401 里帰りとお茶会の話題
アルゲオが何か言いたそうにして、でも言えないといった面白い表情をしている。それを眺めながら、シウは返した。
「シュタイバーンへの行き来でしたらご一緒できますよ。護衛がてらにちょうどいいですし、一緒に参られますか?」
「……まあ、よろしいの?」
「もちろん」
「でしたら――」
「わっ、わたしもご一緒していいだろうか」
「アルゲオは大所帯になるんじゃないかな。こちらは少数精鋭で飛ぶんだけど」
「いや、わたしも少数で飛竜に乗ろうと思っているんだ」
「え、アルゲオ様」
従者代わりの騎士が驚いた様子だったのを視線で止め、アルゲオはゴホンと咳払いしてカルロッテに「ご一緒してもよろしいでしょうか」とお願いしている。
周囲の人のほんのりとした笑みに気付いていないあたり、アルゲオは相変わらず舞い上がっているようだ。シウのような鈍感でも気付くくらいだ。当然、他の生徒たちは分かっている。
皆、優しいというのか柔らかい視線で見ていた。
それはそうと、カルロッテの冒険者ギルド初仕事は秋以降にしよう、ということで仮決定した。
冬に冒険者の数が少なくなるため、ルシエラ王都では魔法学校の生徒の手伝いは冬に最も求められている。その説明をした上で、秋から動き始めようと提案した。
秋には角牛狩りも行われるだろうから、案外楽しいかもしれない。
そうした話題は他の生徒も興味があって、皆でわいわいと楽しく過ごした昼休みだった。
カルロッテとは他にもお茶会の話題が出た。
アルゲオが別件で席を外したため、急いで話を振ったのだ。何故そうしたのかは――。
「ええ、お誘いがございました。もちろんお断りすることはできませんので伺いますけれど、相談できる方もいなくて困っておりました。その、アルゲオ殿へは届いていないようなのです」
「そうでしょうねー。あ、でも、僕も一緒に行く予定なので。それにシュヴィは、じゃなかった、聖獣の王は気さくな方ですよ。書いてある通りの服装コードで問題なしです」
「まあ……」
彼女は目を丸くして、それから護衛のアビスと顔を見合わせている。侍女のマリエッタはクスクスと笑っていた。シウの物言いがおかしかったらしい。
シウも一緒になって笑うと「そうだ」と思い出したことを口にした。
「もし手土産を考えているのなら、王都の有名な高いお菓子よりも変わったものの方がシュヴィは喜びますよ。それこそ食堂で売っているスイートポテトの方が嬉しいでしょうね」
やっぱりアビスと顔を見合わせて驚いている。マリエッタだけが身を乗り出して、本当ですか? と尋ねてきた。そうした手配はマリエッタの担当なのだろう。
シウはそうですそうですと頷いて、続けた。
「町で売っている飴でも問題なしです。とにかく、高級菓子は献上品などで飽きているみたいだから。それに自分でも作るので、むしろ変わったものの方がいいです」
「探してみますわ!」
「頑張ってください。って、来週末でしたよね、確か」
「ええ。でも、カルロッテ様が授業の間にわたしが用事を済ませることも多いんです」
一人で町へ出る気なのだろうかと思い、シウはマリエッタに提案した。
「良かったら、一緒に行きます? 家僕代わりにどうでしょう」
「まあ、シウ様を家僕のようにだなんて失礼ですわ。……でも、アルゲオ様のお力を借りるわけにも参りませんし、構いませんでしょうか?」
最後はカルロッテへの問いも含まれていたのだが、彼女はすぐに頷くことはなく、シウを見つめた。
「よろしいのでしょうか。シウ殿、いつもご迷惑をおかけして――」
「迷惑じゃないですし、頼ってくださって結構ですよ。アルゲオだけでなく僕や、もちろん他の誰かにでも」
シウがそう言ったところで、横にいたエドガールが口を挟んだ。
「わたしも同じ科で学ぶ仲間です。何かございましたら、お手伝いさせていただきます」
