を差し伸べ、一頭ずつの頭を撫でた。
「気付いてやれんで申し訳なかった。これからは善き生き方ができるようにな。我も取り計らってやろう」
「「「がぅぅぅ」」」
フェンリル三頭から、感謝と尊敬と安堵の気持ちが流れてくる。それぞれが幸せな心地になったようだ。
これから調教をやり直すことになるけれど、彼等が望む幸せの形に持って行けたらいい。たとえば以前ここにいた十五頭の騎獣たちのように。
きっと、見付かるだろう。
もっとも、シュヴィークザームがやるわけではない。案の定、彼はこう言った。
「そこのシウに任せれば万事上手くいく。良いな、お前たち」
「「「がう!」」」
シウは苦笑で、引き受けたのだった。
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