376 騎獣屋と天然と意見交換会




 騎獣屋の建物も、獣舎は完成した。

 母屋になる店の方もそろそろ完成する。魔法での建築の良い勉強になるといって魔法建造物開発研究科の題材になっていたが、それももう終わりだ。

 火の日の授業は最後ということで、皆で騎獣屋に来て見学した。

 騎獣の様子を見に来ていたプリュムが来たために、授業はぐだぐだになってしまったが。

「魔法のお勉強をしてるんだよね? 僕、プリュムっていいます。僕のあるじも同じ学校で学んでいるんだよ。よろしくね!」

 聖獣だと分かる姿でにこにこ笑って話しかけるものだから、彼の護衛もそうだし、話しかけられた生徒たちも困惑しきりだった。

 教師のメトジェイが、

「シウ、君、知り合いだよね?」

 と言ってきたため、間に入ることになった。


 プリュムにはとりあえず、獣舎へ行くよう勧めた。

 クラスメイトへは、肩を竦めて説明する。

「プリュムの主はスヴェルダ殿下です。他国の王子だし、いろいろあるかもしれないけど、プリュムは良い子なので挨拶はちゃんとしてあげて」

「あ、うん」

「そう、か……」

 タハヴォとヴラスタは気が抜けた声で返事した。残りは返事もしてくれない。

「聖獣など、間近で見ることがないからな」

 とはメトジェイだ。

「でも、獣舎を建てる機会だってあるかもしれませんよ」

「そうだね。よし。となれば、やはり君たちは上級貴族とのやり取りだけでなく、王族との関わりも視野に入れて勉強しないといけないね!」

 役人になっても、関わりは出てくるだろう。だからマナーも覚えなさいね、とのことだった。

 メトジェイの言葉に、皆が嫌だ~という顔をしている。このクラスは下級貴族出身者が多く、かつ上昇志向がない。だから就職先も高望みはしていない。いずれは上級役人、もしくは大臣に! などという望みはないそうだ。

「僕には挨拶とか無理だ!」

「相手は聖獣だぞ。王族の関係者じゃないか」

 頭を抱える彼等に、シウは苦笑した。

「今のうちに、慣れておいた方がいいと思うんだけど」

「シウに言われたくない」

「シウは感覚が麻痺してるんだよ」

「そうかなあ」

「そうだよ! 大体、どこの世界に希少獣四頭も飼うやつがいるんだよ!」

 そうだそうだと言われたので、シウは黙ることにした。


 その後、授業の続きに戻った。

 シウは途中で抜けて、プリュムと話をした。

「みんな落ち着いてる?」

「うん。ここ、隣が騎獣専門の食事を作ってるでしょう? 美味しいおやつも出てくるからすごく喜んでる」

「そっか。あ、養育院の方も上手くいってるよ。今日もロトスが見に行ってるけど、みんな楽しそうだって」

「いいなー! 人間の赤ちゃんがいるんだよね。僕、小さい子も好きなんだ」

「……行くなら事前に連絡してあげてね」

「うん? 分かった、そうだね!」

 プリュムは、自分が聖獣で人目を引くということには気付いているらしいのだが、どこか他人事のようだ。今もたぶん理由は分かっていない。

 ロトスが「あいつは天然ボーイなんだ」と言っていたことを思い出して、シウは内心で笑った。

 それはそうと、気になっていたことを口にする。

「騎獣屋で働くことに関してや、養育院を離れたことについて、みんなは何か言ってる?」

 元野良騎獣たちの本心を知りたくて、聞いてみた。

 プリュムはこてんと首を傾げてから、笑顔になった。

「あのね、誰かを乗せて飛ぶのは好きらしいよ。いろんな人を乗せてきたから、これからもそういう仕事ができるのが嬉しいんだって。僕もね、ルダっていう大好きな主がいるから、みんなにも主が欲しいかなって聞いてみたんだけど」

