399 不安な思いとやり直し、新事業




 シウは、フェレスたちのことで責任を負う覚悟はいつだってあった。彼等を守ること、最期まで大事にすることは当然であり、重いと感じたことは一度もない。

 それなのに、今、初めて重いと感じた。


 フェレスたちを軽んじているのではない。

 ただ、ガーディニアにこれ以上辛い目に遭ってほしくなかった。

 シウの誘導が間違っていたら――。


「(シウ? ごめんなさい。話が途中だったわね)」

「(あ、うん、そうだった。ごめんね)」

「(え? いいえ、わたしこそぼんやりしてたわ)」

 何故か二人して謝り合うことになり、笑った。

「(変だね、なんだか。ごめんね。ええと、それでさっき思い付いたんだけど)」

 シウはリメイクという言葉に引っかかっていた。

「(たとえば、レンタルする度にレースを付け替えたりするのはどうかな? 染色してもいい。とにかく、一度着たものには必ず手を入れるんだ。あるいは重ねてみる。ドレスのことは僕は全く素人だけど、重ね着のようにして雰囲気を変えるって方法はどうかな。たとえば、フリルやリボンなどの付属品を幾つも用意して付けたり外したり。印象がガラリと変わると思うんだけど……)」

 つい夢中になって話していると、通信の向こうからクスッと笑う声が聞こえた。

 やはり素っ頓狂なことを言っているのだなと、シウが肩を落とせば、

「(すごいわ。どうしたらそんなにアイディアが出てくるの?)」

 と楽しそうな声が届いた。

 ガーディニアは少し興奮した様子で、とてもいいと褒めてくれた。

「(わたくし、シンプルなドレスが好きだったの。でもね、皆は装飾を多く多くと勧めてくるのよ。それが本当に辛かったの。何より重くてたまらなかった。宝石をたくさん付けられたからよ。だから普段はシンプルなものを着て、重ね着したらどうかしら、って考えたことがあるの。だから、とても面白いと思って……)」

 口調が以前のものに戻っていたが、途中でまた普通の女性言葉に変わった。少し冷静になったようだ。

 シウも笑って答えた。

「(良かった。見当違いのことを言ったのかと思ったんだ。ありがとう)」

「(……いいえ。その、相談してくれたことが嬉しくて)」

 恥ずかしそうな声音で、まるで彼女が目の前で照れたように微笑んでいる気がした。

 そう思うとシウも何やら気恥ずかしい。

 視線を何度か左右に動かすと、シウは深く息を吐きだして話を再開した。



 その後、ガーディニアとは長く話を続けた。

 レンタルドレスのみならず、一般庶民にだってレンタルがあれば便利だ。普段着はともかく、よそ行きの服を大抵の人は持っていない。親族や仲間内で共用にしたり、知り合いから貸し借りをする。でも冠婚葬祭が重なれば数が足りなくなってしまう。

 他にも、ちょっとおめかししたい時に借りれたら嬉しいと言う。

 貸し業をしているところもあるが、貧乏貴族相手だったり、冒険者向けだったりするそうだ。

 一般庶民向けというのは、少なくともガーディニアはリネーアやリマから聞いたことがないらしい。

 更にドレスのリメイク案もいろいろ出してくれたところで、リネーアからストップが入った。

 ガーディニアとの通信に、リネーアのお小言がうっすら届く。「遅くまで話し込んでると明日の朝寝坊するわよ」と。更に「楽しい話のようだけど、また今度にしなさい」とも聞こえてくる。

 まるで母親のような注意に、ガーディニアは答えた。

「(はーい。もう寝ます。うるさくして、ごめんなさい。え? 違うわ、そんなのじゃないの。もう、リマまで! あ、シウ、ごめんなさい。もう切るわね)」

「(うん。おやすみ、ガーディ)」

「(あ、おやすみなさい!)」

 そこで通信が切れた。

 最後の慌てた様子を思い出して、シウは笑った。

 元ヒルデガルドだったガーディニアは、今、普通の少女のように明るく答えていた。

 母親の愛情を決して疑うことのない、安心しきった子供のような声だった。


 子供時代に得られなかったものを、やり直している途中なのだ。

 ならば、これで良かった。

 良かったのだと、シウは思うことにした。



 レンタルドレスの件は事業として興せるのではないかと思い、商人ギルドに任せることにした。

 同じような商売はあるらしいが小さな範囲で、それほど儲かるものではないらしい。なにしろ元手が必要だ。

 貴族向けのドレスならなおさら高くつくし、庶民向けでも数を用意するのは大変だった。

 しかし、シウには使っていない貨幣がたくさんある。溜め込みすぎるのは良くないと思って使っているものの、不労所得があって何もしなくても入ってきている。貯まっていくだけの貨幣を、シウは使ってしまいたいのだ。

 だから、魔法袋から取り出したように見せて空間庫から白金貨を取り出した。

「資本はこれを使います」

 シェイラが苦笑した。

「太っ腹ねぇ。さすがだわ」

「事業自体は商家にお任せしたいんですけど、ドレスの全体的なデザインに関する指揮は別にしたいんです。各部門を独立させてもいいと思ってて――」

 詳細を説明すると、シェイラは猛然とメモを取り始めた。

 たとえば、ドレスはレンタルというと響きが悪いため、いろんなドレスを「試して」もらい「コースタイプ」という形で売り出してもいい。

 毎月五枚までなら金貨何枚というコースにするのだ。ランクを付けて、派手なものからシンプルなものまでコース展開する。

 デザインも選べるようにし、付属品を自由に付け替えることで自分だけのオリジナルになる。

 傷や汚れがなければ、翌月には幾らか割り引きがあるなどの特典を付けるというのもアリだ。新作もどんどん取り入れていく。


 戻ってきた服を浄化し傷を直せるお針子も雇いたい。

 全体を確認できるスタイリストも欲しかった。

 スタイリストというのはロトスが言い出したことだ。彼にも話したところ、前世の若者の服や仕組みについていろいろと教えてくれた。

 お客様の応対をするのは商家が窓口となってやる。そこが中心となって、各部門と連携をとるのだ。

 大量の服を管理する部門など、それぞれで回せそうだと提案した。

「いいわね。大きな商家でなくとも、それなら上手くいきそうだわ。それに月に何枚まで、という考え方はいいわね」

 感触は良く、細かい部分はシェイラも詰めてくれるというので丸投げした。

 ドレスのリメイクに関するデザイン案については、ガーディニアにも頼むつもりだが、他にも募集してほしいと注文した。いろんなタイプが必要だろうからだ。

 シウがやるのは、とにかく資金を出すこと。それだけである。


 こうした出資はあちこちにしていた。たとえば高級綿花バオムヴォレの実験と生産に関してもだ。業界の人々の出資だけでは、シウが想像するような大掛かりな実験ができなかった。

 規模を大きくすることで生育実験の同時展開ができ、おかげで上手くいった生産拠点から早くも大量の綿花が出来上がった。昨秋に採れた綿花は魔法技術も組み込むことによって、生地としてすでに出回っている。

 手触りの良い高級綿が手に入りやすくなったことで、業界全体が活発になっていた。

 売り上げも順調に伸びているそうだ。


 養育院にもシウの資金が大量に投入されている。職員が育てば、彼等を各地に派遣して新たな養育院を作ることも考えていた。

 どちらも、戻ってこなくてもいいと思っている。頑張ってもダメだった場合には仕方ない。それだけのことだ。

 頑張らないで失うのは良くないことだから、どちらも商人ギルドという第三者が監査に入っている。

 今回の提案でも、商人ギルドがしっかりと間に入ってくれるだろう。

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