368 クレアーレ大陸東部に観光で




 シウはイグに告げた。

「大丈夫。僕は結構長生きだから」

([そうかの?])

「神の愛し子で、ギフトがあるんだ。鑑定したら視えるんじゃないかな?」

([さて、わしが視えたものが本当かどうかは分からぬよ])

 とは、偽装していることも知っているのだ。それに神の愛し子としての能力には分からないところもある。

「『不死』というギフトがあってね。病気にならないんだ。怪我をしづらいし、怪我をしてもすぐに治る」

([……なんとまあ。それは視えなかったぞ])

 イグの言葉にシウは驚いた。視えなかったとは思わなかった。

「そうなんだ。だったら、僕がハイエルフの血を引いていることは?」

 イグは今度も驚いた。どうやら彼はフル鑑定をしていなかったようだ。シウの表面上の鑑定では人としか出ない。ハイエルフの種族として表示されないのだ。

「僕自身は先祖返りじゃないけど、血筋や魔力のこと、持っているギフトを考えれば長生きすると思う。たぶんね」

([そうか])

「イグにとってはそれでも短いかもしれないけど、それまでは友達でいてほしい」

 シウがお願いすると、イグは苦笑したようだ。

([生まれたての、わしからすれば赤子のようなおぬしが、気を回すなどとは。まったく思い上がりも甚だしい。……だが、まあ、それも楽しかろう。しばし、友人として付き合おうではないか])

 シウの真下から、ぐるるるるっという地響きのような喉鳴りが聞こえた。それが面白くて、シウは大いに笑ったのだった。



 山並みの高さはロワイエ山脈ほどだろうか。イグの、西の端にある住処のような極端な高さはないが、それでも深い。その上空をイグは優雅に通り過ぎていく。

 上空から眺めるシウは一等席だ。角に固定したロープに挟まれて右や左へ視線を向ける。同時に《全方位探索》でも視ていく。今でこそ慣れたが、脳内に幾つもの画面が表示されたような視界は案外疲れる。最初の頃は酔ったような気分の悪さになったものだ。今では並列処理できるので同時に視ても問題ない。

 時折、記録庫へ視たままの映像を残す。興味のあるもの、思い出したいものは撮っていっている。これは複写魔法で紙に書き出すこともできた。複写と言っても念写に近く、一瞬で絵になる。シウはこれを、写真だと思っていた。これを魔道具にしてもいいかもしれない。でもそれを考えるのは後だ。

 シウは景色を見逃さないように集中した。


 観察して分かったことが幾つもある。

 たとえば植生はロワイエ大陸と似ていた。もちろん知らない植物もあるようだ。けれど大きくは異ならない。魔獣もほぼ同じ。

 ただ、古代帝国が消滅した時に同じく消えたとされた魔獣の幾つかが、クレアーレ大陸には存在した。古書でしか見たことのない魔獣を発見し、イグにも聞いて判明した。

 またクレアーレ大陸の魔獣はロワイエ大陸のものより、やや大きい。比例するように力も強いようだ。

 ハーピーも見つけた。しかし大きいため「頭部が女性のように見える」というハーピーそのものといった姿には見えない。これなら気持ち悪くならず、騙されようがない。大きいからハッキリと「ごつごつした魔獣の顔」だと分かるからだ。

 面白いものだと観察を続ける。シウが余裕で観察できるのもイグのおかげだ。彼を恐れて魔獣たちは逃げ惑い、隠れていた。じっとしていれば過ぎ去る厄災のように思われているらしい。稀に挑もうとする魔獣もいるというが、シウを乗せている今はそんなことはなかった。


 そのうちに集落があるという平原へと出た。山々を抜けたのだ。

 しばらく進むと遠目に集落があると分かった。でも様子がおかしい。

「イグ……なんだか、もしかして、警戒されてないかな」

([ふむ。そうかもしれぬ])

 二人とも、感情を表すのが苦手なためにのんびりとした会話になってしまったが、そうのんびりしていい話ではない。

 シウはこうなることを何故予想しなかったのかと、自分を責めた。

「ええと、イグは気配を消してないよね、きっと」

([この姿でやる意味が分からぬ])

「だよね」

 つまり、遠くからでも古代竜の覇気は届いただろう。彼等からすれば恐怖だ。恐慌状態に陥ったとしても仕方ない。

 なにしろ古代竜が集落へまっすぐ向かってくるのだから。

 となれば、普通はどうするか。

 魔人族の彼等は一縷の望みを賭けた。

「あ、こっちに向かってくる人もいるね」

 逃げ出す人もいた。ほとんどがその誘導に力を割いている。たぶん、そのためにだろう。時間稼ぎをしようと考えた一部が向かってきた。

 シウは念のためイグに確認した。

「イグは人間は食べないよねえ」

([ふん! 食べるものか、クソ不味い!])

「イグってば……。でも、だったら彼等の今の敵意はこちらの不手際でもあるんだから、やり返したりはしないね?」

 イグは無言になった。でもシウが角をコンと叩いたら、大きな溜息を漏らした。

([分かった分かった。やり返しはせん])

「じゃあ、なんとか追い返してみる」

([どうやってだ。話が通じるとでも思うか? おぬしは魔人族ではないのだぞ])

「そこはほら、誠意を尽くすよ」

 言葉も通じないだろうから、念話を使うつもりだ。

 言語魔法もフル活用する。ただ、たぶん話は通じるはずなのだ。古代帝国時代の本によれば、魔人族もまた当時の言葉を使っていた。どちらかが言葉を覚えたのかもしれないが、その後やって来た魔人族たちも古代語を話していたという。今の話し言葉が違っても、受け継いできているだろうから系統は似ているはずだった。

 はたして。



 決死の覚悟で飛竜に乗ってきた魔人族は緑色の肌をしていた。《感覚転移》で視てみると肌は蛇のようだ。立派な鉤爪を持っており細身である。全部で四人やって来たが、全員が同じような体型をしているので種族特性だろう。身長はロワイエ大陸に住む人族や獣人族と同じぐらい。戦士であろう彼等は二メートルほどある。

 目視できるところまで近付いた彼等を、シウはまず《空間壁》でそれ以上近付けないようにした。飛竜がぼよんと当たって、慌てている。落ちなかったのはひとえに彼等の飛行能力が高いからである。もちろん、シウは周囲を取り囲んでいるので彼等を落としはしない。

「[落ち着いてくださーい! こちらに敵意はありませんー!]」

 声を張り上げて伝える。風属性魔法などを利用した《拡声》を使っていたが、ついつい大声を出してしまう。しかし、おかげで相手に伝わったようだ。《空間壁》に囲まれて焦っていた四人と飛竜たちは、おそるおそるといった様子でこちらを見た。

 シウは今度は念話も使った。

([言葉が分かりますかー? あ、ここです、ここー。アンティークィタスドラコの頭の上でーす])

 四人が顔を見合わせる。首を傾げたりするのはどこも同じらしい。

([古代語で話してますが分かりますか? 僕たちに敵意はありません。このあたりの景色を眺めていただけです])

 また視線を絡めている。今度は魔素の流れが視えたので、念話か何かで話し合っているのかもしれない。

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