402 キラキラ光る温室でお茶会開始



 中に入ると煌めく世界が広がっていた。今が盛りの花々が色とりどりに咲いている。

 季節は初夏の終わり。雨が降っているため湿度も高いが、温室内は爽やかだ。

 植物が枯れない程度に温度や風を調節しているようだった。明かりも自然光のようで美しい。

 見上げるとガラスの屋根に雨がてんてんと落ちてきている。

 ガラスを仕切る軸や柱のところどころに魔石が嵌め込まれ、白い光を放っていた。淡く光る様は、目に痛くないように調節されている。その分薄暗くなるところを、幾つも使うことによって温室内全体を明るくしていた。

 改めて思うが、贅沢な場所だ。

 こんなキラキラ光る美しい場所だから、フェレスとブランカは尻尾が挙動不審になっていた。飛び回って見てみたいが、シウの許可がない。チラチラとシウを見ては「いいよ」と言うのを待っていた。

 残念ながら、いいよとは言えない。

 シウが視線で「ダメ」と答えると、二頭ともしょんぼりしてしまった。それでも姿勢を崩さずに前足を揃えて座っているのは偉い。

 ここに来る前、念のためマナーの復習を行った。メイド長のサビーネも一緒になって見ていたからか、完璧だった。

 このまま最後まで持ってほしいものだ。

 そんなふたりと真反対なのがクロとジルヴァーだった。こちらは静かにシウとくっついている。

 もっとも、興味はあるのだろうが分別の方が勝っているクロと、興味はあってもまだまだ動けないジルヴァーではそうなるも分かる気がした。


 シウがメイドに勧められたソファで待っていると、オリヴェルとスヴェルダがやって来た。やがて騒がしい気配と共にヴィラルとシーラ、そしてカナンという子供組が到着した。

 続けてカロラも入ってきたところで、メイドの一人が、

「カルロッテ王女殿下が参られます」

 と報告する。

 暫く待つと、ヴィダルとヴァリオにエスコートされたカルロッテが入ってきた。

 にこやかに微笑んではいるものの目が全く笑っていないカルロッテは、シウの姿を見つけるや笑みを深めた。ホッとしたように力を抜いており、ヴィダルたち兄弟が苦笑している。もちろん、カルロッテに分からないようにだ。シウから見えていただけで、彼等も馬鹿にしたわけではないだろう。妹を見るような微笑ましさが見え隠れしていた。

