400 生産の授業に覗き問題




 学校では、生産科の授業でリムスラーナの背中にある器官「水袋」の鑑定と実験を細かに行った。ろ過される仕組みを解明し、何度でも繰り返し使える高性能の水筒を作ったのだ。リムスラーナの水袋は毒でもろ過出来る。それにはシウも驚いた。

 細かい網目状の皮が幾重にも重なっている器官の中に、毒を吸収して排出するものが入っていたのだ。毒の吸収排出に関する部分だけは似たものを作れずにいるが、他は代用が可能だった。


 リムスラーナはロワイエ大陸では獲れない魔獣だから素材として下ろせない。そのため、代用品を試作して商人ギルドに特許を出すことにした。魔石も魔核も使わない、ただの道具だ。でも、これらは冒険者など旅人にはきっと役に立つだろう。どんな水でも綺麗なものにしてしまうからだ。

 冒険者パーティーに水属性魔法を持った者が常にいるわけではない。水は人間が生きていくために必要最低限のものだ。

 特許担当のシェイラはシウの特許提出を喜んでくれた。魔道具でなくとも、人に喜ばれるであろう仕組みを新たに提出することが、彼女にとっては嬉しいらしい。

 シウも褒められたからではないが、毒をろ過する薄皮部分を再度解体実験して、どうにか代用品で作れるように考えてみるつもりだ。



 戦術戦士科ではスヴェルダだけでなく新たに数人が増えた。

 毎回のことだが、彼等もシウが授業に出るのではなく用意をする側なのに驚いている。そもそも、ジルヴァーを抱っこして授業に来ているのもおかしいらしい。初年度生はシウたちを二度見していた。もちろん、作業中はジルヴァーを端のサークルに入れているし、クロや侍女たちの誰かが見てくれているのだが。


 そんなわけで、王族が二人もいるということからか、興味津々で覗いている生徒がいた。体育館の外から扉を少し開けて見ている。

 レイナルドは彼等を締め出すだろうか? 彼はそういうタイプの教師ではない。

「シウ、お前あいつら連れてきて、腹筋運動50回やらせといて」

「えっ?」

「新しく増えるのはいいが、俺の体は一つだ。お前もそろそろ上級生として指導を経験してもいい頃合いだからな!」

「……いや、そういう意味の疑問じゃなかったんだけど」

 呆れた顔で見てしまったが、レイナルドは気にもしていない。「ほら、早く」とせっつかれるだけだ。シウは諦めて扉のところに向かった。


 覗いていた男子生徒三人は急いで逃げ出そうとしたものの、シウの方が早かった。

 彼等を捕まえて、中に連れて行く。

「ちょ、何するんだ、待って。……待てって」

 自分よりも小さいシウを振り払えないことが怖かったらしく、途中から声が上ずっていた。

 授業をしている中央では邪魔だから、扉とは反対側の端に立たせる。逃げ出せないように、余った端材で囲んでみた。狭い簡易トイレのような形にしたのだ。

 シウはレイナルドの代わりに怒ってみることにした。手を腰にやって下から睨んで見る。

「あのね、覗きっていうのはとっても下衆な行為なんだよ?」

「あ、え?」

「いや、俺たちは……」

「そんなんじゃない」

 それぞれが違うと反論するので、シウは半眼になって続けた。

「女子生徒もいる『体を動かす必要のある授業』をこそこそ覗いていたっていうのは、下衆じゃないのかな?」

 三人とも黙り込んでしまった。

 図星だったので反論できないのだ。

「無礼にも程があるよ。でもね、何よりも僕が言いたいのは『見られることに不快感を覚えるだろう相手への想像力がないこと』だよ。君らはシーカー魔法学院の生徒だ。世界で一番の大学校に入って、そんな想像力も働かないの?」

「あっ……」

 三人ともぐうの音も出ず、俯いてしまった。

「彼女たちは体の線が出ないように工夫して授業を受けている。つまり、誰かからの視線を受けてしまうことは承知の上だ。でもそのことと、下衆な視線を受けて平気かどうかは別問題なんだよ。相手がどう思うかを想像できないような生徒が『同じ学校にいる』だなんて、情けないだろうね」

