367 イグの二つ目の住処




 土の日になり、シウたちはまた《転移》でイグのところへ行った。

 アントレーネは一人で冒険者仕事を受けるというので置いてきた。レオンは学校だ。

 この日は、イグとクレアーレ大陸へ行くと決めていた。フェレスたちはまた置いていく。

「じゃあ、バルの訓練に付き合ってあげてね。今日はすぐ戻ってくるから」

「にゃ!」

「ロトス頼むね」

「おー。気をつけてな。あんま無茶すんなよ?」

「うん。さて、ジルもそろそろ離れようか」

「ぴゅ……」

 哀しそうな顔で見上げてくるので、シウは可愛いやら可哀想やらで困ってしまった。そこをロトスがぐいっと抱き取る。

「お前がそんな顔してたらジルは余計に寂しくなるだろーが。ほれ、こっちはちゃんと見とくから行って来い」

「うん、分かった」

 そう言うと、イグがやれやれといった様子で近付いてきて、シウに触れた。

([では行くぞ])

 同時に転移が始まる。十数秒にも感じる転移は、唐突に始まり唐突に終わった。



 移動している間は亜空間に漂っているような感じだ。

 と言ってもシウは亜空間に漂ったことがないので、あくまでもイメージなのだが。

 それはともかく、今回イグが連れて行ってくれたのはクレアーレ大陸の西にあった住処ではない。魔人族を見せてくれるという話があったのに、前回行ったあの住処は隔離されたように誰も来ない場所だった。それを本竜も思い出したらしく、より近い場所にある住処の一つへ行くことにしたのだ。

「ここは、どのあたり?」

([クレアーレ大陸の、そう、東の端になるか])

 そう言うと洞穴に入り込んだ光の方を指差した。歩けということなのだろうと思い、シウはイグを乗せたまま出口へ向かう。

「わあ、すごい」

 光の差し込む森が見えた。よくよく見れば、大きな岩場を刳り貫いたような形になっている。その刳り貫かれた穴はイグの本体を何頭重ねてもゆとりがあるほど大きく広い。地面には長年に渡って堆積したであろう土が入って、木々を育てている。中央には木が生えていないが、それはイグが昼寝しているからだろう。育ち始めた低木や草はある。最近、転変していなかったからか、ベッドの土台から草木が伸びているのだ。

 岩を刳り貫いた形なので、端は崖のようになっている。その周辺には木々が生え、壁のような岩場に蔓草も張り付いていた。近付いてみると、イグの存在に怯えないほどの小さな生き物たちが暮らしている。

 小鳥は飛んでいってしまった。イグを恐れたのだ。

「綺麗なところだね」

([ここは光が入って暖かいのでな。多少うるさいこともあるが、昼寝には最高だ])

「うん、いいところだ」

([さっきの通路はトカゲ姿の時に使うが、大昔にわしの宝物を盗んだ魔人族も通りおってな。塞いでやろうかと思ったが……])

 黙ったイグに、シウは首を傾げて視線を向けた。肩の上のイグはどこか遠くを見るように呟いた。

([……よく通ってきた道なのでな])

 鈍いシウでも気付いた。ああ、と声にならない声で相槌を打つ。

 ここは彼の愛したトカゲとの思い出が詰まった、大事な場所なのだ。

 だから、こんなにも美しい。

 前回連れて行ってもらったイグの住処とは全く違った。あちらは澄んだ空気で静謐さがあったけれど、代わりに孤独を覚えた。

 この場所は光が降り注ぎ、暖かい。木々が周りを囲み、雨水が溜まった小さな池があちこちで光っている。

 眺めてるだけで心穏やかになるような美しさだ。

 イグも、そのトカゲも、この美しさに魅了されていたのだろうか。

 シウが何も言わずにいると、イグもまた黙って景色を眺めていた。彼もきっとトカゲとのことを思っているに違いない。


 イグはトカゲ姿のままで住処の確認を終えると、またシウの肩に乗った。

([では、外の世界を見てみるとしよう])

