419 温室増築とスウェイのお願い




 ところで、せっかく増築して個人部屋まで作ったのに、何故か広い居間で雑魚寝することになった。

「レーネはそろそろ個室で寝た方がいいんじゃないかな?」

「なんでだい? あたしだけ除け者なんて――」

「そういう意味じゃないんだけど。ほら、レーネも年頃なわけだし」

「あたしが年頃だって? あはは! シウ様でも冗談を言うんだねぇ!」

 冗談ではないのだが、アントレーネはまるで気にしていない。

 ちなみに、彼女を個室へ向かわせようと言い出したのはロトスだ。彼自身の問題ではない。そうではなく「ここには健康な男子が何人もいる」から「さすがにまずい」と思ったらしかった。

(あ、ダメだ、これ。シウが言っても無理だったな)

(レーネ、僕のこと男と思ってないからね)

(つーか、お前だけじゃなくてさ。ククールスの兄貴もひょろっとしてるからなぁ。見るからに草食系だし。中身は肉食系つうか、案外エロ好きオヤジっぽいんだけど)

 驚くことを言うので、シウは訝しんだ。

(ククールスが?)

(あ、シウ、疑ってるな? 俺は兄貴にお姉ちゃんのいる店に連れて行ってもらった男だぞ)

(ああ、そう言えば……)

 シウも一緒に行ったことがある。その時は店のママと人生相談をして終わった。なるほど、彼等はニヤニヤ笑いながら女性たちとの会話を楽しんでいた。

(でもさ、シウや兄貴はともかくとして)

 ともかく、とはなんだ。シウはロトスに視線を向けたが、彼はレオンやバルバルスを見ている。

(あそこは健康な男子じゃん。レオンはむっつりっぽいけど。バルバルスは健康的になったしなー)

 言われてみれば、バルバルスは痩せ細っていた頃から比べると元気になった。

 元々、彼はハイエルフの中でも完全な男性体であり、がっしりとしていた。その頃と同じ、いやもっとしっかりしてきている。

(分かった。もう一度、レーネに言ってみる)

(任せたー)

 シウは自信がないまま、アントレーネの傍に寄った。


 結果として、シウはアントレーネと一緒に寝ることになった。

 エアスト以外の希少獣を引き連れて個室でごろ寝だ。だから色っぽい話ではない。

 アントレーネが除け者扱いされて寂しいと思うのもシウは理解できる。だから希少獣たちと一緒に寝ようと声を掛けてみた。

 彼女が寝入ってからシウだけ抜け出せばいいだろうと思っていたが、ジルヴァーにしがみつかれ、フェレスとブランカにも邪魔されたので諦めたというわけだ。

 ちなみにクロは早々にスウェイと一緒に巣作りして寝ていた。寝相の悪いフェレスとブランカより、落ち着いて寝ているスウェイを選んだらしい。彼なりの、スウェイと仲良くなろうとする気持ちからかもしれないが。




 翌日はジュエルランドの近くで狩りや採取を行った。

 途中、シウだけ水晶竜と竜苔の栽培の様子を見に行ったが、どちらも問題はなかった。というよりも順調だ。子供たちの成長もそうだし、竜苔の採取もそろそろできそうだ。

 竜苔は名前の通り「苔」だから、本来は育つのに時間がかかる。ところが魔素が充満していることや環境が良かったらしい。囲いのない、むき出しのところに植えたもの以外は生育が早い。むき出しのところでさえも育ってきている。

 となれば量産態勢に入っていい。シウは育てる場所を増やすことにした。悪い癖だが、もしもの時のことを考えて溜めておきたいと考えたのだ。

 幸いにして、ウィータゲローには誰も来ない。水晶竜たちは地下の穴で暮らしている。地上部分は好きにしていいというお墨付きももらっていた。

 これだけ揃って、シウが自重するはずがなかった。

 存分にある資材を空間庫から取り出し、辺り一面に温室を作った。

「よし。これで竜苔の栽培は問題なしと。『黒壁の泉』にある竜苔はまだまだ十分にあったけど、取り尽くすのは良くないからね」

「ぷぎゅ」

「ジルもそう思う?」

「ぴゅ!」

 シウは笑って「よしよし」とジルヴァーを撫でた。



 ジュエルランドへ戻ると、バルバルスがレオンにいろいろ教えているところだった。レオンはイグにはまだ慣れないようだが、この場所自体には少し馴染んだようだ。

 この日は王都に戻るため、イグに挨拶してからミセリコルディアの森の入り口付近に《転移》した。そこからフェレスたちに分乗して、街道の上空を確認しながら飛ぶ。幸い、様子のおかしいところは街道沿いにはなかった。

