370 砂漠と寂寥の地、魔法の先生




 人のいないところを飛んでいるうちに、延々と砂漠ばかりが続く場所へ入り込んだ。

「同じ景色だね」

([この一帯は砂ばかりであったのを忘れておったわ])

「イグが言うからには、相当大きな砂漠地帯なんだろうね」

([人間が歩き通せるものではない。なんと呼ばれておったか。……ああ、死の砂漠だ。ふむ。こうして口にしてみるとつまらん名称だ])

「分かりやすくていいんじゃないの?」

 それより、魔人族が「死の砂漠」と言うぐらいだから、余程のことではないだろうか。イグに情報を与えた者は何人もいるようだが、この土地のことを知っているのは魔人族だ。彼等とどういった経緯で「話」をしたのか不明だが、死の砂漠だなんてネーミングは分かりやすいだけに恐ろしい。

 シウは辺りを見回しながら呟いた。

「魔獣が生きるのも難しそうだね」

([砂地の下に大型の蠍が住んでいるはずだ])

「へえ。何を食べてるんだろ」

([砂漠地帯の近くに住む魔人族や、その家畜ではないか? 住処が広がっておるのでな])

「……砂漠、広がってるんだ」

([昔と比べて倍、いや、それ以上のようだ])

 飛びながら思い出しているらしい。

([そもそも、大昔、ここには砂漠などなかった])

 地形を無視した上での話だが、ここは大陸の中央に位置するため気温的には温暖のはずだ。

 ロワイエ大陸で言うならば、シュタイバーン国とフェデラル国の間ぐらいになるだろうか。フェデラル国の南西には砂漠もあるが、今シウの眼前にある砂漠地帯は規模がまるで違う。

「どうして砂漠になったのか知ってるの?」

([想像だがな。もっと南のクソ暑い場所に住んでいた蠍の魔獣を、戦争のために運んだのだろうよ])

 シウはびっくりして黙ってしまった。イグは気にせず続けた。

([南には沼地と、木々が密集した場所があってな。それを越えるとかさついた場所になる。土と岩ばかりが続く場所だ。そこに砂漠が点在しておった。蠍の魔獣もいた。砂漠の大きさによるのか、ここよりずっと小さかったが])

 イグはどこか懐かしそうな声音だ。

([そうそう、その南東に山岳地帯があっての。魔獣が多く住んでいたので良い狩場であった。お、そうだ。山岳地帯の東の端に、わしの休憩場所がある。前に話したろう? 体を掻く時にちょうど良い岩があるのだ])

「ああ、そう言えば」

 ラーワという特殊な鉱石のことだ。イグは、そこへ行ってみようと言い出した。ラーワを持っていけということらしい。

 先ほどの話に衝撃を受けていたシウは、生返事で「うん」と答え、数秒後には転移を実感していた。


 転移後、イグが辺りを飛び回って景色を見せてくれたが、寂寥とした景色が続く。

 なんだかとても寂しいと、シウは思った。

([そら、あれが体を掻くのに使っている岩たちだ])

 周辺にはラーワが転がっている。大量にあって、どれだけ持っていってもいいという。

([ついでに背中を掻いていこうか])

 どうやら背中が痒かったらしい。ラーワ云々よりも、そちらがメインのようだ。シウは笑って彼の頭から降りた。


 《全方位探索》で視ると、東の方面に海がある。ここはクレアーレ大陸の一番端、大陸の南東にあたる場所だ。

 位置的には、海を挟んで北側にロワイエ大陸のフェデラル国があるはずだった。

 クレアーレ大陸から突き出したように伸びる土地で、この付近に目立った生き物はいないようだ。大昔、古代竜たちが暴れた場所だと聞いたことがあり、それが理由かもしれない。

 どちらにしても、この土地が生きるのに大変な場所だということは分かる。

 クレアーレ大陸の全部を見たわけではない。けれど、イグの説明からシウはそう感じた。この大陸に住む魔獣はロワイエ大陸の同種より一回りほど大きく、また凶暴だ。

 別の場所に住む魔獣を、イグは戦争のために運んだだろうと事もなげに話した。

 魔人族がそうしたことをすると、イグは知っているのだ。

 魔獣は新たな場所で住処を広げ、今ではかなりの土地を砂漠化した。

 討伐できないほどの大きさ、あるいは数になってしまったのだろう。

 シウは魔人族が、他の大陸に安住の地を求めようとする理由の一端を知った気がした。




 イグが古代竜姿でどったんばったんと転げ回っているのを眺めながら、シウは《全方位探索》で周辺を更に視てみた。

 本当に何もない。生き物の気配がまるで感じられなかった。

 イグがこうしてたまにやって来るからだろうか。

 最初にイグの住処へ行った、大陸の西の端もそうだった。人の気配は感じなかった。ただ、生き物はいた。

 少し離れていたが、変わった形の山々が続き、そこには生き物が溢れていた。

 不思議と魔獣の姿はなく、逆に希少獣たちを率いた聖獣の群れを見つけた。

 聖樹と呼ばれる巨大な木があり、もしかするとそれらが結界のような役目を果たしているのかもしれないとシウは想像した。

 あそこは楽園だ。


 気が済んだイグがトカゲ姿で戻ってきたので、シウは質問した。

「ここから、今日最初に転移したイグの住処までは飛んでいくの大変だよね?」

([わしを誰だと思っているのだ])

 プライドを刺激してしまったようだ。シウは言い直した。

「時間、かかるよね?」

([ふむ。そうよな。おぬし、今日は戻るのであったな])

「うん。風の日は訓練やりたいし、光の日も予定があるんだ」

([ならば、戻るか。ラーワはもう拾ったのだな?])

 もちろんだ。シウが頷くと、イグは満足そうにきっきぃーと鳴く。

「あ、待って。転移はもう少し後で。その前に、ここで訓練したい」

([……ほう?])

「イグも言ってたけど、魔人族の魔力量を視てまずいと思ったんだ」

([ふむ。まあ、さっき出会った者どもと比べればおぬしの方が遙かに強いが])

 しかし、鍛えることは良いことだ、と続けた。

 イグは偉そうな雰囲気で、

([よかろう。わしが相手をしてやる])

 と、鼻息荒く言う。

 そういうつもりはなかったが、相手をしてもらえるのなら有り難い。シウは、お願いしますと丁寧に頭を下げた。


 先生となったイグは「魔法を思い切り使うように」とシウに命じた。

 その際、魔力庫から体を通して放出する魔力量を意識しろということだった。通す道を太くしたり細くしたり、自在に操れなくてはならないそうだ。

 たとえばイグは、トカゲ姿の時は魔法をほとんど使っていない。彼には魔力庫などないが、内包する多量の魔力を抑え込んでいる。その時の魔力の道はとても細いそうだ。

 イグのような巨大な魔力の塊を持つ生き物が、転変しているとはいえ小さく存在できるのは体内の魔素を細かに操れるからである。

 シウも巨大な魔力の塊を持つ者として、覚えるべきということだった。

 ただ、最初から細かい道を作るのは難しい。まず、太く使え、というのがイグの言い分だ。

「太く、太く……」

 何をやってもいいと言うので、この土地を見てから思い付いたことをしてみようと考えた。

「えーと、水属性と土属性と光属性でいいのかな」

 問題はイメージだ。イメージを強めようと目を瞑る。

 イグは何故か古代竜の姿に戻り、シウが何をするのかジッと黙って待っていた。

「太く、思い切り、魔法を使う」

 よし。

 シウは目を見開いた。

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