418 レオンとバルバルス




 ブランカによる雑な紹介で、スウェイはイグとなんとか挨拶を終えた。

 イグは慣れたもので適当に名乗った。

 ちなみにバルバルスも傍にいる。彼のことも雑に紹介しているが、逆に考えると「あのブランカが紹介をした」のだから、すごいことだった。


 レオンは一時間かけて、気力を取り戻した。

 バルバルスが心配したのか近寄ってきた。

「あの、俺も……。最初、とても怖かった。怯えて、吐いたんだ」

 レオンがバルバルスを見上げる。

「恥ずかしいことじゃない。だから、その、なんだ。シウに手を握ってもらうといい」

「……手を、握ったのか?」

「握ってもらった」

「そう、か」

「最初は抵抗があったが、そんなもの、あの威力の前では無駄だ。と、思う」

 こちらも「あの」バルバルスが、助言をしている。

 随分成長したと、シウは内心で思った。ロトスがまた変な念話を送ってきたが、無視だ。彼はたまに壊れる。

 今回は(シウがおふだ扱いになってる!)と叫んでいた。他にも(ヌイグルミかも! 毛布だったりして!)と飛んでくる。

 すぐに念話が止まるのもいつものことだ。

 そうこうしているうちに、レオンは決心したらしい。

「シウ、手を」

「はいはい」

「俺も握っててやろうか?」

 とはバルバルスだ。どうしたことか、とても親切である。シウがバルバルスを見ると、彼はそっぽを向いた。

「……あの時のことを思い出したんだ。可哀想じゃないか。だから」

「ああ、うん。別にそれはいいんだけどさ。バル、優しいねえ」

「そっ、そんなんじゃない!」

(ツンデレだ、ツンデレだー!)

 ロトスの念話が響く。今度は指定できなかったらしく、イグも完全に拾ってしまったようだ。

([またそれか。お主はツンデレが好きだの])

「イグ様、俺はツンデレが好きなんじゃないの。発見したら面白いから指摘してるだけなんだ」

([さようか])

 ふたりの会話はレオンにも届いていた。レオンは目を丸くして、シウとバルバルスを見た。バルバルスは苦笑で頷く。どうやらレオンの言いたいことが分かるらしい。

「あんな感じなんだ。気にするだけ、損だ」

「そうか」

「そうだ」

 何やら分かり合っているレオンとバルバルスの仲が良さそうで、シウの出番は必要ないらしい。そう思ったが、レオンが手を差し出してきたので握った。

 エアストが「くぅん」と鳴く。シウはエアストをレオンに渡した。バルバルスは彼の背中を押す形で手を添え直していた。


 その後の挨拶ではガチコチに緊張していたレオンだが、やがてそれも落ち着いた。

 イグも怖がっている相手に近付くような真似はしないから、ふたりの間に距離はあるものの問題はない。

 というわけで、彼等の真ん中に陣取って晩ご飯の準備だ。

 バルバルスとロトスを手伝いにして、シウが作る。

「今日は枝豆とトウモロコシのかき揚げを作りたいから、揚げ物メインにしよう」

「やった! 俺、唐揚げ」

「はいはい。リムスラーナのでいい?」

「火鶏のも食べたい」

 というロトスの要望で、人気のある唐揚げの準備を始める。バルバルスは何も言わないので、シウが根気よく聞き出すと「カニを……」とのことだった。

 前にロトスがカニの話をしたため、カニに対する思いが深くなってしまったようだ。一度、食事に出した時も食いつきが良かった。

「分かった。じゃ、ペルグランデカンケルにしよう」

「おー!」

「マジか、やった」

 ロトスもククールスも大喜びだ。アントレーネなど尻尾が揺れている。

 そしてレオンはといえば。

「……待て。ペルグランデカンケルだと? 伝説の魔獣ではなかったか?」

「ああ、うん。そうだね」

 適当に返事をして、シウは早速天ぷら粉を用意した。カニの身を天ぷらにしてサッと揚げるつもりだ。どうせなら他の食べ方も披露しようと、キュウリを取り出して酢の物にするなど手際よく用意していく。

