371 魔力を使おう、禁忌の魔法




 空間庫から種を取り出して蒔く。風属性を使ってあちこちへ飛ばした。

 土を大きく耕し、水と光で回復させる。更に水を集めた。水気のない場所だから、魔力だけで補うのは大変だ。

「太く、太く」

 魔力庫から、今まで感じたことのない「通り道」を感じた。ずずず、と自身の体を通って出ていく。

「よし、いける」

 体内の道をしっかりと自覚しながら、更に魔法を使う。

「空間庫の中にある腐葉土、栄養剤、いろいろな種も飛んでいけー」

 水が足りない。もっと大量の水が必要だ。それも栄養のある水だ。植物を育てるのに必要なものだ。

 ポーションの素材を思い出した。

 何に使うのか。いつ使うのか。分からないまま溜め込んだ大量のヘルバ。そして魔素水だ。コルディス湖の魔素水は水晶竜に今後も渡すだろうから、実験で作った自身の魔力を込めた魔素水を放出する。

 あちこちにだ。

「雨を作ろう」

 目を瞑って考える。雨だ。上昇気流、温かい空気、雲。その元になるもの、地下水を探す。ずっと地下だ。地下にある。

「汲み上げろ」

 魔力がずずずと出ていく。地下から汲み上げられた水が、開けた穴から飛び出していった。それを広げる。もっとだ。もっと広げよう。

 促進魔法を使った。

 食材の成長を促進させるだけの魔法だった。でもできるはずだ。イメージを強める。

「育て、芽生え、頑張れ! 元気に育て!」

 ポンと一つが地面より現れた。根を張り、ちゃんと芽生えている。

 シウが「おお!」と思ったのと同時に、次々と芽が出た。

「よし!」

 地下水に魔力を練り込んで、更に降らせた。

 芽は、やがて草へと育った。

 いろいろな種類の草だ。薬草もあれば野菜もある。何の効能もない、雑草と呼ばれるものだってあった。それらは地面を掘り起こした時に出てきたものだ。元々この地にあったもの。

「木を育てるのは難しいかな」

 まだまだシウには難しいということが分かった。できて、早く育つ草までだった。

 でも、できた。

 この乾いた土地でも草は生える。根付いているのが分かる。


 シウが満足げに振り返ると、イグが動きもせずにシウを見ていた。

「イグ、体内の魔素の通り道をちゃんと感じたよ。今までにない使い方をした。細くすることもできた。どうかな?」

([……いや、なんと言えばいいのか])

「イグ?」

 首を傾げて問うと、イグは喉の奥を震わせるように笑った。地面が響く。

 ひとしきり笑い終えると、イグはシウから視線を外して辺り一面を見回した。

([これが緑化魔法なのだな。まさか――])

 しみじみと語るが、シウは慌てて遮った。

「あ、違う違う! そんなすごい魔法じゃないよ」

([うん? 緑化魔法であろう])

「違うよ。そんなスキルは持ってない。第一あれはユニーク魔法で、滅多に持っている人は生まれないんじゃないかな」

 イグは訝しげにシウを見た。

([しかし、こうして何もない大地に草が生えたではないか])

「複合魔法だよ。複合魔法だからこそ、魔力も大量に使ったんだけどさ」

 シウがどういった魔法を使ったのか説明すると、イグは段々と呆れたような気配を漂わせた。

([そのような面倒くさいことをしておったのか。なんとまあ])

「小さな生き物の存在も必要だから、腐葉土も混ぜたんだけど」

 空間庫に「生き物」は入れられない。が、シウが生き物だと思っているものが入れられないだけだ。微生物は腐葉土に入っている。虫もいるかもしれない。

 これらが土を育てていくだろう。

「木々は植えないとダメかもね」

([ふむ])

「次はイグの住処にあった植生まるごと移してみようと思うんだけど、どうかな」

([あの場所の……])

「もちろん、崖の上の外側の部分だよ。イグと、イグが愛したトカゲの大事な場所からは取らない」

 美しい場所だった。あそこはイグの楽園だ。大事に守るべき場所だ。

 イグはしばし考え、また喉の奥で笑った。地面が揺れ、シウも揺れる。

([……カエルが住んでいるぞ])

「駆除するよ」

([ぬめっとして厄介なのだぞ?])

「大丈夫。僕の『全方位探索』って魔法は、ピンを立てられるんだ」

([ピンとは?])

 シウは、脳内に地図が現れ、そこに種族ごとに色を変えることのできる「目印の旗」だと説明した。

([……なんと便利な])

「『自動化』って魔法もあって、繰り返し作業に向いてるんだ。たとえば範囲内のカエルを全て倒して解体し、空間庫へ入れてしまうことも簡単にできる」

 シウの言葉に、イグはとうとう絶句してしまった。


 やがて、こう言った。

([……それでも、これは緑化魔法であろうよ。この場所で草を見るなど、何百年ぶり、いや何千年のことか?])

 その単位を聞いて、シウは笑った。

 大昔の話だろう。彼等、古代竜が暴れた時に、まだ草木は生えていたのだ。

([やれやれ。わしらでさえもできぬことをやるとは。やはり神の愛し子は、違う存在なのだな])

「え、でも、ハイエルフだって創生魔法が――」

 言いかけたシウに、イグはギロリと睨みつけた。

([あれは禁忌の魔法よ。あのようなものとおのれの能力を同じにするでないわ])

「……はい」

 イグは、苦り切った様子で語った。

([森を作るだと? はっ! あれはそんなものではない。あれは、ただの『森』という名の見せかけよ。そう、まるでアンデッドのようなものだ])

 創生魔法の跡を見たことがあるらしいイグは、冷静に話しながらも激しい嫌悪のようなものを言葉に滲ませた。

 シウはただ、聞くだけだった。



 ハイエルフの固有魔法「創生魔法」を嫌悪するイグは、その理由を静かな怒りと共に教えてくれた。

([死んでしまった生命を無理矢理に生かそうとするのだから、アンデッドと同じものよ。……人が、死んで形を失って後に、本当に生き返ると思うか?])

「生き返らないね。動いたとしても、それはもう人ではない」

 アンデッドと同じ――シウはイグの言葉の意味を理解した。



 時戻しという薬がある。特別という意味を持つスペキアーリスの薬草を基材として、ポエニクスの毛に高位竜の鱗、一冬草と竜の肝臓などを詰め込んだ薬だ。使われる材料はどれも貴重なものばかり。使用時には注意が必要だ。空間魔法、あるいは高位結界魔法を用いた魔法陣内でしか使えない。そして「息を止めてしまった生物」を蘇らせる。

 現代では夢物語のように思われている薬だ。

 生き物の時を戻すという意味で「時戻し」と呼ばれる、奇跡の薬。

 その薬でさえ使用できるのは「肉体が腐っていないこと」と「死んで一日経っていないこと」が条件だった。

 これは「仮死」状態だからだ。この世界での仮死という意味である。魂が輪廻へ移るまでの僅かな時間、肉体は仮死状態だ。シウはそう考えていた。

 貴重な素材を使って、魂を引き戻し固定する。空間魔法などで囲うのはそのためだ。

 そんな裏技のような蘇生法も、魂が失われては意味がない。

 死んで一日以上経てば、もはやどうにもならない。

 いや、そもそも人は一度死ねば終わりなのだ。

 もしも動いているのならば、それはアンデッドだけ。

 魂のない器のことをいう。


 イグは、創生魔法を空の器だと言っているのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます