396 久々のポンコツ王
このあたりでフェレスたちが「おやつ!」と気付いた。匂いを遮断していても、おやつに関する気配には敏感だ。
彼等は遊ぶことを止めて飛んできた。
クロも天井から急降下だ。彼はおやつへの情熱が低いので、これはただ単に「集まった」だけである。
「フェレスたちは後だよ? 甘すぎるのは良くないからプレーンの中の部分だけね。その代わりジャーキーのおやつがあるからね」
「にゃっ!!」
「ぎゃぅん~」
「きゅぃ」
各自賢い返事だ。言葉は幼いが、聖獣の王シュヴィークザームよりもずっと「大人」である。
その王の下へ、他の聖獣たちもそろりと集まってきた。彼等にも待ってね、と告げた。
「はちみつレモン味の糖衣を掛けたものは、さっぱりしてるから。チーズを練り込んだものもあるんだ。こっちはチーズと黒胡椒が入ってて大人用。ラム酒をふんだんに効かせたものも、大人向けだね」
最後に、すでに切ったタイプのものを出す。
「これは切ってから中にカスタードを入れたもの。上に砂糖を掛けて焦がせばパリパリになって、これも美味しいんだよ」
「ほほう! それも良いではないか!」
「中に入れるのは何でもいいよ。クリームや、カスタードに何か季節の果物を合わせてもね」
そう言うと、シュヴィークザームの目が輝いた。
「我も作るぞ!」
「あはは。そうして。付きっきりの作業になるから大変だけど、皆でわいわいするのも楽しいよ」
「うむ!」
喜んでくれたシュヴィークザームには、他にも春の果物に合わせて作っていたケーキ類を渡すことにした。
いちご大福もだ。ロトスに言われていろいろなお菓子を作っているが、いちご大福もそのうちの一つだ。求肥で包んだ中身はいちごだけでなく、餡とクリームが入っている。
見た目には中に何が入っているか分からない「いちご大福」は、シュヴィークザーム向きだ。
「中の果物を季節によって変えることができるんだよ?」
ロシアンルーレットがお好きなシュヴィークザームに教えたら、案の定、喜ばれた。
あとでヴィンセントに怒られるかもしれない。
……いや案外、楽しんでいるかもしれない。彼は度量の大きな王子様だからだ。
聖獣たちにもバウムクーヘンとジャーキーを渡したが、ジャーキーの方が断然人気だった。
プリュムも一緒になって噛み噛みしている。
ジルヴァーが興味津々で手を伸ばすが、シウは「ダメ」と止めた。
「アトルムマグヌスか。おぬしも、まあ次から次へと……」
何やら偉そうな雰囲気で話すシュヴィークザームだが、口元にはクリームが付いている。皆の視線がそこに釘付けとなっているのに気付いていない。
仕方なく、シウがそっと拭いてあげた。
カリンが目を剥いて凝視してくる。シウはハッとして手を下ろした。
「ごめんごめん、聖獣の王にやることじゃなかったね」
「あ、いえ」
「我は気にしていないぞ。いつもはカレンが拭いてくれるのだが、部屋に置いてきたのでな!」
「シュヴィは気にした方がいいんじゃない? いくら身内ばかりだからって、食べかす付けてたら威厳も何もないよ」
ははは、と笑ったら、やっぱりカリンに凝視されてしまった。怒っているというのではない。本当にただただ「驚いてる」だけだ。
従者たちは、そっと視線を外している。メイドもそそそと離れていった。聞いてはいけないと思ったのかもしれない。
落ち着いたところで、シウはカリンからウェルティーゴ事件について教えてもらった。
ほとんどはパゴニ婆さんから聞いた通りの内容だ。指揮したのがカリン、というところもシウの予想通りだった。
新たに分かったこともある。
「聖獣を奪う計画もあったの?」
「そうだ。いえ、そうです」
敬語に言い直したカリンへ、シウは首を傾げた。
「普通に話していいんだよ?」
「その、シュヴィークザーム様のご友人ですし」
「えっ、あー。……ええっ?」
シウが声を上げたため、まだ食べることに集中していたシュヴィークザームがシウたちに視線を向けた。カリンが少し引いている。彼からすればシュヴィークザームは偉大な王なのだろう。
