377 念写機とパゴニ婆さんと水晶竜




 久しぶりに出た生産の授業では、授業そっちのけで魔道具を作った。見えた景色を紙に写し取るものだ。つまりカメラである。

 魔道具にするには意外と難しく、何度も試行錯誤を繰り返して出来上がった。

 複写魔法や書記魔法の他に基礎属性を幾つも含むため、魔術式も複雑である。術式をもっと短くできる気もしたが、売り物として登録するのなら高め設定の方が良いかもしれないと思い直した。

 誰でも使えるカメラというのは、ルールがきちんと確立するまでは止めた方がいい。

 前世でのことを思い出して、シウは高くなる必然性を残すことにした。

 魔核もふんだんに使用する。専用の紙も使うことにした。

 珍しく、庶民のためのものではない魔道具を作ったが、ほとんど自分の趣味だから構うまい。シウは出来上がったカメラを手に、パシャリパシャリと撮って回った。

 もちろん生産科の教師レグロには「貸せ、見せろ、渡せ」と詰め寄られた。彼は大人げなく、他の生徒が興味津々なのに一切無視して遊び続けたのだった。


 午後は商人ギルドへ行って特許登録した。名前は《念写機》だ。作ったばかりだが、検証を任せられるのでお願いすることにした。試作品を渡して、受付しただけで帰った。

 他にも、闇ギルドや薬師ギルドにも寄った。前者は定期的なグララケルタの頬袋納品と、売上金額の受け取り。後者も薬草の納品だ。

 薬師ギルドのパゴニ婆さんとは飴ガムの売れ行きについて話を聞いた。

「儲かってるよ~」

 うひひ、と笑うので絵本に出てくる大魔女のようで笑ってしまった。大きな鍋を煮込んでいる姿が浮かぶ。実際には、薬づくりは魔法も駆使するため、そこまでおどろおどろしいことにはならないのだが。

「高値設定にしてないのに儲かってるの?」

「分かってるとも。ただ、あまり安い値というのは逆に疑わしいのさ。貴族相手にゃ、多少高めに設定しておくのがちょうどいい」

「はあ」

「まだまだだね、あんたも。ま、安心するといいよ。貴族でも貧乏なのや、冒険者相手には値を下げている」

「高く買った人にバレないかな?」

 パゴニ婆さんは人差し指を立てて横に振った。

「適当なことを言っておけばいいのさ。たとえば、消費期限がギリギリだから安いんだ、とね」

「おー、なるほど」

「貴族相手には、良い材料ばかりで作ってるんだ、とも言えばいい。実際、そういう作り方もできる。そうだろ?」

「まあ、基材を置き換えても効能に差はないですね」

 材料の置き換えによる効能の結果についても、鑑定魔法持ちを交えた検証はやっている。どの組み合わせだと一番いいのか、あるいは最低限の効能は残るかなどだ。

 その上で、季節によってや場所によって手に入りやすいものなどで作る。

 ウェルティーゴ対策の飴ガムも、そうしたレシピで広めていた。

「肝心の希少獣たちに問題がないならそれでいいです」

「ないさ。鑑定を何度も掛けた上で、慎重に様子を見ながら食べさせているよ。その都度、騎獣にも鑑定を掛けたんだ。そもそも、あんたがその子らの食べられないものや嫌がるものを作ることはしないだろう?」

 その子、と言った時にジルヴァーとクロを見た。今日のお供は二頭だ。クロはシウの左肩に、ジルヴァーは右肩あたりに自力でくっついている。最近は抱っこ紐を使わず、彼女のいたい場所にいさせている。大体、背中かお腹でくっついていた。今日は肩の気分らしい。

「改めて見ると、あんたはやっぱり異常だね」

「異常って」

「希少獣四頭だからね」

「最近あちこちで言われます」

「そうだろうとも。ま、こっちは良い薬が作れりゃそれでいい。それには良い素材さ。あんた、隠し玉があるんだったら教えておくれよ」

「……うん」

 一瞬間があったため、パゴニ婆さんにはしつこく詰め寄られてしまった。

 でもさすがに、先日イグの住処で見つけたばかりのサナティオや高濃度聖魔素水については教えられない。

 でも、竜苔ならいいだろうか。

 少しぐらいなら?

