397 しょんぼり聖獣、祝福
シウは眠そうなジルヴァーをシュヴィークザームに任せ、スヴェルダと学校の話題で盛り上がった。新魔術式開発研究科の教師ヴァルネリについてのネタは彼を大いに笑わせた。オリヴェルからも聞いているらしく、ケラケラと楽しそうだ。
話の途中で、ふと思い出したように、
「朝凪ぎの月から戦術戦士科へ入れることになったんだ」
と話す。オリヴェルは文系で体を動かすことが好きではないから不参加だ。
「よろしく、先輩」
もちろんと答えて、シウも思い出した。
「戦術戦士科にはカルロッテ様もいるから、話が合うかな?」
「カルロッテ王女が? それはすごいな」
「基礎体力や咄嗟の行動ができるようになったら、冒険者ギルドの仕事を受けるそうだから引率する予定なんだよ」
「……は?」
「ここの冒険者ギルドでは、魔法学校の生徒の手伝いをお願いしてるしね。シーカーでも推奨してるから。講義を受けたのと同じポイントにはならないけれど、課外活動の一環として勧めてて、もちろん卒業時の底上げになるそうだよ。就職にも有利だし、推薦状も出してもらえるからギルド会員になって活動する生徒もいるんだ」
「だからって、王女殿下が?」
「彼女はポイント云々よりも、冒険者の仕事がしたいだけだと思うけどね」
「……すごいな」
「留学中の今しか、好きなことできないだろうしね。僕もできるだけのバックアップはさせてもらおうかなと思ってるんだ」
やる気のある彼女をサポートするのはシウにとって面倒なことでもなんでもない。
そんな話をしていると、スヴェルダも参加したいと言い出した。
「えぇ、ルダも?」
「……ダメか?」
「あー、一人も二人も同じだし、そこは構わないんだけど」
「プリュムも連れていってやりたいんだ。あまり、外へ連れ出せないから」
学校の課外活動の一環ならば、堂々と王都の外へ連れ出せるのではないか。という意味だ。そういうことなら、否やはない。
「そうだね、プリュムも思い切り走り回りたいよね。分かった」
「……シウって、希少獣のことになると途端にやる気になるな」
「え、そうかな?」
「そうだよ。プリュムも養育院でいろいろ聞いてきてるけど」
「えー、何を言われてるんだろ。セナル老かな、フーレイの方がお喋りだから、そっちかな」
どちらも最初からいる老獣だ。セナルとフーレイ、他にエヴナという名の三頭が三老と呼ばれている。設立当初からいるためシウとも親しい。
「希少獣のための介護用品を大量に作ってるそうじゃないか。何か頼むとすぐに持ってきてくれるから、よっぽど希少獣が好きなんだろうと話しているそうだ」
シウが照れて頭を掻いていると、横になっていたシュヴィークザームが口を挟んだ。
「こやつは希少獣の大ファンでな。我と最初に出会った時も、毛が欲しいと言いおったのだ」
「あれは――」
「その割には我が転変しても喜ばん。失礼な奴よ」
「あはは」
「笑い話でないぞ」
「だって、あんまり偉そうだから可愛いって感じがなかったんだよ」
「おぬし、可愛いかどうかで見ているのか」
「うん。今まで出会った希少獣で可愛くなかったのって……」
「何故そこで無言になるのだ」
シウは黙ったままにこりと微笑んだ。もちろん冗談だ。けれどシュヴィークザームはちょっぴり慌てている。
もっとも、スヴェルダが呆然としたあとに青くなったため、ちゃんと冗談だと説明する羽目になった。
フェレスとブランカは、プリュムを含めた聖獣たち相手にボール取り競争で何度も勝って、意気揚々と報告に戻ってきた。
「にゃにゃっ!!」
「ぎゃぅん~」
「そうなんだー、良かったね。あ、怪我はさせてない?」
「にゃっ」
「だったらいいよ。それと、遊んでくれてありがとうってお礼は言った?」
「……にっ」
「言ってないんだね?」
シウが怒ったと思ったのか、フェレスとブランカは慌てて聖獣たちのところへ飛んでいった。
聖獣たちは騎獣に負けたことがショックだったらしく、落ち込んでいるようだ。《感覚転移》で視ると、身を寄せ合ってしょんぼりしている。
その上、プリュムが彼等を一生懸命慰めようと話しかけているのだが、どうも微妙に通じていない。
「フェレは強くて格好良いんだから負けても仕方ないんだよ~。ブランカもね、フェレを弾き飛ばせるぐらい強いんだから!」
いろいろ突っ込みたいのだが、離れた場所にいるシウが知っているのもおかしいだろうから黙っていることにした。
ジルヴァーが眠りから覚めたので、ちょうどいいと移動することになった。彼女はシュヴィークザームに抱っこされていることに不思議そうな顔をしたものの、嫌がらずにいる。
「おお、可愛いものだ。よしよし。我は聖獣の王ぞ。分かるか?」
「ぷぎゅ」
「そうかそうか。かわゆいのう。おぬしにも祝福を与えよう――」
ジルヴァーにも祝福の言葉を掛けてくれるシュヴィークザームは、やはり聖獣の王なのだろう。希少獣全てに愛情を持つとされるポエニクスだ。
こうした姿を見ると、やはりすごいものだと思う。
なんだかんだとシュヴィークザームに対して冗談を言うシウだが、前提に、彼を尊敬する気持ちがあるからこそだ。
シウが、良かったねとジルヴァーに話しかければ、彼女もキャッキャと手を振り喜んだ。その手がシュヴィークザームの顎に当たったようだが、彼は怒ることはなかった。
ほんの少し、痛くて目を瞑っただけで。
小離宮へ戻ると、オリヴェルがやって来た。アルフレッドからシウの来訪を知ったそうだ。仕事の合間を縫って出てきたという。大丈夫なのかと心配すれば、
「ちょうど良い休憩になったよ」
と返ってきた。
彼は最近、王族としての仕事を始めているそうだ。学校を卒業すれば、臣籍に下るつもりでいるらしい。それまでは王族の仕事を行う。
「そうだ、シウ。カロラが君のことを気にしていたよ」
「僕のことをですか?」
「本のことだろうと思うけどね」
と言ったところで、スヴェルダがおそるおそるといった様子で口を挟んだ。
「……それって、その、シウのことを感じよく思っておられるのでは?」
「カロラが? いやいや、それはないよ。って、ああ、ごめん。失礼な物言いだったね」
最後はシウに対してだ。でもそこで謝られるとシウも困ってしまう。
カロラは王女殿下だ。そんな高貴な女性を、冗談にしろ何にしろ、影でそのような話題に上げてはいけない。
シウはやんわりと視線でスヴェルダに注意した。
スヴェルダもオリヴェルもそれだけで納得し、目交ぜで了解と返してきた。
シウは以前、彼女と話したことを思い出して思いつく理由を口にした。
「勉強についてお話したことがあるんだ。カルロッテ王女殿下についてお教えしたこともあるから。もしかしたら、お会いしたいのではないかな?」
「カルロッテ王女殿下と……。有り得るかもしれないね。実は王女とは歓迎パーティーで一度しか顔を合わせていないんだ。僕は学校で何度かご挨拶だけはさせてもらっているけれど」
「俺も挨拶だけで、お話をさせていただいたことはないな」
スヴェルダも同じようなものらしい。
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