「……お、俺もです」
とはシルトだ。エドガールの背後で隠れるように過ごしていた彼は、カルロッテが獣人族差別をしないことに陰で感動していた。カスパルの家でアントレーネの赤子三人を面倒見ながら「王族の女性だからか? シュタイバーンだから? どっちにしても、すごい!」と喜んでいた。
だからだろう。精一杯の声かけだ。
レオンは離れたところにいたため何も言わなかったが、話は聞いていたらしい。こちらを見て頷いている。
彼等の様子を見たカルロッテは、少しだけ目を潤ませた。
それから、赤くなった頬を両手で押さえ、早口で告げる。
「ありがとうございます。でしたら、今後もいろいろなことをお教えいただけると嬉しいです。どうぞこれからもよろしくお願いいたします」
皆、にこにこと彼女に答えた。「もちろん」という了承の言葉ばかりを、だ。
席を外していたアルゲオは、戻ってきた時に皆の雰囲気が違っていることに気付いて首を傾げていた。
特にカルロッテの頬の赤みが消えておらず、訝しそうに周りを見る。
けれど誰も何も言わないものだから、内心で不安になったようだ。午後の授業が始まる鐘の音を聞いて動き出した時、何人かを捕まえて聞き出そうとしていた。
それでも誰も教えなかった。
アルゲオが嫌いだとか、そういうことではない。
それよりも、カルロッテのなんとか頑張ろうとする姿を応援したいだけなのだ。
アルゲオに頼めばそれで済むことだったろう。
けれど、何もかもおんぶにだっこというのは苦しい。
その気持ちを、皆は想像して理解した。
だから、覗きをしていた三人組でさえも、カルロッテがシュヴィークザームからお茶会に誘われていることを一切零さなかった。
終わってから、シウがこっそり教えてあげようと思う。
ついでに、また釘を刺すつもりだ。
周囲にバレバレなことと、あまりに強い独占欲は逆に引かれるということを。
いくら紳士的だろうと、いつも行動を共にしていては噂だって立つ。彼女にとって苦しめる結果になるかもしれない。そうした「想像をされる」こともあると教えたい。
そうして、いよいよお茶会の日となった。
これが終われば朝凪ぎの月の最終週へと移り、学校が一週間の休みへと突入する。
夏の前の、体調が崩れる時期だ。生徒にとっては有り難い休みとなる。
馬車を差し向けてもらい、シウはフェレスたちを乗せて王城に向かった。カルロッテとは別の馬車だ。
シュヴィークザームは、この日のためにバウムクーヘンを何度も何度も作ったらしい。
準備万端に挑んだお茶会当日は土砂降りの雨だった。
「シュヴィが頑張りすぎたせいかな」
呟くと、迎えに来たアルフレッドが吹き出した。
「シウ、君って、もう」
騎士たちも笑いを堪えている。アルフレッドが先に復活し、シウを叱った。
「この季節の雨はいつものことだよ。他に貴族の方々がいないからいいけど、どこで漏れるか分からないんだからね」
「はい」
「……でも、そういう話あったね。普段やり慣れないことをすると雨が降るって。なんだったかな」
「『ロワイエの七大英雄物語』じゃないかな。英雄ララウの」
「ああ、そうだった! 『雨降りララウ』だ。小さい頃に、英雄が変人だなんてと思って一度しか読まなかったんだよ。そうか、ララウだった」
思い出せたことが嬉しいらしく、その後は英雄物語についての話が始まった。
同じ本好きなので、どの翻訳が良かったかなど話に花が咲く。
そうすると長い廊下もあっという間だ。
到着したのはシュヴィークザーム専用の厨房から近い、彼のお気に入りの温室だった。
アルフレッドとはここでお別れだ。彼は本来の仕事に戻る。
シウは、また本の話をしよう言ってアルフレッドと別れた。
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