 シウはそう考えたものの、やはり伝えるのはまた今度にしようと思い直した。

 竜苔を安定して生産できるようになるまでは難しい。

「えーと、また今度ね。実験中なんだ」

「生きているうちに頼むよ?」

「うん」

 まだまだ元気なパゴニ婆さんの老人ジョークに笑いつつ、シウは竜苔の様子を直に見に行ってみようと思った。



 思い立ったら吉日ということで、木の日はウィータゲローへ行くことにした。

 アントレーネと赤子三人をイグの住処へ送り、残りは一緒に水晶竜を見に行く。ロトスが見たい見たいと煩かったからだ。前回は小さかったのと遠目で、よく覚えていないのだろう。

 まずはシウが水晶竜の様子を覗きに行って「仲間が水晶竜を見たいそうだけどいいか」と頼んでみた。

(おかしな人間だこと。わたしたちが見たいだなんて)

(あ、人間じゃないんだ。仲間って言ったけど、全員希少獣なんだよ)

(希少獣、賢獣のことね。だったら全く問題ないわ)

 快く受けてくれたため、ロトスに通信で伝える。ロトスは転変したウルペースレクス姿で、フェレスたちを引き連れて穴の中へと入ってきた。

 ジルヴァーだけはシウが抱えている。そこにフェレスとブランカがワーッとやって来て頭突きしていく。ぐりぐりと甘えてから、目の前の大きな水晶竜を見上げた。クロは悠々と周辺を飛んでいる。

「にゃ! にゃにゃにゃっ」

 フェレスは「すごい、きれい、光ってる」とメロメロ状態だ。

「ぎゃぅーん」

 ブランカはくねくねして、たまらない様子だった。言葉になっていない。

 クロを見上げると、彼は彼で興奮しているようだ。あらゆる角度から見ようと水晶竜の周囲を飛び回っていた。

(ごめんね、うちの子たち、光るものが大好きなんだ)

(いいのよ。それに嫌な感じはしないわ)

 満更でもなさそうだ。

 確かに、みんなが感動して「綺麗」と言ってポーッとなっていれば、嫌な気はしないのかもしれない。

 その最たるものが、ロトスだ。

 口を開けてぽかんと見ている。やがて――。

「きゃんきゃんきゃん、きゃんきゃん!!」

(めっちゃ格好良い、綺麗すぎる!!)

 マジでヤバい、と念話でも伝わってくる。九本の尻尾がばばばと広がって動き回っていた。高速すぎて大きな尻尾にしか見えない。

(あら、そっちの子は言葉がしっかりしているのね)

(彼は聖獣だから)

(ああ……そう言えば彼等にも細かな階位があったわね。他種族のことはあまり知らないのよ)

 引きこもりですもんね、と内心で笑う。ウィータゲローに千年単位で住んでいるのだ。滅多に外へ出ていかないと聞いたので情報も、与えられたものだけになる。

(わたしたちで言うと、古代竜のようなものかしら?)

(うーん、どちらかと言えば水晶竜と同じ立ち位置かと)

(そうなのね)

 シウが水晶竜のリーダーと世間話をしているうちに、フェレスたちはわーきゃーと走り回っている。事前に、赤子のところへは絶対近付かないようにと言ってあった。ロトスにも念押ししているため、彼が気を付けてくれるだろう。

 水晶竜の彼女は特に気にした様子もなく、フェレスたちが飛び回るのを許していた。時折、面白そうに尻尾を振って遊んでもくれる。

 シウは聖獣にも階位があって、一番上にはポエニクスがいると説明した。鳥型で速く飛べるのだと言えば、興味を持った。

(今度一緒に遊びに来ても?)

(いいわよ。あなたの仲間なら大丈夫でしょう)

 信頼してくれるのは嬉しい。その信頼も、シウが彼女や他の雌たちに対して必要なものを用意したからだ。

(魔素水は足りているのかな。また置いていく?)

(まあ、有り難いわ。まだ当分大丈夫だけど、そうね、余裕があるのなら欲しいわ。久しぶりに飲んでみたら美味しかったの)

 そういうことならと、大きな樽をまた幾つも用意して置くことにした。

 もちろん、他の雌たちの分もだ。







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