390 地形を変え、狩りの成果を食す
シウが試した[滅びの鉄槌]魔法は、古代帝国時代だと上級程度になる。今だと超上級レベルだ。
重力魔法を組み込んだ複雑な魔術式である。重力魔法の持ち主でなくとも使えるが、その場合は膨大な魔力を要求される。また知識と理解が必要だった。当然のことながら基礎属性魔法が揃っていないと、発動も無理だ。
とはいえ、希少な固有魔法の重力魔法がなくても使えるわけだから、魔法使いたちはこぞって覚えたようだ。
もっとも戦場で乱発できるほどではない。そこまではさすがに無理だった。交代で使い、間にポーションなどで魔力を復活させて使っていた。
さて。シウはロトスにからかわれながら他の魔術式についても語った。
「こっ、黒炎の砲撃っ!! ぶはっ、やべ、やべえ!」
火炎噴射の超大型版だ。火竜も真っ青の炎を吐き出す。これも大型魔獣相手、あるいは戦場で使われていたもののようだった。
ところで、シウが考えたわけでもないのに、ロトスはずっと笑っていた。
シウは黙って魔法を使った。
ロトスを空間魔法で囲んで音を遮蔽し、そのまま上空へ持ち上げるという――。
案外気を遣うため魔力は順調に消費したようだった。
それからも膨大な魔力を要する魔術式を探し出しては使ってみた。
使い勝手が悪いものは組み直してみる。必然的に使用する魔力量が減るため、火力を上げる方向に回す。
「おー、すごいすごい」
一人で感動していると、またロトスがやって来た。
彼は先ほど上空へ移動させてから(すぐに下ろしたのだが)走って逃げていたのだ。
もちろん冗談でやっている。
気にしていない証拠に、またツッコミに来た。
「地形を壊すなよな~」
「地形は変わってないよ」
「穴は地形じゃないのか」
「……そう、かもしれない」
ロトスは鼻の穴を広げて、ふっ、と笑った。
(勝った!)
念話が飛んできたのを無視して、また魔法を放つ。無詠唱でだ。
(《[星落ちの闇]》)
昔の魔法使いは大仰な名前を付けたものだ。ロトスではないが、シウも笑い出しそうになるのを堪えながら心の中で「魔法の名前とその動作」について考えた。
イメージがしっかりしていないと、無詠唱は不発に終わる。詠唱していても、適当に声にしただけのものは霧散してしまうのだ。
本を読み、文章だけで想像した魔法だったが、目の前では本の通りの現象が起こっていた。
流星群のように、小さな塵芥が高速で落ちていく。
空のあちこちにある塵芥たちを圧縮して落としたものだ。氷も混じっているのは水分をまとめたからである。
シウの眼前にはクレーターが幾つも出来上がった。
空を見上げれば澄んでいる。どこまでも遠く青く見える。美しいのに「何もない」という状況に恐ろしささえ感じられた。
これならば風属性魔法で汚れている空気を一掃した方が、心には優しいかもしれない。
などとシウが考えていたら、ロトスがシウの頭を叩いた。いや、彼風に言うならば「どついた」。
「いたっ」
「何やってんの!? てか、痛くて当たり前だっつうの!」
ぷりぷり怒って、もう一度シウの頭をぽこんと叩いた。
「ち・け・い!!」
「あ、そうだったね」
「『そうだったね』じゃないよ!! これ、クレーター。分かる? 穴が開いてんの!」
「……あとで元に戻すよ」
シウが答えると「そういう問題じゃねー!!」と叫ばれてしまった。
確かに、舌の根も乾かぬうちに地形を変えたのだから、彼が怒るのも無理はない。
しかし、だからこそここに来たのだ。多少、無理をしてもいい場所に。
ただ、ロトスが怒っているのは、そういうことではない。
「驚いたんだからなっ!」
ということらしい。。
ビクッとなったのが恥ずかしかったようだ。シウはもちろん突っ込まないでおくことにした。
そうして互いに魔法の訓練を行っていると、フェレスたちが戻ってきた。
楽しそうに騒いでいる。
いつもなら少し離れているだけで寂しがるジルヴァーも、シウを見ても「抱っこして」と手を伸ばさない。キャッキャと手を叩き、それからブランカの背中を叩く。
「どうしたの、ジル。楽しかった?」
「ぴゅっ!!」
クロがジルヴァーの手の届くギリギリのところに立って、頷いている。
「クロも楽しかったんだね」
「きゅぃ!」