「……はい」

 小声で答えた一人は、ますます頭を下げた。残る二人も小さく「すみません」と謝る。

 ここで、シウに謝れるのなら大丈夫だ。それにレイナルドも、彼等が女子だけが目的の下衆だと思っていたら授業に参加させようとはしなかっただろう。そこまで悪質な視線ではなかった。

 女子云々は、シウが大袈裟に言ったものだ。

 でも想像すべきことだった。半分は興味本位も混じっていたからこそ、今こうして恥ずかしそうに俯いているのだろうから。

「王族がいるのが珍しいのかもしれないけれど、それならなおさら、不敬になるのだと想像してね。分かった? 分かったなら、腹筋を始めようか」

 三人が顔を上げ、ポカンとした様子でシウを見た。

「あ、これ、レイナルド先生からの指示です。あの人。レイナルド先生のこと知ってる? 初年度生だよね、君たち」

 首を振る男子生徒に、シウはにこりと微笑んだ。

「あの先生に睨まれたら逃れられないよ。ずーっとしつこく付きまとわれるからね! だったら最初から戦術戦士科に入るといいんだよ。腹筋は罰だけど、それが終われば授業自体は体を鍛えられるのでいいと思う。どうせこの時間に覗きをしてるってことは他の科目は取ってないってことだろうし。ね?」

 三人は顔を見合わせて、渋々のように頷いた。

 それからおずおずと口を開く。

「その、君は?」

「俺たちと同じ初年度生では、ないよな」

「小さいから生徒じゃないんじゃないか。誰かの従者だろ?」

 最後の一人の台詞に、笑っていたシウはスッと笑みを消して半眼になった。

「……これでも三年生です」

 三人は余計な一言を口にしたと、悟ったようだった。



 授業が終わった時にレイナルドから、

「俺より厳しいな、シウ」

 と笑われた。ついやってしまった。シウは反省半分、彼等の気持ちを引き締めるためにも厳しい教育は必要だったのだと自分を正当化した。

 ヘロヘロになった新入科の三人を、普通に入科してきたスヴェルダたち初年度生が複雑な表情で見ている。同情めいた、憐れむような視線に耐えられなかった三人組は落ち込んで座り込んでいた。

 レイナルドが近付いたので彼がフォローしてくれるだろう。

 シウは教師に丸投げして、スヴェルダたちを連れて食堂へと向かった。

 カルロッテらはすでにエドガールの案内で先に行っている。なんやかやと口出ししていたアルゲオも今では素直に同行していた。


 食堂へ辿り着く頃には走ってきたらしい三人組が追いついた。

 レイナルドに「今ここで付いていかないとこれからやりづらくなるぞ」と脅されたらしい。彼のフォローもあって、三人はようやく戦術戦士科の仲間入りとなった。


 スヴェルダも食堂の気軽な雰囲気を味わい、その飾らない性格をクラスメイトたちは知った。座学と違い、体を動かすことで「触れ合う」授業だ。一体感のようなものを感じていたクラスメイトたちは、一気に仲良くなったようだ。もちろん三人組も含めてだ。

 ただ、カルロッテに対してはまだまだ壁がある。こればかりは仕方ない。

 元々女性の少ない魔法学校の上に、相手は高位の女性だ。しかも本来なら食堂などにいていい人ではない。

 さすがにカルロッテも「一般庶民と気軽に話す」ということは控えていた。

 もっとも、そんな彼女も冒険者ギルドの仕事を受ける気満々なのだけれど。

「シウ殿。ギルドの依頼のことですが、夏には受けられるでしょうか?」

 その斜め後ろの席に座っていたアルゲオが必死の形相で首を横に振る。シウは笑い出しそうなのを堪えて、真面目な顔で答えた。

「まだ少し早いですね。それに夏休みは僕の方に予定が入ってます」

「まあ……」

「それ以前に、カルロッテ様は里帰りをなさらないのですか?」

 質問すると彼女は恥ずかしそうに頬を染めて頷いた。

「できるだけ里帰りは止めようと思いまして」

 他の生徒もいる前でおおっぴらに「手元不如意」だと言わないようだ。シウは苦笑した。






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