 冒険者ギルドで精算を済ませると、待ってましたとばかりに冒険者たちが声を掛けてくる。情報交換の時間だ。全員でまた居酒屋へ行く。

 レオンはエアストを連れているため悩んでいたものの、ジルヴァーが冒険者に馴染んでいる姿を見て納得したらしい。ついてきた。

 店ではジルヴァーが冒険者たちに抱っこされて平然としているものだから、レオンの肩から力が抜けたようだった。それにエアストをレオンの目の届かない場所へ連れて行く不届き者はいない。皆、彼の目の前でふんわりと撫で「ありがとうよ」とお礼を言う。

「騎獣はやっぱりいいよなぁ」

「欲しいなー」

「この間、上級冒険者のパーティーがシャイターンで買ってきたってよ」

「やっぱり上級にならないとな」

「今の稼ぎじゃ無理だぜ」

 欲しい、だけでは育てられない。

 羨ましがる冒険者たちに、シウは何度か「必要経費」について話したことがある。彼等は真剣な表情で話を聞き、そのほとんどが諦めた。諦めなかったのは上級冒険者だけだ。

「万が一、病気や怪我で働けなくなっても育てられるだけの金を持っていないとな」

「俺、最近ちゃんと貯金してるぞ」

「偉いじゃねえか!」

「シウが老後のために金を貯めろってうるさいからな」

 などと笑っている。

 そんな彼等にロトスが何やら話かけた。

「あいつってば、何かっていうと老後の資金の話だもんな!」

「ははは! お前も言われたのか?」

「言われたー。だから貯めてる。ギルドでも褒められた」

 へっへっへーと嬉しげに答えている。すると中の一人、ロッカが顔を顰めた。

「いいなぁー。俺、最近あんまり貯金できてないんだよ」

「なんでさ」

「ほら、この間の魔獣の死骸の片付け。あの魔核が状態良くなくてさ。片付けやらされて、魔核の買取額低いんじゃ散々だぜ」

「あー、あれかー」

 ロッカのぼやきに、他の中級冒険者たちが慰め始めた。

「あれな、シウたち上級が片付けてくれたらしいからよ。そろそろ普通の依頼が入ってくるさ」

「そうだといいんだけどさぁ」

「まあまあ。ぼやくなって。ほら、飲め」

 ロトスも一緒になって慰めている。

 シウは彼等から視線を外し、エアストの方を見た。

「きゅん!」

 尻尾を振って楽しそうだ。この雰囲気に慣れてきている。元々、大勢の中で育った子だから動じないのだろう。レオンもホッとしているし、こうして徐々に外に慣れていくといい。


 シウたちが健全な話をしている間、アントレーネはやはり飲兵衛の冒険者組と飲み比べをしていた。ククールスは男たちと何やらこそこそ話している。たぶん女性の話だろう。いつもの光景だ。

 テラスでも希少獣組がきゃっきゃと楽しそうに遊んでいる。違うのはスウェイがじゃっかん困った様子でお子様組を見ているぐらいだろうか。

 初夏なので気温は高く、店の騒がしい雰囲気に希少獣たちも釣られているようだ。食後まったりするかと思いきや、今日は各自の獲物について楽しそうに語り合っている。

 スウェイは何も言わないが、彼も希少獣だけあって光り物が好きだ。ククールスによると、こっそり見付けてきたものを「もじもじしながら」持っていてほしいと頼んだそうだ。咥えたまま飛べないから、というのが頼んだ理由だ。もし魔獣が現れたらスウェイは倒すだろう。その時に宝物を諦めたくない。そうした執着が彼にもあるのだと知って、ククールスは嬉しくなったらしい。

 シウも話を聞いた時、嬉しかった。

 だから、希少獣組が「にゃーにゃー」「ぎゃぅぎゃぅ」と話しているのを、スウェイが「自分は全く興味ありません」という顔で見ているのが面白かった。シウは微笑んで彼等の様子を眺めた。




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