 さっき転移してきた洞穴へ行くように促す。

 シウはふと、空を見上げた。

「転変して、この上から行かないの?」

([それでも構わぬが、ちと面倒なのよ])

「うん?」

([生臭い粘り気のある泥を吐き出すカエルがおるのだ])

 想像して、シウはうわあと声を上げた。

([わしにとっては弱い相手であるが、なにしろ数が多くてな。一度は根絶やしにしてやろうと燃やし尽くしたのだが、また現れる])

「面倒になったんだ?」

([……一度かかるとな、なかなか取れぬ。奴らは集団でかかってくるのだ])

「うん、分かった。一度どんなのか見てみたいけど後でいいよ」

 シウの言葉に、イグは肩から落ちるのでは? と思うほど離れてしまった。どうやら「ドン引き」したらしい。

 ふと、閃いた。今度、イグにロトス語を教えてあげようと。

 バルバルスとのロワイエ語勉強会は進んでいないようだから、息抜きがてらにいいのではないだろうか。そんなことを考えて一人で笑ったシウである。


 さて、そうして洞穴を抜けたのだが――。

「まだ山奥なんだね」

([そうでなければ、気軽にやって来るのでな。面倒であろう?])

「そんなに戦いを挑んできたんだ?」

([戦いを挑むのは、そう、ロワイエ大陸だったか? あちらの人間の方が多かったぞ。今はもうないが、住処によくやって来た])

「へえ」

 話しながらも足は進む。やがて拓けた場所に出た。周辺に踏み潰された跡が見える。これはイグの仕業だろう。はたして。

([ここで元の姿に戻るぞ。少し離れているがいい])

 シウが後退ると、イグはぴょんと肩から降り立って体を丸めた。周囲の魔素がものすごい勢いで渦を巻く。シウが半ばぽかんとしている間に、イグはあっという間に黒錆色の古代竜へと転変した。

([ここに来るのは、同族を供物として持ってくる阿呆か、逆に盗人よ。どちらも要らぬわ])

「大変だねえ」

([そう。大変なのだ。さ、乗るがいい])

 頭をシウの前に下げてくれたので、ひょいと飛び乗った。前回同様にロープを取り出して角に引っ掛ける。ついでにクッションも出して敷いた。座っていても、頭部ならば景色は見えるだろう。

 イグは気にせず、空に舞った。


 見下ろすと面白い形をした山が並んでいる。シウが興味津々で見ていると、

([あれは昔、わしがイライラしてぶつかったものだ])

 などとイグが言う。

「じゃあ、あっちのも? 変に丸く穴が空いた山だと思ったんだけど」

([あれも、わしがやった。喉の奥に骨が刺さったようでな。腹が立ったので波動砲を撃てば消えるだろうと思ったのよ])

 ハハハと楽しそうに笑う。

 シウが呆れて黙っていると、イグも黙った。

 少しして、

([最近はそのようなことはせぬ。わしも大人になったのでな])

 そんな言い訳のようなことを口にした。

 それにしてもイグの言い回しは日々進化していっている。

 以前と比べてもかなり語彙が増えていて面白い。ロトスの影響も受けているようだ。もしかしたら、ロトス語は教えなくてもいいのではないだろうか。

「最近はイライラすることない?」

([そうだの。わしも年を取ったということか])

「でも、まだまだ生きるんだよね」

([おぬしらよりは、遙かにな])

 その念話には少しだけ、そうほんの少し、哀しい気持ちが含まれていた。

 彼の中で、シウの存在はどうやら記憶に残れるものとなったようだ。

「……僕が生きてる間は友達でいよう」

([ふん。勝手なことを])

 言葉としては厳しいけれど、念話には正反対のような嬉しいという感情があった。確かにそう感じた。

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