 ふと、レオンが固まっているのに気付いて顔を上げた。

「どうしたの?」

「いや。そうだな。もう、俺は何も言わない。言わないぞ」

「ああ、うん」

「悪いが、少し座って休んでいてもいいか? 後片付けは俺がやるから」

「片付けなら俺がやるぞ」

「バルバルス、それは有り難いが、片付けは下っ端の仕事なんだ」

「俺も下っ端だ」

「そうか……」

「そうだ」

 やはり、二人は仲が良い。

 シウはにこにこ笑って二人を眺め、それからすぐに調理へ意識を戻した。



 イグの小屋が手狭だったため、食べ終わると増築作業を始めた。片付けはレオンとバルバルスに、希少獣の相手はロトスに任せる。エアストがまだイグを恐れているため、イグはシウと一緒にいた。

 最近シウは思うのだが、イグは案外気遣いをしてくれる。最初の頃は泰然として、人間など他の生き物に対する態度は薄かった。けれど関われば関わるほどに、細やかな心遣いが増えてきた。それが何やら嬉しい。

([何をニヤニヤ笑っておるのだ?])

「なんとなく、嬉しくて」

([思い出し笑いは『スケベ』と言うのであろう?])

「また変な言葉を。ロトスだね」

([うむ。他にも何やら言うておったが。シウにはこれが通じると言ってな])

「そういうところは特に気が回るんだよなあ」

 苦笑すると、イグもきっきぃーと鳴いた。笑ったようだ。

「……バルのことを任せたり、こうして遊びに来たりして、本当はどう思ってる?」

 ふと気になって聞いてみた。

 バルバルスのことについては問題ないと話していたが、改めて今のこの状況についてどう思っているのか気になったのだ。

 彼が気遣いをもって接してくれているからこそ。

 イグは少し考え、きっきぃーと鳴いて教えてくれた。

([何、楽しいものよ。面倒なと思うこともあったがな。宝物だけを愛でる日々も良い。だが、それでは『生きている』とはいえない。ロトスがな、言うておったのだが――])

 ロトスはバルバルスが寝てから、何度かイグと話をしたらしい。

「一人で生きることはできても、本当の意味で『生きている』とは言えないんだ。そりゃあさ、打ちのめされて一人になることを選ぶやつもいるだろうけど。でもできたら、誰かと一緒に笑ったり話したりしないと。なんだろうな……。壊れていくんだと思う。寂しいってことに気付かないのは、本当に寂しい」

 と。彼が何に対してそう思ったのか、それは分からない。

 けれど、その話を聞いて、シウは納得できた。

 同時に、かつてのシウは寂しい人間だったのだと思った。

([やつめ、わしにこう言いおったのだ。『俺が死ぬまで何度でも遊びに来るから!』とな。シウ、お前のようではないか?])

「……そうかな」

([そうだとも。全く、お主ときたらこちらの都合お構いなしに突然やって来るのだ])

「あ、ごめんね?」

([ふん。わしほどになれば、突然来られても平気だがな!])

 少し照れたような口調で、シウは内心で笑った。これは「デレた」のだ。ロトス風に言うならば。

([……ロトスはこうも言ったぞ。『シウが頑張って子孫を作るだろうから、その相手もしてやってよ』と])

「そんなこと言ったの?」

([その後に『だけど、あいつデリカシーに欠けるから結婚相手を見付けるまで時間かかると思うんだー』とも言っておった。ま、長い目で見ろ、というわけだ])

 シウは半眼になってイグを見た。

 それから、内心でロトスに対して言い返す文句について考えた。しかし。

([お互い様だの])

 イグに先に言われてしまい、シウは黙ることになった。

 仕方ない。シウは、肩を竦めて答えた。

「いつかできたら、それでいいよ。僕だって成長はしてるんだ。いつかはね」

 なにしろシウは、寂しいという感情を覚えた。

 一人では何もできない、ということも学んだ。

 誰かと寄り添い、大事に思い合う。それが人生においてどれほど素敵なことか。

 時間はかかったが成長してきた。

 ならばいつかは、きっと。

 イグはきっきぃーと鳴いて([頑張れよ])と念話で告げた。






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発売記念としてSSを投稿してます

https://kakuyomu.jp/works/1177354054884453794

リュカのお話です




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