 彼等は実妹のカロラを呼び、カルロッテを紹介する。二人がぎこちない挨拶を交わすと、兄弟はにこにことフォローに入った。

「以前パーティーでもお会いしただろうけれど、今日は王族同士、仲を深めましょう」

「と言っても、気楽にしたいとシュヴィークザーム様も仰ってまして……。よろしいでしょうか、カルロッテ様」

「ええ、もちろんですわ」

「カロラもいいね?」

「はい。兄上様」

 そこにシュヴィークザームが登場である。ワゴンを押したメイドたちの先導を歩く格好で、やって来た。

 真打登場だなあと考えているシウの前まで来て、シュヴィークザームが立ち止まる。

 シウが「どうしてここなんだ」と言う前に、彼はニヤリと笑った。

「今日の出来は会心の作よ。ふふふ……」

 どうやら自慢したかったらしい。シウは気が抜けて、良かったねーと軽く返した。



 お茶会は本来なら座って優雅に楽しむものらしいが、残念ながらそういったものはシュヴィークザームが嫌いだ。

 いつもの彼のお茶会が始まってしまった。

 テーブルにセッティングされたお菓子の数々を、メイドがサーブして立食形式で食べるのだ。

 端にソファを幾つも用意しているため、そこで座って食べてもいい。

 が、テーブルには、

「これは我の秘密のシロップ掛けだ」

 と鼻を膨らませて説明しているシュヴィークザームがいて、座る者はいなかった。

 一通りの説明が終わると、シュヴィークザームはフェレスたちを呼んだ。

「おぬしらにも我が作った甘すぎないおやつがある。食べるが良い」

「にゃー」

「ぎゃぅっ」

「きゅぃきゅぃ」

 早速口にした三頭に向かって、シュヴィークザームは「どうだどうだ?」と感想を聞く。シウが止める間もなくだ。

「にゃぅー」

「ぎゃぅぎゃぅ!!」

 案の定、フェレスとブランカの素直すぎる答えが返ってきた。

 ふつうー、シウのが美味しいよ! と。

「きゅぃ……」

 クロは空気を読んで、おいしかった、と答えた。ただ、空気を読んだことが分かる間があった。

 シウは目を瞑り、聞かなかったフリだ。

 シュヴィークザームがちょっぴり落ち込んでいる間に、シウはフェレスたちをソファへやった。ふかふかのソファへ座ってもいいかは、確認をとっている。フェレスとブランカは我先にと乗り上げて「見た目だけは優雅」に見える格好で座り込んだ。

 クロは天井付近をゆらゆらと飛んで雨の様子を眺め始めた。


 さて、シウもシュヴィークザーム作のバウムクーヘンを食べた。

「どれも美味しいよ、シュヴィ」

「嘘だ」

「美味しいって」

「……奴らめ、普通と言いおった」

「希少獣用の味付けが薄かったんじゃないの?」

「我好みにしてやったのだ。人間とは少々違うであろう?」

 そうだったろうか。人間と同じものを食べるシュヴィークザームに言われてもと、シウは残った希少獣用のバウムクーヘンを口にした。

「……これは、ちょっとダメだよ」

「どういうことだ」

「甘いのと塩味なのと、このコリコリしたのは何だろう。あ、干し肉? ジャーキー入れたの?」

 シウ特製のジャーキーを細切れにして混ぜたらしい。

「……美味しいと思うものばかりを詰め込んだんだ?」

 その台詞を聞いて、シュヴィークザームも何がダメだったのか分かったらしい。

 しょんぼりと肩を落としていた。


 人間用のバウムクーヘンは美味しかった。

 マスタードシロップなるものもあったが、意外と面白くてシウは好きだ。ヴィダルとヴァリオは微妙な顔をしていたが。お子様三人とシウ、スヴェルダのジャッジでは問題ない。

 カロラとカルロッテは最初は戸惑っていたものの、バウムクーヘンが木の年輪に見えるという話から、年輪を見て方角を知る方法が本に載っていたという話題へ変わった頃からお菓子そっちのけになっていた。

 途中、シウも参戦して本の話題を提供すると大層盛り上がった。


 お腹も膨れてくると各自がソファへ座り、ゆっくりと紅茶などを楽しんだ。

 読書組にオリヴェルとスヴェルダも参加すると学校の話題へと変わる。

 学校に通っていないカロラにも分かるよう、楽しい話題を提供し、カルロッテが時折注釈を入れるのも優しい。

「こんな形をしていまして、廊下を歩くのも楽しいんですよ。地面を歩いて研究等へ向かう小道も面白いの。シウ殿に教えていただいたのですが、鳥の巣箱などがさりげなく設置されているんですよ」

「素敵。では雨の日でも地面を歩けるのね」

「ええ。道がこのように丸くなっているので雨が排水溝へと流れていくのです。わたくし、それが面白くて都市計画の本も読み始めましたの」

「都市計画の? カルロッテ様は本当になんでも読めてしまうのですね。すごいわ」

「いいえ、まだまだです。先程、カロラ様が仰っていた『時代別魔法詠唱の違い』の方がすごいです。詠唱句の違いが難しくて、わたくし頭の中がいまだに混乱してますもの」

 互いに互いを尊敬していると告げる内容もまた可愛らしかった。

 シウがほのぼのと見ていると、ヴィダルとヴァリオが近付いた。







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