398 お茶会とドレスと相談事
カルロッテは積極的に社交パーティーへ顔を出すタイプではない。むしろ逆に、参加を渋っているフシがある。王族がパーティーへ出るとなればドレスは毎回新調しなければならないとも聞く。手元不如意と言っていたカルロッテだ。厳しいだろう。
アルゲオあたりが気を回して用意するかもしれないが、それもやりすぎると失礼だ。彼も控えているはずだった。
「勉学に励みたいということで社交は遠慮したいと申し出があったんだ。そうなると、カロラにはカルロッテ殿下にお会いする機会がないね」
同じ王族の女性同士ならばお茶会に誘っても問題はなさそうだが、シウはそのあたりの機微が全く分からない。黙って聞いていた。
すると、シュヴィークザームがある提案を口にした。
「我のお茶会に招待しようではないか」
「……は?」
「ふふ。実は新作のおやつをシウが持参してきてな」
「あー」
オリヴェルが目を細めてシウを見た。じゃっかん、咎めるような視線だ。
「我も挑戦しようと思っている」
「ですよね……」
「ヴェル坊よ、我はどうもおぬしが嫌がっているように感じるのだが?」
「いえ。妙な物を入れないでくださるのなら、シュヴィ様のお茶会は楽しいです」
「あれが楽しいのではないか。シーラやカナンなどは毎回楽しんでおるぞ」
「小さな子ですからね」
「カロラも目を丸くしておった。あれはきっと楽しかったに違いない」
「あの子は驚いていたんです。もしカロラに当たっていたら泣いてましたよ」
何を入れたのか気になったシウだが、口を挟まずにいた。
ハプニングも、家族ならではの楽しい思い出の一つだろうからだ。
スヴェルダが進まない彼等の話を止めてくれた。
「では、シュヴィークザーム様のお茶会にカルロッテ王女殿下を招待されるのですね?」
「うむ。内々のこととして、パーティーではないから参加しやすいのではないか」
シュヴィークザームとしては、かなり良いことを言ったと思う。シウが感心していると、オリヴェルも思案顔を消した。
「そう、ですね。いいかもしれません。念のため、カロラに先に聞いてみます。もし違って、本当はシウとだけ会いたかったのなら、それこそ失礼ですから」
「うむ。ま、シウも誘うつもりでいるから構うまい」
「……ということだから、シウ、来てくれるね?」
「あ、はい」
「ぴゅ!」
ジルヴァーがタイミングよく鳴いたため、シウは笑った。
「ジルも一緒でいいですか」
全員が一斉に頷いてくれた。
ついでというわけではないが、フェレスたちも連れてくるようシュヴィークザームが命じて話し合いは終わった。
話の流れからスヴェルダも参加することが決定した。プリュムもだ。
羨ましそうなプリュムに気付いたシュヴィークザームが、「おぬしも来るがいい」と招待した。
その間にシウはこっそりと、カルロッテの懐事情についてオリヴェルに話した。彼も大体のところは予想していて、さりげなく服装指定をしておくと言ってくれた。
「女性のドレスって高いからね」
「そうらしいね」
「同じものを着てはいけない。上位の方の色や形と被ってはいけないなど、隠れたルールもあるそうだよ」
「そ、そうなんだ……」
聞いているだけでシウは震えた。オリヴェルもそれほど詳しくないらしいが、降嫁した姉が二人いることから知っていたらしい。
「ここだけの話、カロラも僕と同じ妾腹だからね。あまり大きな金額は与えられていないんだ。僕は男子だからそれでもいいけれど、彼女は女子だから物入りなんだよ。ただ、母親の実家が大きな商家だから援助があるみたいでね」
女性の装いは大変なものだ。そう漠然と感じていたシウだが、改めて大変さを知った。
カルロッテのことは彼女がなんとかすべきで、深入りすることは躊躇われる。無礼だからだ。
けれど、それとは関係なく、こうしたドレス事情について興味が出てきた。
なんとかならないのだろうか。そう、思ったのだ。
でも、誰に相談すればいいのだろう。貴族の女性が着るドレスなんてものに縁のある人をシウは知らなかった。
何か新しい仕組みはないか考えると同時に、聞いても失礼にならない女性は誰か。
考えてすぐに浮かんだのは一人だった。
彼女ならと、思えた。
シウは帰宅後、少々悩んだ末に通信した。
ガーディニアは元気そうだった。
彼女と話をするのは久しぶりだ。
ローゼンベルガー家とは手紙や通信のやり取りをしている。彼等はガーディニアのことをとても大切に扱ってくれ、時に厳しく指導していた。
お皿を割る回数が減ったなどという連絡は面白く、アロイスの美しい文字で届いた手紙にはガーディニアの勉強に対する姿勢が素晴らしいと書かれており嬉しかった。
厳しくされながらも、一人の人間として育ててもらっていることは明白だ。
通信での彼女の声も朗らかだった。
時候の挨拶のあとに切り出したシウの唐突な相談に、ガーディニアは一瞬黙り込んでしまった。
困っているのだろうか。それとも突然すぎて驚いているのか。
シウが謝ろうとした瞬間に、彼女の声がまた届いた。
「(あの、それは貸し業をするということかしら?)」
「(そうだね。レンタルドレスという形でやってみたいんだ)」
「(でも、貴族の女性は目が肥えているから……。いつ誰が着たのか覚えている人もいるの。母親の服をリメイクして着ていた方もいらしたけれど、その、影で言われるのよ)」
ガーディニアは大貴族の娘だったため、そんな陰口は言われたことがないはずだ。
言った側だったのかな、とシウは想像した。もしそうなら、とても言い難かったろう。それなのに彼女は丁寧に事情を教えてくれる。
「(型遅れも影で言われてしまうわ。もちろん、それに耐えてパーティーへ出るしかないのだけれど)」
「(それは……。なんだか可哀想だね)」
「(ええ。恥ずかしい思いをするわ。その気持ちは、今ならよく分かるもの)」
後半は呟くように小さな声だった。
シウは気になって、聞いてみた。
「(最新の型のドレスを着て、パーティーに出てみたい?)」
何故か小声になった。
伺うような、どこかで不安な思いがあったのかもしれない。彼女がもしも元の世界に未練があるのなら、と想像したからだ。
しかし、ガーディニアはきっぱり否定した。
「(いいえ。出たいとは思わないわ)」
「(そうなの?)」
「(……もう、あそこへ戻りたくない。こんなにも穏やかな生活があるだなんて、知らなかったの。知らなかった……)」
まるで何かを思い出しているかのような、どこか遠い場所へ向かって話しかけているかのようだった。
シウは不思議な気持ちになった。
彼女が逃げたいと望んだからこそ、考えた末にローゼンベルガー家へ預けた。父親に廃嫡されて家から追い出された彼女に、貴族へ戻る道は限りなくゼロに近かった。けれど、やれないことはなかった。どこかの貴族家へ養女になればいい。シュタイバーン国が難しければ、他国になるがラトリシア国だってある。
シウの細い伝を頼って、なんとかなったかもしれない。
けれど、そうしなかったのはガーディニアが望んだということもあるが、シウがそう願ったからだ。
ガーディニアには貴族の生活から離れてみる必要があったと考えた。
でも、傲慢だったのではないか。
シウの勝手な、ただの自己満足の押しつけだったのではないか。
彼女の人生に責任を負えるのか、という不安が今更ながらに過った。
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