ふたりを撫でて、それからブランカの顔をぐりぐりした。
「ぎゃぅぎゃぅぎゃぅー!」
見たことのない魔獣を見付けて楽しかったらしい。知らない悪いのを、ぐさっと噛んだんだー! と報告してくる。
イグはフェレスの上に乗っており、ひょいと飛び降りると溜息を零した。
([やれやれ。子守は疲れる])
「ありがとう。お疲れ様、イグ」
彼等は岩場での戦い方を学んできたようだ。
フェレスたちでは分かりやすい報告にならないため、クロとイグによる説明で理解した。
彼等の話を聞きながら、シウとロトスも休憩に入った。
岩山には豚に似た魔獣もいたという。猪とは違って本当に豚に似ている。岩場を住処にしているだけあって軽やかに動き回ったそうだ。
他にも牛に似た魔獣を狩ってきている。シウは死骸を《鑑定》した。生きている間の情報は得られないが、肉質や毒の有無などは鑑定できる。
どちらも栄養的に問題ないため、昼ご飯にした。
未知の魔獣をいきなり食べることについて誰も突っ込まないのは、ここにいる純粋な人間がシウだけだからだ。他は希少獣と古代竜である。彼等は生でも肉を食べられる上に、本能で食べられるかどうかの区別が付けられる種族だ。
ロトスでさえも、反対しなかった。
彼はわくわくとした顔で「豚と牛かぁ~」と呟いている。幸せそうだ。
シウは早速、解体して処理し始めた。
結論として、豚は豚そのものだった。柔らかく甘みがある。前世の食用豚と違って、岩場に生息する魔獣だというのに美味しい。魔素が取り込まれているからだろう。
牛も同じく美味だった。角牛ほど柔らかく甘みがあるわけではないが、牛本来のアクの強さがある。ガツンとくる味だ。人によると「臭み」に感じるそれを、ロトスは「懐かしい」と言いながら食べた。
(経産牛的な美味しさ! 庶民の味! 牛、食ってるって感じがいい!)
念話で伝えなくてもいいのにと思ったが、彼は喋る暇などなく頬張っていた。シウは呆れながら、網の上に追加の肉を置いていった。
そんなに美味しいのなら、ちょっと狩ってこようとシウは食後すぐに移動した。
皆が食後の休憩をしている最中だったので、シートの上に寝転がる彼等を見ながら《転移》した。
生きている魔獣を《全方位探索》で見付け《鑑定》する。
豚は、ルペススースと出た。岩豚だ。岩猪とは違う。岩猪は見た目の頑丈さや、岩にぶつかっても岩が破壊されるほど、という意味から名付けられた。
牛も岩牛という意味のルペスボースという種族名だった。どちらも魔獣にしては小さめだ。岩場で暮らしていくために小型化が進んだのかもしれない。
あるいは餌が少ないせいで省エネ化したのか。
人の気配は感じられず、魔獣はただここで生きている。
獣と同じなら、見過ごそうとも考えた。けれど、魔核の存在や黒みがかった見た目からも魔獣だと分かり――。
何よりも彼等はシウを見付けると我先に向かってきた。
やはり相容れない存在なのだ。
その場にいる魔獣を全て狩り尽くす。
何故か感傷的になってしまったシウは、小さな気配を感じてそちらに目を向けた。
離れた場所からそっと覗いている獣たちだ。
生きるには大変な場所だが、そこで長年命を繋いできた生き物たち。トカゲや蛇、小さな鼠に鳥もいる。
自分たちを狙う魔獣がいなくなったこと、普段感じることのない人間の気配に驚いたのだろう。
彼等はシウが視線を向けると慌てて逃げた。巣穴に隠れたり、飛んで逃げたり。
これが普通の獣であり、当たり前の光景なのだ。
怯えられて安堵したことに、シウは自分でもおかしくて笑った。
いつも、どこかで迷う。考える。疑ってしまう。
でもそれでいい。
そう思える一日だった。
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コミカライズ版の三巻が発売されます。
「魔法使いで引きこもり? 03 ~モフモフ以外とも心を通わせよう物語~ (MFコミックス アライブシリーズ)」
ISBN-13: 978-4040642383
12月23日発売予定です!!
YUI先生の描く可愛いチビフェレスがたくさん出てきます。
どうぞよろしくお願いいたします!!
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