「うん」

「分かんないし、別にどっちでもいいって! 気楽なのも楽しいんだって」

「そっか」

「すごーく好きって気持ちが分からないから、もしそういう人が現れたら契約してもいいって言ってたよ」

 プリュムがスヴェルダのことを「すごーく好き」と話していたのだろう。その時の情景が目に浮かぶようだ。きっとしつこく話したに違いない。シウだって、何度も聞いている。

 元野良騎獣にとってみれば、訳の分からない気持ちでいっぱいであろう。それでもプリュムのことを否定しない。

「養育院のことはねぇ、うるさいジジイやババアと離れて清々したって言ってたよ」

「あー」

 シウが苦笑すると、プリュムは身を屈めて、こそっと耳元で囁いた。

「でも本当は心配してるみたい。ジジイはちゃんと寝られてるのかなって。ババアは怒るのが好きだったから、自分たちがいなくて怒れないんじゃないか、だって」

 ふふふ、と内緒事だと教えてくれる。

「優しいよね!」

「そうだね」

「あっ、そうだ!」

 屈んだまま叫ぶものだからシウはちょっぴり後ろに引いた。プリュムは気にせず、シウの肩を掴んで続ける。

「あのねっ、みんながシウ特製のジャーキーが食べたいんだって!」

「……隣のガウディウムでも作ってるよね?」

「シウ特製のと味が違うんだよー」

「……プリュムも食べたの?」

 プリュムは、そっと背筋を伸ばした。視線が横を向く。

「もしかして、プリュムも食べたいの?」

 別に構わないのだが、何やら恥ずかしがっているので面白くて聞いてみた。

 プリュムはあちこちへ視線を向けた後、えへ、と笑った。それから、

「内臓スペシャルは美味しいんだよ~」

 と白状した。

 可愛らしい告白に、シウは笑顔で返した。

「じゃあ、今日のオヤツに置いていくね」

 プリュムはきゃっきゃと喜んで、早速教えてくると獣舎の中へと走っていった。

 数秒後、獣舎の中から騎獣たちの喜ぶ声が上がった。


 後に、騒いだ騎獣たちは、騎獣屋の店長になるエルヴィンに怒られた。いくら周囲に防音壁を作っていても、騒がしくするのは良くない。彼はプリュムも叱った。しっかりした人だということが、それだけで分かる。

 ちなみに店長だけでなく職員ももう決まっていた。

 シウは彼等と会うのは二度目で、授業中ということもあって会釈だけで済ませていた。一度目は最終面接の時だ。

 今日は出来上がった獣舎と騎獣たちの様子を見に来ていたようだった。

 ところでエルヴィンは、調教魔法がレベル4もあった。しかし、父親の残した借金を払うために冒険者として働いていたという。それも怪我をしたため引退した。ラトリシアでは徒弟として若い頃から調教師に学んでいないと、歳をとってからの就職は難しいらしい。困っていたところ、募集が合ったため応募した。

 養育院で働くピットとも知り合いで、人柄については太鼓判を押していた。能力についても面接時に見てもらっている。

 ギルドからも文句なく推薦できるとのことだった。

 実際に、会ってみて良い人だと思えた。

 聖獣であるプリュムも一緒に叱ったからだ。

 後から、やってしまったと震えていたが、シウはそういうのは好きだ。

 プリュムの護衛騎士が多少目を吊り上げていたものの、シウだけでなくプリュム自身で宥めて収めたのだった。



 ちょうどいいから、この日の夜に改めて場を設けることにした。

 エルヴィンと職員たち、それからガウディウムのオーナーのエミリオとその妻や従業員たちとの飲み会だ。

 エミリオからは、もっと頻繁に「意見交換しましょうよ」と言われた。

 一緒にいたロトスが「意見交換ね~」などと笑っていたのは皆が、飲んで騒いでいたからだろう。

 でも、エミリオが言う通り、確かに意見交換会でもあった。

 最終的に皆の話すことは「希少獣」のことばかりだったからだ。

 どこそこの希少獣はこんなだった、あそこの飼い主は良くないなどなど。

 希少獣が好きな人たちの、希少獣話だ。意見交換である。

 最後には幼獣を一度でいいから抱っこしてみたいと言い出したため、ジルヴァーがリレー状態で皆の中を渡っていった。

 戻ってきたジルヴァーは自分が大事にされ愛されていることを感じたらしい。嬉しそうに「ぷぎゅ~!」と手を叩いて喜んでいた。






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