しかし、シウから見れば食べかすを付けたまま幸せそうに食べる、ただの白い人だ。
「友人だから偉いってわけではないし、普通に話してくれると嬉しいかな」
「……はい」
チラチラとシュヴィークザームを横目に、カリンは了承してくれた。
「で、聖獣の件だけど」
「あ、はい。さっき話したように、魔法競技大会を混乱させることが第一目的。しかし、本当の目的は、降臨されたシュヴィークザーム様を連れ去ることだったようで――」
「そう簡単に我が捕まると思うてか。ふんっ」
「……シュヴィ、メープルシロップが胸元に垂れてるよ」
「あっ、僕が拭いてあげる! シュヴィークザーム様、いいよね!」
「ちょっ、プリュム」
スヴェルダの慌てた声もあったが、プリュムは返事を待たずにササッと動いてササッとシュヴィークザームの世話を焼いた。
「ふふー。上手でしょう? 僕、養育院で先輩たちのお世話もしたんだ」
などと自慢げに言うものだから、シウはつい口を挟んだ。
「養育院の騎獣たちは老獣なんだけどね」
「そうだよ?」
「シュヴィはまだお爺ちゃんでは……。あれ、お爺ちゃんになるのかな?」
「む、我はまだまだ若いぞ」
八十を過ぎているが、ポエニクスは聖獣の王だけあって長寿だ。もっと生きる。ただ、老獣時代が長いという可能性もあったため聞いてみただけだ。
しかし、思った以上にシュヴィークザームの心に棘が刺さったらしい。
「世話を焼くものが多いので任せているだけよ。我とて自分のことは自分でできる」
「そうなんだ。さすが、シュヴィ」
「うむ!」
「てことで、三歳のプリュムは、若いシュヴィのお世話しなくていいんだよ。分かった?」
「……えと、うん。分かった」
戸惑いながらも素直に返事をして、プリュムはスヴェルダの横の席へと戻った。スヴェルダが大きな息を吐く。彼もハラハラドキドキしたことだろう。未だにシュヴィークザームに対して恐れ多いと思っているようだ。
その後、ややこしくなるのでシウとカリンだけで話をして、おやつタイムは終わった。
となると腹ごなしの遊びが始まる。
フェレスとブランカが率先して壇から飛び出すと、プリュムも後を追った。クロは食後はゆっくりしたかったのか、シウのところへやって来て脇に入り込んだ。狭いところに頭を突っ込むのが好きな彼のため、脇を締めてあげる。
シュヴィークザームは食後は動きたくないと言ってソファにだらりと寝そべった。食後でなくとも横になっていることが多いのにと思ったが、いつものことなので気にせず無視だ。
カリンは居心地悪そうに頭を下げて離れていった。走り回って遊ぶフェレスたちに合流している。やがて、他の聖獣たちも一緒になって競技らしきことを始めた。ルールに従ってチームごとの競争というのはフェレスたちの知らないことだ。きっと良い経験になるだろう。
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コミカライズ版「魔法使いで引きこもり?」の三巻が12月23日に発売されます。
「魔法使いで引きこもり? 03 ~モフモフ以外とも心を通わせよう物語~ (MFコミックス アライブシリーズ)」
著:YUI(先生) 原作:小鳥屋エム デザイン:戸部淑(先生)
ISBN-13: 978-4040642383
シウのはじめての友人でもあるキアヒ・キルヒ・ラエティティア・グラディウスがいっぱいの、事件あり楽しみありの三巻。
他に、エミナが憧れのエルフに対して目をキラキラさせているところや、アグリコラの過去を明るく吹き飛ばすシーンもあって、面白いです!
事件があってもチビフェレに癒やされます。
そんなチビフェレがフシャーと怒るシーンもあって珍しいです。ぜひお手にとってみてください。
素敵に描いていただいた三巻、どうぞよろしくお願いします!!
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